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今年2月、経団連と経済産業省の旗ふりで始まった「プレミアムフライデー」。月末最終金曜日の午後3時の早帰りを促す内容だが、実施する企業は極めて少ない。それは、なぜなのか。人事担当者の本音を聞くとともに、「プレ金失敗」の原因を考察する――。

■多忙な月末最終金曜日に「早帰り」を促す

今年は政府が主導する「働き方改革」で盛り上がった年だった。それに呼応するように残業時間の削減に取り組む企業も増えた。

だが、その中でも一向に盛り上がらず、失敗したのが「プレミアムフライデー(PF)」だろう。

PFとは月末最終金曜日の「早帰り」を促すもので、経団連と経済産業省の旗振りから今年2月にスタートした。商機にあやかりたいロゴマーク使用申請企業は8000社を超えている(2017年10月20日現在)。だが、肝心の早帰りを実施している企業や社員は各種調査を見るかぎり非常に少ない。

その結果、PF主導側の足元も揺れている。

経団連会長「企業にとって月末は忙しい時期だ」

経団連は2016年12月13日、榊原定征会長名でPFを契機に働き方の見直しを提唱し、「当日の半日有休休暇(全日・時間単位を含む)の取得促進をはじめ、就業時間の前倒しやフレックスタイム制の活用等、各社で工夫し、社員の皆様が月末金曜日の午後は定時より早めに、できれば午後3時までに仕事を終えられるよう」(リリース)と呼びかけていた。

当初、一部の大手企業では有給休暇やフレックスタイムを使った早帰りの実施を発表したが、その後追随する企業は増えなかった。経産省が集計した「早期退社取り組み企業」は今年5月時点で410社(うち静岡市のPF協力宣言企業164社)にすぎなかった。

経団連の榊原会長も9月11日の記者会見で「企業にとって月末は忙しい時期だ。『月初めにしてほしい』という声は強く、見直すとすればそのあたりになる」と発言するなど、弱気になっていた。

こうした実態を受けてPFの運営団体である「プレミアムフライデー推進協議会」は10月20日、消費喚起策としてのイベント開催日は月末金曜日とするが「職場や地域、個人の実状に応じて、日程変更を推奨する」という実施方針の見直しを発表した。また、経産省のウェブサイトでも「毎月、月末金曜日を中心に実施。一方、働き方改革の観点では、職場や地域、個人の実情に応じた『月末金曜』『15時』に限らない柔軟な取組(振替プレミアムフライデー等)も推奨」と、当初と比べて表現がトーンダウンしている。

■PF企画推進の経産省課長「金曜でなくてもよかった」

こうしたいきさつについて、今年11月、PFを推進する経産省の消費・流通政策課の林揚哲課長が、ソフトウェア開発会社サイボウズの青野慶久社長の質問に答える様子が、同社のサイトに掲載され話題になった。

その中で、経産省の林課長はこう発言している。

「私個人としては、それぞれの裁量で働きたい時に働いて、休みたい時に休めばよくて、金曜日じゃなくてもいいと思っています。プレミアムフライデーを企画した張本人が言うのもなんですが」

「企画の途中で『決まっていないと休みづらい』『休み方がわからない』という声があり、今回は消費活動と結びつけて曜日を提案しました。本当は自由に休めばいいと思うんですけどね」

つまり、企画発案者としては金曜日に限らず自由に休んでほしいという意図があったが、消費イベントに合わせて曜日を設定したのだという。

林課長は「業界、会社、個人、それぞれの事情に合わせて自分たちで決めてくれればいい。休み方改革も含めた働き方改革だと思っています」と発言しているが、そうした呼びかけで休みを取る企業や個人が増えるのか。やや投げやりな感じにも思える。

▼PFの失敗の原因は消費喚起策と働き方改革を一緒にしたこと

そもそもPFの失敗の最大の原因は、商品・サービス供給サイドの消費喚起策と働き方改革を一緒にしたことにあるのではないか。

PF実施の背景には、アベノミクスの「新三本の矢」の1つである「名目GDP600兆円実現」がある。つまり個人消費の増大のために行われた施策なのだ。

2016年2月の経済財政諮問会議で、アメリカで11月に行われる「ブラックフライデー」を日本でも、との声が上がったのがきっかけだ。それに経団連副会長で三越伊勢丹ホールディングス会長の石塚邦雄氏(当時)が呼応した。

