東大3年の近藤秀一が関東学生連合で箱根を走る(写真:田村翔/アフロスポーツ)

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来年正月に開催される第94回箱根駅伝には、全21チーム合計210名の選手が出場することになる。そのなかで異彩を放つランナーが3人いる。ひとりは日清食品グループを退社して、29歳で大学生になった渡邊和也(東京国際大1年)だ。

 かつては社会人(実業団)を経由して、箱根駅伝を走る選手が結構いた。駒大・大八木弘明監督もそうだし、山梨学院大で活躍した中村祐二も4年間の実業団を経験している。近年は消えつつあった「元実業団選手」だが、そのなかでも渡邊の場合はさらに特別だ。

 実業団時代にマークした1500m3分38秒11(08年)、5000m13分23秒15(11年)、1万m27分47秒79(11年)の自己ベストは今大会の出場ランナーのなかで最速タイム。11年には日本代表として韓国・大邱世界陸上の5000mに出場したほどのキャリアを持っているからだ。

 すでに「世界」を経験している渡邊は、「箱根駅伝」を目指して大学に進学したわけではない。「指導者になるためにもう一度勉強したかった」というのが大きな理由だった。

 兵庫・報徳学園高では06〜09年の箱根駅伝で活躍した竹澤健介(早大OB)と木原真佐人(中央学院大OB)の1学年下だったといえば、時代の流れがわかりやすいか。87年生まれの渡邊は、今大会唯一の昭和男で30歳。竹澤はすでに現役を引退していることを考えても、異例のチャレンジといえるだろう。

 実業団時代に故障した影響もあり、最盛期のスピードはないが、予選会はチーム9番目の61分30秒でカバー。徐々に調子を上げており、箱根では1区に起用される可能性が高い。チームは2回目の箱根駅伝で初の「シード権獲得」を目指しているが、渡邊自身も「2020年東京五輪」という新たな夢に向かって再スタートを切ることになる。

 渡邊と1区で激突することになりそうなのが、関東学生連合の近藤秀一(東大3年)だ。

 東大の選手としては13年ぶりの出場になるが、彼もまた近年にはいないタイプといえる。静岡・韮山高時代の5000mベストは14分27秒。県高校駅伝の1区では下田裕太(現・青学大)を抑えて区間賞も獲得している。箱根常連校からスポーツ推薦の話もあったが、東大受験を決意。難関を突破できずに、「浪人生活」を経験しているからだ。

 浪人中は毎日10時間の勉強をしながら、20〜25kmを走り込むなど、勉強と陸上を両立。そして東大理科2類の合格を果たした。大学ではブランクもなく活躍して、1年時と2年時には関東学生連合に選ばれたが、本番を走ることはできなかった。

 当時の規定では関東学生連合の選考対象は、「本戦登録1回までの選手」まで。一度は箱根駅伝の出場権を喪失したが、今年7月下旬に「本戦出場経験がない選手」に変更されると、箱根予選会を59分54秒の20位でフィニッシュ。自己ベストを1分以上も短縮して、予選会敗退校ではトップを奪った。

 箱根を本気で目指している大学は選手寮が完備され、栄養管理された食事が提供されるなど、競技に集中できる環境が整っている。一方の近藤は都内のアパートでひとり暮らし。自炊はもちろん、家庭教師のアルバイトもこなしている。そのなかで2月の東京マラソンでは2時間14分13秒をマーク。

 関東学連選抜のメンバーで箱根を走った川内優輝(現・埼玉県庁)の学習院大時代の記録を4分も上回った。「チームのなかでは経験値が高いので、それを生かして、過去2回の悔しさを晴らしたい。東大陸上運動部の主将としての意地と存在感も見せたいです」と近藤は話しており、偏差値ではかなわない他校の選手たちには、大きなプレッシャーになるかもしれない。

 近藤のようにスポーツ推薦の話を断った人間がいる一方で、どの大学からも声がかからなかった選手もいる。それが箱根予選会で日本人2位と激走した中山顕(中大3年)だ。

 埼玉・伊奈学園高では貧血もあり、インターハイ出場を目指した5000mでは県大会で予選落ちするレベル。当時は「箱根駅伝は雲の上の舞台だと思っていました」というが、10月の記録会5000mで自己ベストを30秒ほど更新する15分08秒をマークして、「挑戦してみよう」という気持ちが芽生えた。そして学内の指定校推薦を勝ち取り、中大法学部に進学する。

 陸上部とは何の関係もなかったため、中山は自分から浦田春生駅伝監督(当時)に電話をかけて練習に参加。最初は正式な部員ではなく、「準部員」という扱いだった。準部員は陸上部の寮に入れないどころか、「C」のマークや、「中央大学」の名前が入っているウエアを着ることも許されない。チームの応援には市販のジャージを着て出かけたという。

 正式入部の条件は「5000m15分00秒未満」で、11月の日体大長距離競技会5000mで中山は14分58秒をマークした。今となっては何ということもないタイムだが、「これで『C』のジャージが着られると思って、ラストは死に物狂いで、無理やり動かしました。とにかくうれしかったですね」と中山は振り返る。
 
2年時には箱根予選会のメンバーに選ばれるほど成長した。しかし、不安な気持ちに揺さぶられると、レース1週間前に発熱。出走メンバーから外れることになった。そして、中大は箱根本戦連続出場記録が87で途切れることになる。

「中大が落ちるとは思っていなかった」と沈んだ中山だったが、個人としては自己ベストを積み重ねていく。11月の日体大長距離競技会5000mで14分23秒69、12月の日体大長距離競技会1万mでは29分19秒13をマークした。

 そして3年生になった今季は9月の日本インカレ1万mで29分16秒49の自己ベストで9位に食い込むと、箱根予選会も快走する。チームトップの59分36秒(8位)でフィニッシュ。1週間後の平成国際大長距離競技会5000mでは大幅ベストとなる13分53秒07を叩き出した。

「4年間でどうにか箱根を走りたいと思ってきたんですけど、自分が5000mで13分台を出せるなんて想像していませんでした。正直、ここまで成長できたことに驚いていて、映像を見ても、自分なのかと疑ってしまうこともあるんです。でも、これで満足してしまったら成長はないので、いい意味で欲を持って箱根駅伝に臨みたいと思っています」

同じ学生ランナーといえども、本番までの道のりは人それぞれだ。研ぎ澄まされた肉体で、正月の晴れ舞台に向かう姿の一つひとつに個々のドラマが隠されている。

(文責・酒井政人/スポーツライター)