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もくじ

ー ツリーにふさわしい木をアストンで
ー 求めているのは、自由に育った天然の木
ー 元凶は濡れたアスファルト、氷点下の気温
ー DB11のインプレッションを忘れていた
ー チャーンサイドとアストンの意外な関係
ー いよいよエンディング

ツリーにふさわしい木をアストンで

この時期がやってくると「地に平和あれ、ひとには優しくあれ」とよく耳にするようになる。

第二次世界大戦中にノルウェーに協力したイギリスに対する感謝と友情の証に毎年巨大なクリスマスツリーがオスロ市からロンドンに贈られるが、これはまさに平和と善意を祝うイベントだ。

この伝統行事に敬意を表すべく、今年はわれわれもスコットランドの西海岸からロンドンにあるAUTOCARのオフィスまでクリスマスツリーを運び、編集チームを喜ばせようと思う。

回り道や写真撮影のためにぶらぶらしたのを除き、走行距離885kmというのはなかなか立派な距離だ。

その任務に最適なのはひとびとに愛されるイギリス製グランド・ツアラー、アストン マーティンDB11だろう。北へと向かう田舎道ではスリルを味わい、帰りは高速道路をすっ飛ばせる。

ただ、DB11のトランク容量は270ℓしかないし、アストンはルーフ・ラックを販売していないから苗木ぐらいしか積めないじゃないか、と疑問に思われるだろう。

さらに、アフターマーケットで手に入るソフト・ラックは、オンラインで「継ぎ目が破れた」「カヤックが道路に落ちた」といった評価が並んでいるのでそれも使えない。

では実際どうしたかというと、ルーフに保護フィルムを貼り、3000円程度のラチェット・ストラップと数枚のパッドを使って準備を整えたのだ。

求めているのは、自由に育った天然の木

この旅の出発地点となるのは、アーガイル・フォレスト・パークにあるグレンブランターだ。ここはスコットランド森林委員会に最初にリースされた私有地である。

観光客サービス・マネージャーのシュー・モリスが出迎えてくれ、われわれが理想の松を探せるよう木に詳しいアンディ・ケルとスティーヴィー・クーパーを紹介してくれた。

今回運転するDB11は608psを発揮するV12を搭載しており、約2746万円のメーカー希望小売価格には、オプションとなる約53万円のモーニング・フロスト・ホワイト塗装と約71万円するダイヤモンド旋削仕上げの20インチ合金ホイールが含まれている。

きらめく小川の横を通ったり、鬱蒼とした森へと続く泥道を上ったりする時にこのクルマの低いうなり声が心地よい自然の音を掻き消してしまい、全くその場に馴染んでいなかったが……。

ケルが連れてきた小さな犬のネスがふかふかのミズゴケで足元が覆われた巨大な松林の中を先導してくれた。われわれが求めているのは家庭でよく使われるような栽培されたクリスマスツリーではなく、1万エーカーほどのゴツゴツした地で自由に育った天然の木である。

われわれの理想と完全に一致する、1.8mほどの立派な松の木が太陽に照らされていた。素人のわたしでもその木が素晴らしいとわかった。オスロから毎年贈られる木は通称「森の女王」と呼ばれているので、それに対抗するに相応しい名としてわれわれの木は「松のロバート」とした。

ストラップを使って松をDB11のルーフにくくりつける際、最大限の空力効率を得るために先端が後方を向くようにした。ケルはこの木が7年間の間、幾度となく山腹をかすめる強風に耐えてきたことを教えてくれたが、以前ある顧客がここの木をエディンバラまで177km運搬しただけで傷んでしまったことも忠告してくれたのだ。

いざグレンブランターを出発して走り出すと、木はしっかりと固定されているものの、時速64km/hを超えるとストラップがまるでベースの弦のように振動した。

同行したフォトグラファーがストラップの緩んでいる方を張っている方に巻きつけて空気流を遮ると問題は解決した。さらに、窓を完全に閉めることができないのでいつもより少し風切り音が響くが、耐えられないほどではない。

そんなことよりも遥かに大きな弱点が出てきた。

元凶は濡れたアスファルト、氷点下の気温

遥かに大きな弱点。それは濡れたアスファルトと氷点下の気温のせいで、DB11の後輪に履かせているブリヂストン・ポテンザS007の295mm幅のサマータイヤでは最大トルク71.3kg-mをうまく伝達しきれないのだ。慎重にアクセルを踏みながらグレン・コー峡谷の上部へと向かった。

