私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...

真理亜に嫉妬しながらも、東京でもがきながら生きる彩乃。 20代をタクシー代で稼いでいた女の末路を見て安堵するが、遂に東京で幸せを見つけた。

一方、真理亜はどんな幸せを見つけたのだろうか・・?




-幸せになりたい。

誰もが、そう願う。でも一体、“幸せ”って何なのだろうか。

見えない出口に向かって、私たちは歩いていく。

東京という、まるでブッラクホールのような大都市で生きながら、永遠に何かを探し求めながら。



「真理亜さん、明日のプレゼン資料見て頂けましたか?」

アシスタントのミナちゃんの一声に、私は慌てて答える。

「ごめん、忘れてた...今すぐチェックするね。」

海外発のコスメ関連会社を立ち上げて約3年。それなりに事業は軌道に乗り、社員を数名雇えるまでになった。

立ち上げ当初はどうにも首が回らない時期があり、手持ちの鞄や時計を切り売りしていたこともある。けれども、手放した物達に何の未練もない(むしろ今となっては笑い話である)。

ミナちゃんが作成してくれた資料に一通り目を通してから、私は慌てて会社を出た。

今日は久しぶりに松田さんと会う約束をしていたから。

待ち合わせの『青山 彩』へ向かうと、松田さんはすでに一人でビールを飲んでいた。


真理亜が感じた東京。この街は、変わりゆくのか普遍なのか・・


「お!真理亜久しぶり〜。何か、すっかり大人のいい女になったね。」

「すっかりって、松田さんに出会ったのは私がまだ22歳の頃ですよ?10年も経てば、女性は変わります。」

そんなことを話しながらも、私たちはすぐに数年分の空白を取り戻した。まるで10年なんて、わずか一瞬だったかのように。

静かな個室で、私たちは「イベリコ豚 つゆしゃぶ」が放つ出汁の良い香りと湯気に包まれながら、お互いの近況報告をし合う。




松田さんは会社を部下に譲り、今は会長として違う立場から会社を動かしている。

私自身もニューヨークへ留学したこと、会社を立ち上げたことなどを話していると、不意に懐かしさに襲われた。

「20代ってどうして、あんなにも毎日必死だったんだろう。」

まだ大人になりたての私たちは、“毎日を楽しく生きる”のに必死だった。

上京した時、見るもの全てが輝いて見え、何もかもが夢と希望に満ちており、この街に不可能なんてないような錯覚を覚えていた。

夜景の見えるレストランに、話題の新店。星付きレストランを制覇すること、タワーマンションの高層階でのホームパーティーに、クルージング。

楽しそうと思うものに食いつき、そして学ぶ。

たとえ嫌な思いをしても、翌日にはまた笑えるパワーがあるから、また出かけて知り合いを増やし、そして“楽しい”ことを追求する。

でも不思議なもので、そんな生活が不意に色褪せて見える日が、いつか必ずやってくる。

「そっかぁ。真理亜は、ちゃんと卒業していったんだな。」

感慨深そうに言う松田さんの言葉に、思わず笑ってしまう。

「卒業って...どこからの卒業ですか?」

私の質問に、松田さんは答えてくれなかった。その代わり、私に紹介したい人がいると言う。

「この後、時間ある?もう一軒、付き合ってもらってもいいかな?」

久しぶりの再会である。“もちろん”と私は笑顔で頷いた。

店前にすでに待機してあった松田さんの専用車に乗り込みながら、私は窓の外に見える東京の景色をぼおっと眺めていた。

この街は、時代と共に変わっているのだろうか。それとも街は変わらず、街に集う人たちが変わっていくだけなのだろうか…。


真理亜が出した答えと、二人の向かう先


永劫不滅な、人の野心と欲望


「ほら、真理亜を連れてきたよ。」

バーに入ると、長身で艶やかな黒髪が印象的なモデル風の子がポツンと座っていた。

