結婚に必要なのは、お金or愛?

それは、女にとって永遠のテーマである。

“最後は愛が勝つ”と信じたくてもそれは理想論だということに、女たちは徐々に気づいていくのだ。

しかし「お金より愛が勝つ」と言い切る、ある女がいた。

その名は、愛子。

金に目がない女だらけの東京において、愛子は信念を貫き、幸せな結婚生活を勝ちとれるのか?

広告代理店で働く29歳の愛子は、大手通信会社勤務の知樹と結婚を決め、幸せな毎日を過ごしていた。愛子は見事プロジェクトリーダーに抜擢され、取引先の変わり者御曹司・翔太と知り合う。

一方、同時期に医者との結婚を決めた親友の明日香は、結婚式で愛子との絶対的な差を見せつけることを心に誓っていた。




「えっ…?プロジェクトが白紙ですか…?」

愛子は、広々とした会議室の隅に、呆然と立ち尽くしていた。

朝一番に愛子を呼び出した上司の顔つきがいつもと違い、違和感を感じていたのだが、嫌な予感は見事的中した。

愛子がプロジェクトリーダーとして指揮をとっていた、Instagramを利用した携帯電話会社のプロモーションが、クライアントの意思により急遽中止になったというのだ。

「どういうことですか?先方もあんなに乗り気だったのに…!」

愛子が焦って尋ねると、上司は肩をすくめた。

「クライアントの上層部の決定だから、俺たちにはどうしようもできないんだよ。申し訳ない」

上司は、プロジェクトの予算が大幅に削られることになったのが原因だと説明したが、あまりに急な出来事で、愛子はどうしても納得ができない。

-一体、何があったというの…?

特に、キャンペーンの目玉企画として、ナッシェンとコラボしてSNS映えするスイーツを制作するアイディアは、愛子の上司にはもちろん、クライアント側にもかなり好評だった。

先方のチームリーダーはかなり手強い女性で、彼女からの細かすぎる要望や二転三転する変更にも愛子はきめ細やかに対応していた。その甲斐あって、企画は順調に進行していたはずなのに。

なんとか気持ちを落ち着けてから、チームメンバーに報告をすると、営業事務の女性は真っ先に動揺をあらわにした。

「あの苦労が…!全て無駄になったってことですか?」

彼女は唇を噛み締め、目にはうっすら涙まで溜めている。

「皆には、本当に申し訳ないと思ってるわ。でもきっと必ずまたチャンスがあるから、それを信じて頑張ろう。その時も、どうかよろしくお願いします」

頭をさげた愛子を、彼女は恨めしそうな目つきで見返した。

「…愛子さんって、プロジェクトが潰されても顔色ひとつ変えないなんて、本当にたくましいんですね。私は、そんな簡単に割り切れないです」

何も言い返すことが出来なかったが、一番泣きたいのは当然、愛子自身だ。ようやく手にしたプロジェクトリーダーの座も、睡眠時間を削って必死に髪を振り乱してきたここ数ヶ月の努力も、一瞬にして水の泡となったのだから。

本音を言えば、今すぐトイレにでも駆け込んで声をあげて泣きたいくらいだが、笑顔を取り繕って彼女をなんとか慰めるのだった。


所詮は男社会。プロジェクト頓挫の本当の理由とは?


所詮はやっぱり、男社会


その日の夜、他部署の先輩に誘われて、虎ノ門のイタリアン『ピアット キタミ』で食事をすることになった。先輩は、優秀な女性営業職として社内でもよく知られる、愛子の憧れの人物だ。

「愛子、プロジェクトの件は残念だったね。私も、過去に似たようなことがあったから、気持ちすごくわかる」

そして先輩は、急に声を落とした。

「実は、喫煙部屋の前を通りかかったときに私、たまたま聞いちゃったんだけど…今回プロジェクトが無くなったのって、予算を別のプロモーションに持って行かれたのが原因みたいよ」

「…それって、どういうことですか?」

彼女は、男たちの会話の一部始終を話してくれた。

“別のプロモーション”とは、愛子の部署内で同時進行していた、同じクライアント向けの別の大型案件だ。スマホの他社乗り換えプロモーションで、プロジェクトリーダーを担当していたのは、愛子の同期の男だった。

「それで…私の担当プロジェクトの予算が、彼のプロジェクトの方に持っていかれたってことですか…」

「そう。あなたの同期の彼、先方の上層部にかなり気にいられていたようで、いつのまにかうまく売り込んだみたいね。ほら…私たち女には首を突っ込めない世界があるじゃない、彼らには」

そう、どんなにプレゼンを頑張っても仕事ぶりを評価されても、一瞬にしてその努力を覆されてしまうことがある。“男同士”の接待の力によるものだ。

「所詮はやっぱり、男社会よね」

先輩は悲しそうな顔でため息をつき、続けた。

「実はね、今日愛子を食事に誘ったのは、話があったからなの。私、会社を辞めることにしたのよ」

愛子は驚いて彼女を見つめた。

大手飲料メーカーを担当する花形部署で、男たちを蹴散らして優秀な功績を残してきた先輩が、会社を辞めるだなんて、なぜ…?

