企業の不祥事が今だに相次いでおり、経営者が謝罪するケースが目立つ。果たして「メード・イン・ジャパン」は大丈夫なのか。経済広報センターがかつて、北京でコーポレートーガバナンスに関するシンポジウムを開き、私は基調講演を行い、日本の状況を紹介したことがあった。

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企業の不祥事が今だに相次いでおり、経営者が謝罪するケースが目立つ。果たして「メード・イン・ジャパン」は大丈夫なのか。日本は長い間、誠実さ、確実な品質、製品の信頼性において輝ける手本になっていた。CSR(企業の社会的責任)が話題となり、コーポレートーガバナンス(企業統治)、法令順守(コンプライアンス)、リスクマネジメント(危機管理)が叫ばれて以来長い。
それにもかかわらず、最近は深く論じられることもなく、守られなくなっている。これらの言葉を発すると「古い話でしょう」「なにを今さら」「常識でしょう」と一蹴されてしまうことが多い。しかし、言葉として理解していても、日本企業に浸透していなかったことが、企業による連続的不祥事で判明したのではなかろうか。

経団連の関連団体である経済広報センターがかつて、北京でコーポレートーガバナンスに関するシンポジウムを開いたことがあった。これは中国社会科学院との共催によるもので、グローバルな企業間競争が激化する中、経済成長著しい中国と日本のコーポレートーガバナンス改革の状況を比較し、意見交換することで、これからのガバナンスの在り方を探ることが狙いであった。

日本側からは私が経済広報センター副会長という立場で基調講演を行い、オムロンの事例も交えて日本の状況を紹介したほか、東京証券取引所と経団連からも日本の現状を語っていただいた。

中国側からは中国証券監督管理委員会と中国企業連合会からパネリストとして参加があり、コーポレートーガバナンスが企業価値を高めるという認識の下、中国企業においても社外取締役の導入をはじめガバナンス改革が早急に進められていることが報告された。当時は中国の場合、上場している企業のほとんどが国有企業ということで、経営の監視機能も形式的なものに陥りがちであることや、取締役会の独立性が足りないこと、経営の改革が企業の自発的なものでなく行政の指導で強制的に行われていることなどが問題点として指摘された。ただ、実態としてはまだまだ課題はあるものの、ガバナンス改革の機運は着実に高まってきていることをシンポジウムを通じて実感できた。

日本でも、ガバナンスに関する企業の意識や取り組みは急速に進んだかに見える。2003年4月の商法改正で監査役を置く日本の従来型のガバナンス形態と、いわゆる米国型のガバナンス形態を選択できるようになったが、実際に米国型に移行した企業はそれほど多くない。しかし、これは日本の企業がガバナンス改革に消極的なのではなく、監査役制度という現行の制度を維持しながらも、執行役員制の導入、社外監査役や社外取締役の導入・増員、指名委員会や報酬委員会の設置などを行いながら、各社が独自の工夫で最適な統治モデルを模索しているととらえるべきだ。

一時、米国型ガバナンスモデル礼賛の風潮があったが、最近になって日本型モデルの採用を主張する流れが強まっている。ようやく景気が上向き始めたことで日本企業が自信を取り戻しつつあることもあるが、より根本的には「米国とビジネス環境の異なる日本では米国型ガバナンスは機能せず、むしろ日本型でも十分同等の機能を持ち得る」という経営者の実感が反映されていると言える。

日本での論議はガバナンスの形態論や「株主対経営者」といった構図から抜け出せていない。相次ぐ企業不祥事を根絶するためにも、CSRの実践を担保する仕組みとしてコーポレートーガバナンスをとらえるなど、より広い視野が必要だ。日本のすべての企業経営者は、いま一度、「社会的責任」の大きさを再確認し、果たすべき責任の大きさを猛省すべきだ。
<直言篇34>

■立石信雄(たていし・のぶお)
1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC=企業市民協議会)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)『The Taylor Key Award』受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。公益財団法人日本オペラ振興会常務理事。エッセイスト。