「松田さ〜ん♡待ってましたよぉ。」

「この子、真理亜の話を聞きたいんだって。」

聞けば元々読者モデルで、今はインスタグラマーとなり、自分でアパレル系の会社を立ち上げたい、とのこと。

どこかで聞いたことがあるような話だなと思いながらも、私は黙ってその子の話を聞きながら、ぼんやりと考えた。

きっと、時代は変われども人の本質は変わらない。世代交代を続けながらも、この街に生息する人たちも変わらないのだろう、と。

皆東京に夢を持ってやってきて、自分らしさや楽しさを求めて彷徨う。それが、ずっとずっと繰り返されている。

「出会う人とのご縁を大切にすること、かなぁ。それくらいしか私に言えることはないかもだけど...将来はどうなっていたいの?」

参考になるかどうかは分からないけれど、アドバイスできる立場でもないし、今の私が言えるのはそれくらいだった。

「将来どうなっていたいのか、よく分からないです。とりあえず、ちょっとリッチな人と結婚して、良い暮らしがしたい、っていうのはマストなんですけど。」

「ちょっと、昔の彩乃に似てるだろ?だから何か、放っておけなくて。」

松田さんの言葉に、私はハッとし、心が締め付けられた。

20代前半は毎日が“楽しい”と思える反面、同じ量の不安も抱えていた。

その不安を打ち消したくて、とにかく外に出て、人から自分の価値を見つけてもらおうともがいていた。

でもきっと、いつか気がつく。

自分の価値は、自分で少しずつ積み上げていくしかないのだと。

誰かが自分に付けてくれた付加価値なんて、あっという間に泡のように消えていく。

そして他力本願ではいつまでも、捉えどころのない漠然とした不安の中を彷徨い続けることになる。

“自分らしさ”と、自分の存在意義をこの街で見つけるまでに、私は結局何年もかかってしまったのかもしれない。

ふと、私は久しぶりに彩乃ちゃんに会いたくなり、その場でLINEを送った。



「真理亜、久しぶりだね。」

広尾の『カフェ・デ・プレ』に現れた彩乃ちゃんを見て、私は彼女の変化に驚いた。




以前は自信がなさげでどこか影があったけれど、今目の前にいる彼女からはもう、そんな雰囲気はどこにも感じられなかったから。

晴れ晴れとした顔の彩乃ちゃんを見て、私は純粋に嬉しかった。お互い離れていたけれど、時が私たちを大人にし、成長させてくれていた。

「真理亜は、最近どうなの?結婚は?」

「結婚かぁ。今の彼とタイミングが合えば、かな。好きな人が側にいてくれるだけで幸せだしね。」

「そっか、真理亜らしいね。相変わらず、世間の常識とか概念に囚われない生き方をしてて安心したよ。」

彩乃ちゃんから言われ、私は笑いながら大きく頷いた。

20代で東京のキラキラした所を知ってしまった私たちのような女は、楽しさと同時に苦しみを抱え込むことになる。

それは正しいとか正しくないとか、誰かにジャッジされるようなことではなくて、それが私たちの人生の一部だったという、それだけ。

心躍る刹那的な高揚感とか、時には目を背けたくなるほどの自分の中で蠢く欲望とか。いろんな感情と向き合ってきた私たちが、最終的に思うことは、とてもシンプルだった。

人に優しくし、そして自分が自分らしく生きられればいい。

「結局、私たちは何歳になっても変わらないんだろうね。まだまだやりたい事はたくさんあるし、叶えたい夢や希望もたくさんあるから。」

きっと、人は永遠に悩み続ける生き物。でも、悩み抜いた先にしか見えない素晴らしい世界もある。

外に出ると、冬の冷たく澄んだ空気がキンと私たちを包み込む。キラキラと輝く日差しが眩しくて、私たちは目を細めた。

「明日からも、また頑張ろうね。」

そう言って、私たちは大きく手を振って別れた。

東京で生きている限り、私たちは夢を見続ける。

この東京で、いつか必ず幸せになれる日が来るのだと。

Fin.