松たか子は今聴くべきシンガーである 椎名林檎提供「おとなの掟」ソロ歌唱での“歌で演じる凄み”

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 松たか子が、12月16日に放送された『SONGS スペシャル』(NHK総合)に登場した。8年ぶりのニューアルバム『明日はどこから』の発表に伴うものだ。番組で彼女の対談相手になったのは、高橋一生だった。この顔あわせの影には、もう1人のキーパーソンがいた。松と高橋が共演したドラマ『カルテット』(TBS系)の脚本を書いた坂元裕二である。

 1993年に女優の道を歩み始めた松たか子は、1997年にシングル『明日、春が来たら』で歌手デビューした。その作詞が、坂元だった。小室哲哉に代表されるダンサブルな曲が売れていた頃であり、同曲にも4つ打ちのビートが使われていた。だが、メロディ、詞、松の歌いかたやたたずまいはふんわりとした柔らかい印象だったし、むしろ小室系とは対照的で自然体の印象だった。Jポップのシンガーとしての彼女は、騒がず飾らないナチュラルなイメージでスタートしたのだ。

 一方、歌手活動20周年の今年にリリースしたシングル曲「明日はどこから」は、高橋一生も出演するNHKの連続テレビ小説『わろてんか』の主題歌。デビュー曲を意識したのか、タイトルに「明日」が用いられている。音楽活動をするなかで詞と曲を手がけるようになった松の自作である。毎朝の放送で日常的に流れることも考慮したのか、やはり柔らかい質感に作られており、結婚、出産を経た松の自然体の円熟ぶりがうかがえる曲調である。

 また松は、長澤まさみ主演で高橋一生が出演する来年1月公開の映画『嘘を愛する女』の主題歌「つなぐもの」を担当している。その作曲は松だが、作詞は坂元裕二なのだ。シャツのたたみ方など記憶のディテールをたどる詞を、彼女はていねいにしっとり歌っている。

 『SONGS スペシャル』ではここまで触れた曲などが歌われたが、高橋が対談相手となり坂元に言及した番組内容ならば登場しそうな曲が出てこなかった。『カルテット』の主題歌で椎名林檎作の「おとなの掟」である。

 弦楽四重奏団を組む男女の謎めいた関係性を追うドラマだったから、曲もストリングス中心のアレンジだった。『明日はどこから』では出演者4人がドラマ内のカルテットDoughnuts Holeの名義で歌ったものを収録したうえ、松たか子単独バージョンをボーナストラックにした。また、椎名林檎も先日発売の『逆輸入〜航空局〜』で同曲をセルフカバーしていた。

 椎名バージョンは、アルバムの特設サイトで本人がコメントした通り「楽器の“鳴り”」にポイントを置いている。キーを低くして弦の重い響きを強調すると同時に詞も日本語から英語に変更し、意味よりもサウンドを聴かせるものにしている。また椎名は、自身と同期の1998年にデビューした松崎ナオとのデュエットでこの曲の新バージョンを12月22日に配信限定で発売する。そちらはグランジ風であり、今度も注目点はサウンドの変化である。

 それに対し、Doughnuts Holeバージョンは、松たか子と満島ひかりが主旋律を歌い、松田龍平と高橋一生がサビのコーラスで加わる構成。本来の日本語詞は、物語の内容にふさわしくミステリアス。また、メロディの抑揚、歌の間合いに緊張感があって展開がドラマチックだ。4人の関係性を表現した歌であり、女声に男声が重なる場面でエロティックでもある情感が醸し出される。サウンドよりも、俳優陣の歌による演技が聴きどころだ。

 また、松の単独バージョンは、Maki Maki名義でドラマ中の巻真紀として歌っている。一人芝居の曲といえるし、内面を掘り下げるような奥行を感じさせる歌唱になっている。

 『明日はどこから』は松にとって8年ぶりのアルバムであり、本格的な歌手活動は久しぶり。だが、この期間の松には、2013年にディズニーのアニメ映画『アナと雪の女王』で日本語版声優を務め、主題歌「レット・イット・ゴー〜ありのままで〜」がヒットする大きな出来事があった。松はそれ以前よりたびたびミュージカルに出演してきたからこそ、その延長線上で、雪の女王エルサ役でのパワフルなボーカルも可能になったのだろう。

 また、小田和正がホストを務めるTBSの年末音楽特番『クリスマスの約束』に2006年の初登場以来、2008年から10年連続で出演している。同番組で多くの実力派アーティストと共演してきたことも歌手活動のうえで糧になっていると思う。

 そのように経験を積み重ね培った力が、「おとなの掟」で発揮されている。自然体のJポップ・シンガーの顔とは違う、役者として歌で演じる人の凄みが、この曲に感じられる。松たか子は、今聴くべき歌手だ。(文=円堂都司昭)