松江哲明の『IT/イット』評:配信ドラマ的手法で表現された今日的な“恐怖”

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 1990年のオリジナル版でティム・カリーが演じたペニーワイズは、それまで見たどんなピエロよりも怖くて、夢に出るぐらいのトラウマを植え付けられました。無理やり笑っている姿と、その化粧の裏にある素顔は絶対に違うはずだという意識があって、元々ピエロは苦手だったんです。

 本作は、1990年に公開された『IT』のリメイク作となりますが、映画の構成が大きく変わっていると聞いたときは少し懸念していました。というのも、90年版は、前半部が子供時代、後半部が大人時代で、その構成の巧みさに作品の面白さが詰まっていたからです。

 子供時代と大人時代が単純に分断されているのではなく、大人になった彼らが回想をしながら、現在抱えている問題と子供時代の恐怖体験がシンクロしていく、まさに“映像的”な見せ方をしていました。だからこそ、本作が「チャプター1」(子供時代)のみと聞いたときは、ペニーワイズの恐怖を押し出した一般的なホラー映画に落ち着いてしまうのかなと思ったんです。でも、結論から先に言いますと、2017年版は今年のベストの1本に入れたいほどに強烈な作品でした。

 本作を見ていて改めて感じたのは、人間にとって“恐怖”は必要なものであるということ。僕も自分の子供と接していて分かったのですが、似ているようなものでも、恐怖を感じるものと平気なものがあるんですよね。ウチの子は、恐竜は好きなのに、なぜかキング・コングはすごく怖がる(笑)。だから、それを利用して、悪いことをした時はキング・コングの人形を見せたりして「キングコングが怒るよ」と教えているんです。そういった恐怖の対象があるからこそ、人は克服するために立ち向かい、成長していく。『IT イット “それ”が見えたら、終わり。』は恐怖の必要性が非常に巧みに描かれている物語でした。

 原作小説では、50年代と80年代が舞台となっていますが、設定を80年代と2010年代に変更したのがまずよかった。80年代を背景に子供たちが活躍する物語といえば、『スタンド・バイ・ミー』や『グーニーズ』、『エクスプロラーズ』が思い浮かびますが、僕も含めて今の30代〜40代にとっては子供の頃を思い出して懐かしいんです。80年代をリアルタイムで体験していない世代にとっても、現在のカルチャーの根源が垣間見えて、不思議とノスタルジーを感じられる。

 恐怖描写という点では、90年版は現在よりVFXなどの技術が拙かったりするんですが、ペニーワイズのちょっと雑な感じの合成が逆に恐かった。見ている方が、余白を想像してさらに怖くなってしまう感じというか。一方、本作では、余白を想像するというよりも直球でこれでもか、これでもか、と恐怖をぶつけてくる。観客を殺しにかかっているんじゃないかと思いました(笑)。ガレージでフィルム映写機をかけて、その映像の中からペニーワイズが出現するシーンなど、今の技術だからこそできる見せ方だったと思います。

 時代を置き換え、最新の技術で当時できなかった表現を加えつつも、そのまま受け継がれているシーンも多いです。例えば、ルーザーズ・クラブの紅一点、ベバリーの住む家の浴室が血だらけになるところ。恐怖心を喪った大人にはそれが見えず、子供たちだけがそれを見ることができる。幻覚とは違うから、実際に血を拭き取る掃除をして、彼らの中に絆が生まれていく。まさに映画的なシーンでした。

 ホラー映画は、恐怖の対象がいて、主人公たちがそれを乗り越えるという、王道の型があります。でも、恐怖描写は瞬間的な表現になりがちです。シンプルがゆえに長編として成立させるには様々な味付けが必要であり、それが出来ないなら短編で作った方が面白いんです。オムニバス形式で見せている『世にも奇妙な物語』はまさにその発想ですよね。話を長くするために、下手に恐怖の背景や、恐怖の理由を表現すればするほど白けるものになってしまうことが多々ある。その点において、『イット』も長編映画でありながら、少年たちそれぞれの短編を繋げた“オムニバス映画”であるとも思いました。その人が一番怖いものに形を変えて“イット”は表れるという特質を最大限に活かした構成になっていると思いますし、それが今の時代にハマったんだなと感じます。

 少年たちひとりひとりのエピソードを見せつつ、決してぶつ切りになるのではなく、最後の戦いに集約されていく様は、イッキ見ができる配信ドラマ的手法だと感じました。逆に、90年版のような時制を行き来する話では、ここまでの勢いは出せなかったのではないでしょうか。それこそ3時間の物語にしなければ。

 本作をはじめ、2017年は良質なホラー映画が沢山公開されました。これだけ良作が出揃うようになったのは、ちゃんとホラー映画を見てきた方が作り手になっているのが大きいと思います。ホラー映画は、そのジャンル性も相まって、ただ怖ければ良いという発想のB級映画が沢山作られてきました。もちろん、そういった作品の中に、キラリと尖った面白い作品もあるのですが、結局現在まで語り継がれているのは、トビー・フーパーやサム・ライミなど、作り手が強いこだわりを持って作った作品群です。

 本作のアンディ・ムスキエティ監督や、『死霊館』『ソウ』のジェームズ・ワン監督など、現在の作り手たちは、そうした先人たちの映画をしっかりと吸収して、自分の色を加えてアップデートしています。映画を撮影所や映画学校などで勉強してきた人ではなくて、ビデオや映画館で、自分で学んだ人。自国の作品だけではなく、海外の作品からも吸収しているというところに、ジャンルへの愛を感じます。本作の中にJホラーの影響も見て取れるように、旧作も新作も全部を飲み込んで表現しているのではないでしょうか。

(松江哲明)