「ドラマみたいなことをやっているなと思っていたけどほんとにテレビドラマになっちゃった」(諏訪さん)

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 「銀行のホールで本気で泣き叫んだ。ドラマみたいなことをやっているなと思っていたけどほんとにテレビドラマになっちゃった」。ダイヤ精機(東京都大田区)の2代目・諏訪貴子は屈託なく当時の苦労を振り返る。NHKのテレビドラマとして放映中の「マチ工場のオンナ」のモデルであり原作者である。

 近年、女性2代目経営者による企業再生は脚光を浴び、国も産業構造審議会(産構審)のメンバーとして、諏訪のほかに日本電鍍工業(さいたま市北区)の伊藤麻美、小松ばね工業(東京都大田区)の小松万希子の3人の女性社長を加えている。

ただ、再生の過程は美しい時間だけが過ぎたわけではない。

 諏訪にしても「テレビを見て感情移入していたが、演じた内山理名さんもリストラの場面が一番辛かったと話してくれた。セリフも自分がほぼ言った通りの内容で思わず涙してしまった」と話す。

 伊藤にせよ、諏訪にせよ、創業者にして先代社長である父親の急逝などを受けて、「逃げるわけにはいかない状況」から「未来を築ける環境」にまでそれぞれの企業を近代化、現代化させてきた。

 ダイヤ精機は大田区の典型的な町工場で、本社工場はテレビの舞台よりも中小企業らしい外観だ。伊藤の日本電鍍は住宅エリアと近接していることもあり、見た目も古いメッキ工場とは異なるように改装を進めた。

 2人は共に息子を持つ。「後継に考えられる年齢ではない」とする伊藤に対して、大学生であり、20歳になる子どものいる諏訪は「企業は世襲が良い形とは思わない」としながら、どこかで「本人がやりたいと思ったら」と期待を寄せる節もある。

 核家族化の風潮は中小企業経営者でも同様だ。諏訪には夭逝(ようせい)した兄が存在したが、伊藤は一人っ子。お嬢様育ちの2人が経営を引き継ぐことに従業員の反発もあったり、税理士のような身近な相談ができる存在も「やめた方が良い」とアドバイスをくれた。だが、「従業員の後ろにいる家族の姿を思い浮かべたら逃げる道はなかった」と伊藤は話す。

 諏訪は後継者としての期待をかけられたこともあり、成蹊大学工学部で化学を専攻し、メーカーで2年間だがエンジニアリングに携わった。

 一方の伊藤は小学校から都内のインターナショナルスクールに通い、留学生や帰国子女が学ぶ上智大学の外国語学部比較文化学科(現国際教養学部)を出て、FM放送などのディスクジョッキーを経験した。家業は安泰と信じ、米国で宝飾デザインの勉強中に、経営危機を知らされたのは寝耳に水だった。無謀とも言える挑戦だったが、努力は裏切られなかった。

 諏訪は「承継問題がピークにあり、ドラマの反響は大きい。(自分は)バカだったが、勇気を持って進んでもらえたら」と後に続く仲間を応援する考えだ。(敬称略)