「私、家庭を顧みることもなくひたすら仕事に没頭してきたけど、女としての幸せを犠牲にしたって、この会社で最終的に手に入れられるものなんてさほどないのかもって気づいてしまったの。思い切ってこの業界を離れようと思う」

そして先輩は、しばらくゆっくりすればって夫も言ってくれたの、と笑ったあとで、急に真顔になって愛子に言った。

「愛子も結婚するんだし、今後の人生についてよく考えた方がいいわよ。婚約者の彼とも、よく話し合ってね」




家に帰ると、知樹が温かいハーブティーを入れてくれた。カモミールの優しい香りに包まれながら、愛子はプロジェクトの件を報告する。

「愛子、大変だったね…大丈夫?」

知樹は心配そうに見つめている。愛子が先輩の退職の件を話そうとしたとき、リビングテーブルに無造作に広げられた分譲マンションの資料が目に飛び込んできた。

-そうだ、トモくんと力を合わせて、理想のマンションを買うって決めたんだった。私、もっともっと頑張って働かなくちゃ…。


一生働く必要のない女・明日香


「トモくん。私は大丈夫。またプロジェクトリーダーになれるチャンスを掴めるようにもっと頑張るつもり」

愛子が笑って答えると、知樹はホッとしたようだ。

「愛子はやっぱり強くて、カッコいいな」

結局、先輩に言われた話は出来なかった。でも、これでいい。泣き言なんて言っている暇は、自分には一秒たりともないのだから。


働く必要のない女


翌日、アポイントの合間の移動中に、明日香からLINEが送られてきた。

-愛子!大至急連絡ください!!

何かあったのだろうか。表参道駅の地下から出たところで、大急ぎで明日香に電話をかけた。

「もしもし、愛子〜?」

大至急と言っていた割に、ずいぶん呑気な甲高い声が受話器から響き渡る。

「ねえねえ、愛子。ナッシェンの藤原さん、紹介してくれない!?結婚式の引き菓子を考えていたんだけどね、今をときめくナッシェンのオーダーメイドスイーツにしようかと思うの!」




興奮した明日香の勢いに押されながらも、愛子はふと気がついた。今日は火曜日、時刻は14時であるというのに、ずいぶん悠長な内容の電話である。

「明日香…仕事は?」

すると明日香は、のんびりとした口調で言った。

「あ、言ってなかったっけ。今ね、溜まった有休の消化中で、今日はお休みなの。私、今月末で会社辞めることにしたから」

彼女は当初、結婚のタイミングで寿退社するつもりでいたが、来年9月挙式予定の結婚式準備に全てのエネルギーを費やすため、予定をずいぶん繰り上げて早めに退職することにしたらしい。

「どうせもう一生働いて稼ぐ必要なんてないんだし、だったらいつ辞めても変わらないよね」

そして明日香は、うふふ、と笑ったあとに付け加えた。

「インスタで知り合った卒花嫁さんたちに聞くと、みんな仕事と式準備の両立でノイローゼになりかけたって、口を揃えて言うのよ。一生に一度のイベントなのに、仕事なんかに追われて結婚式をおろそかにするのだけは絶対嫌じゃない?」

ついでに明日香は、先月参列したという結婚式で、外資系投資銀行勤めの新婦の肌が仕事のストレスでボロボロだったということを笑いながら話した。

明日香と知り合って約10年。価値観も生き方も正反対の2人だが、愛子はこれまで明日香の考えを否定したことはなかったし、尊重してきたつもりだ。

でも今はじめて、強い苛立ちが芽生えた。

-必死で仕事して、何が悪いの…?

だけど、今は打ちひしがれている場合ではない。これから、ナッシェンに行ってプロジェクトが白紙になったことを説明し、翔太に謝罪をしなくてはならないのだ。

電話を終えた愛子は、姿勢を正し、大きく深呼吸してからナッシェン本社の門を潜るのだった。

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