南東方向には18世紀にウェイド司令官が建設した軍用道路が蛇のようにクネクネしながら谷底へと続くのが見える。その軍用道路は、上を通るA83という道が地滑りで閉鎖された時にのみ一般開放されて通行することができる。

道路の建設を記念して建てられた石碑に刻印されている「Rest and Be Thankful」という言葉は、この場所の名前にもなっている。

今となっては知っているひとも少ないだろうが、1970年まではAUTOCARが定期的にその古い道路でヒルクライム・イベントを主催していたのだ。

ジャッキー・スチュワートやジム・クラークといったレーサーが高低差約123m、距離約1.3kmのコースで競っていた。実はわれわれのDB11もこの地に結びつきがある。アストンが造るレーシングカーの先駆的なDB3が1953年にここで最初のクラス優勝を果たしたのだ。

クーパー・クライマックスFPFの奏でる音がここの山腹に響き渡るのを耳にすることはもう叶わないが、Rest and Be Thankful遺産保存プロジェクトがモータースポーツ展示センターを併設した案内所を近々作ろうとしているので、それに期待を寄せるとしよう。

その場を立ち去る前、多くのひとにスマホのカメラを向けられた。DB11はいつも羨望の眼差しを浴びて注目の的になるクルマだが、今回はルーフに木があるし、クリスマスが近づいていることもあってことさら熱烈な声援を受けた。

そこで、気づいたことがある。

DB11のインプレッションを忘れていた

穏やかなロング湖で沈みゆく夕陽を眺め、エディンバラまで最初の高速道路を走った。通常よりも突風を直に感じるものの、リムジンに乗っているかのようにリラックスできる乗り心地は健在だ。

かすかな排気音は聞こえるが、耳障りとまではいかないし、5.2ℓV12ツインターボ・エンジンには十分なパワーとトルクがあるので、ZF製8速ATをほとんどキック・ダウンする必要がない。

フォース橋でしばし船架の写真を撮ったあとエディンバラへと入り、旧市街の道路を低速走行し続けた。プリンシズ・ストリート・ガーデンズではクリスマス・イルミネーションがきらめき、凍てつく夜なのに笛吹きの演奏音が聞こえる。

その後は気取ってエディンバラ城に忍び込んでみた。格子戸から出てきたタータン柄のズボンを履いたふたり組が「おもしろすぎる。最高だ!」と叫びながら通り過ぎていった。

翌朝、新市街ではクリスマスの買い物客らに大いに喜んでもらえた。皆笑ってくれたり、親指を立ててくれたり、写真を撮ってくれたりした。

4739mmもの全長、低くて快適なシート、さらにはどこまでも続くかのようなボンネットにもかかわらず、操作しやすいステアリング、大きなドア・ミラー、そして標準装備の360°バーズアイ・ビュー機構のおかげで市内をうろうろ走り回って欲しいというパピオールのリクエストにも難なく応えることができた。

そして、われわれは日に照らされたバーウィックシャーの原野を走り抜け、農家出身のレーサー、ジム・クラークに敬意を表してチャーンサイドに立ち寄った。理由は次項でお伝えしよう。

チャーンサイドとアストンの意外な関係

チャーンサイドには、アストンDBR1を繰ってル・マン24時間レースで3位を獲得し、やり手のボーダー・リーヴァーズ・チームに貢献したクラークが安らかに眠っている。

彼の墓石には敢えて空白のスペースが残されているが、それは、ホッケンハイムのレースで32歳という若さで事故死さえしなければフォーミュラ1での通算勝利数25回、ワールド・チャンピオンシップ2回、インディ500のブリックヤード戦優勝という戦績に加えてさらに多くの勝利を獲得できたであろうことをほのめかしている。

近くのダンスという町にはこの「シャイなチャンピオン」を称える博物館があり、2018年には拡張リニューアルするようだ。

一面嵐雲で覆われたイギリスの空のもと、われわれはツイード川に架かる古いベリック橋を渡った。風が吹き荒れ雹が降るなか、AUTOCAR編集者のマーク・ティショーへのクリスマスプレゼントとして名物の蜂蜜酒を買うため、リンディス・ファーン島へと続く土手道を進んだ。この道は干潮時にだけ出現するのだが、この時はまだ一部が水に浸かっている状態だった。