石塚氏が流通・サービス業界に呼びかけて経団連内に消費拡大に向けたプロジェクトチームが設置され、経団連と経済産業省の流通政策課が中心となって消費活性化策の検討が始まった。その結果、給料日後の平均消費額が高いとされる月末金曜日のPFの実施が決まった。つまり主導したのは商品・サービスの供給側である流通・サービス業界であり、PF実施日もその都合で決まったのだ。

■「(PFで)午後3時に帰るなら店舗の手伝いに来い」

しかし、政府の働き方改革や休み方改革の一環として取り組むとなると、労働者に公正・公平に休みが享受されることが原則だ。

消費イベントに関係のない企業に勤める労働者が早帰りできたとしても、消費イベントを盛り上げようとする企業に勤める労働者はPFイベントに合わせて仕事が忙しくなり、早帰りどころか残業せざるをえなくなる。とくに人手不足にあえいでいる小売・飲食・サービス業の労働者にとっては労働過多を招きやすい。

また、仮にサービス業の会社でPFを実施するとしても、早帰りできるのは一部の社員であり、社員間に不公平が発生する。そのことを見越してPF実施を見送った企業もある。

食品加工販売業の人事部長はこう語る。

「当社は工場と小売店舗を展開していますが、工場は金曜日を含めてフル稼働なので難しい。また逆に小売店舗はPFに合わせて販売が忙しくなる。やろうと思えば本社などの事務方の社員は早帰りできるでしょうが、営業や販売部門から『早帰りするなんてふざけている』という批判が飛び出すのは必至。それこそ3時に帰るなら店舗の手伝いに来いといわれかねない。社員の公平性の観点からやらないことにしました」

▼月末金曜日は月次決算などで事務部門も忙しい

業務によって早帰りできる社員もいればできない社員もいるのはどこの会社も同じだ。だが同社のようにPFに合わせてイベントやキャンペーンを展開する流通・サービス業は商戦まっただ中であり、早帰りを強く促すこと自体が難しい。

鉄道業の人事部長もPFの困難さについてこう話す。

「われわれはPFで早帰りするお客さまを運ぶほうだし、グループ企業に小売・サービス業を抱えています。PFに関してはデスクワークに従事している社員に半休やフレックスタイムを使って帰れますと啓発していますが、それ以上は強く言えません。しかも月末金曜日は月次決算などで事務部門も忙しい。実際に早帰りしている社員は極めて少ないのが実態です」

■国がいくら笛を吹いても、労働者が踊ることはない

業種や職種によって早帰りが難しいという事情もあるが、そもそも働き方改革の一環として「自由に休んでください」と言っても、実際にはそんなに簡単ではない。住宅設備メーカーの人事担当者は会社として時期尚早だということで見送ったと語る。

「早帰りすることの意義はあると思いますが、当社の管理職がそこまでマネジメントできる能力はないでしょう。残業時間削減の取り組みはこれまでやってきて月の平均残業時間は大幅に減らすことができました。それでも定時退社日を設けて、早く帰るように働きかけていますが、なかなか定着するまでには至っていない。それに加えて3時の早帰りはハードルが高すぎる。まず定時退社を定着させてから次のステップとしてPFを考えるのはありだと思いますが」

働き方改革の根本は業務量や業務プロセスの見直しによる仕事の効率化と生産性向上にある。管理職のマネジメントを含めた業務の改善なしに早期退社を促しても、心身ともに充実した“プレミアムな生活”を過ごすことなどできない。

PFのメインテーマである消費喚起策にかこつけて「早帰りしましょう」「自由に休みましょう」といくら国が笛を吹いても、多くの労働者が踊ることはないのである。

(ジャーナリスト 溝上 憲文 写真=iStock.com)