松のロバートは痛手を負ってはいたものの、しっかりとクルマにつかまっていた。パピオールが激しい雨に打たれながらカメラのファインダーをのぞいている間、わたしは革張りの室内でぬくぬく温まっていられた。だいぶ改善されてはいるが、アストンはまだ内装のしつらえが最高とは言い難いし、収納スペースもほんのちょっとしかない。それでも、車内には高級感が充満している。センスが素材を上回るのだ。

悪天候の回復はもう諦めるとして、ところどころ荒れた路面のノーサンブリアB道路でDB11の性能を試してみることにした。後輪は4速でも鳴くが、それを味わうためにこのクルマのパワーをすべて使う必要もない。フロント・アクスルは素早いレスポンスを可能にし、コーナリングの際にシミー現象が発生したとしても軽度で、ロールもうまく抑制されている。

最もハードなスポーツ・プラス・モードでは、パドル操作で簡単に素早くシフト・ダウンを行うことができる。しかし何と言っても圧巻なのは大きくて頑丈なエンジンだろう。

エンジンの唸りは1500rpmから力強くなり、2500rpmからは騒々しくなり、7000rpmのレッドゾーンにかけて堂々たる咆哮へと変わる。素晴らしい音を奏でるこのV12は、大排気量のおかげでターボラグをほぼ解消できている。

いよいよエンディング

気分転換を兼ねてノース・ヨーク・ムーアズ国立公園へと向かったが、あまりにアップダウンが激しく、引き返すことにした。

その後は宿があるハンバー川の河口まで走った。明日には森の女王との対面が待ち受けている。

翌朝、話しを伺ったDFDSシーウェイズという船会社の取締役であるショーン・ポッターによると、まず彼の会社がノルウェーからイミンガム港の同社の0.6平方kmのコンテナ・ヤードまで船で木を運び、そこから提携する物流会社のベック・アンド・ポリッツアーがロンドンのトラファルガー広場まで輸送するそうだ。たった1本の木のためにこんなにも大掛かりなことが行われているのだ。

お隣の国、スウエーデン発祥のイケアが得意とするコンパクト梱包と現地組立の方式に負けじとばかり、ノルウェー人も配送のしやすさを追求して木の下の方の枝を一旦切り取り、ロンドン到着後、穴を開けておいた箇所に再びその枝をはめ込むようにしている。

埠頭では、21mの高さの木がクレーンでゆっくりとつり上げられて、木と特注の木製受台の長さに合うよう調整された伸縮トレーラーに載せられているところだ。次の大型船が波止場に近づく頃、木は無事に固定されてトレーラーは素早く走り去った。

われわれはサメの後を追いかけるパイロット・フィッシュのように一緒に出発して家路についた。道中はアストンに松という物珍しい組み合わせ見たさに多くのクルマが近寄ってきて手を振ってくれたし、ガソリン・スタンドでは色々言われた。

「どうでもいいけど、アストンにクリスマスツリーをくくりつけるなんて」とか「なにやってんだ」とか。一番おもしろかったのは、マジック・ツリーという消臭剤のコピー品を買う時に警戒心の強そうなレジの店員に「よっぽどクリスマスツリーが好きなんだね」と皮肉っぽく言われたことだ。

AUTOCARのオフィスに着く頃には夕方になっていた。ロバートは少し後ろにずれていたが、ストラップを解くと枝がぱっと誇らし気に広がり、砂利道や嵐や渋滞などをくぐり抜けて1207km以上の総走行距離を経てもなお、快い木の香りを放っていた。誰かに飾り付けてもらえることを願いつつ、オフィスで最も目立つ場所に彼を置くことにした。

彼はわれわれの長旅によく付き合ってくれたと思う。アストンも、冬タイヤを履いていないのによく頑張ってくれた。カリスマ的で快適で、速くて楽しいクルマだということがわかった。

そして、クリスマスツリーの下にフィットすることを証明できたわけだから、サンタさんよろしく! と声を大にして言いたい。

メリークリスマス!