毎年クリスマスシーズンを迎えるわけですが、オーソドックスな紹介をしたことがなかったことに、ふと気がつきました。

 ドイツのクリスマスを簡単にご紹介したいと思います。

 初めに、ご存知の方も多いと思うのですが、いまだ意外に日本社会には定着していない「待降節」という考え方について確認しておきましょう。漢字では紛らわしいのでカナも振っておきます。たいこうせつ、横文字ではアドベントと呼ばれます。

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1カ月ほど続く待降節のお祭り

 キリスト教の祝祭である「降誕節」(こうたんせつ)は、12月24〜25日、つまりクリスマスとその前日=イブ、だけが祝日なのではなく、それを向かえるまでの4週間ほどの期間がずっと「待降節」アドベントのお祭りなんですね。

 イブというのは、3週間にわたってずっと待ってきた「お誕生」のカウントダウン的状態なわけですが、日本ではここがハイライト扱いで、本来の「降誕節」12月25日は静かというか、むしろ「お正月商戦」への衣替えで忙しくなり始めていたりする。

 正確には11月30日直前の日曜日・・・今年で言えば11月26日から12月25日までの1カ月間に「キリストの降誕=クリスマスを待ちわびる期間」待降節のお祭りが行われます。

 最近は日本でも見るように思うのですが、各種の「アドベント・カレンダー」商品が売られています。

 子供向けのお菓子の商品、例えば箱がカレンダーになっていて、1日ずつミシン目を破っていくと、チョコが出てきたりする。当然子供は大好きなわけですが、なぜか商魂たくましいはずの日本では、この種のものが定着していないように思います。

 そして、このアドベントの期間中ずっと、各地の都市の中心広場には大小様々の「クリスマス市」ヴァイナハツマルクト(Weihnachtsmarkt)が立ち並び、子供も大人も夢の世界へと誘われます。

 典型的なクリスマス市の1つとして、ベルリン「アレクサンダー広場」のヴァイナハツマルクトをご案内してみましょう。

ベルリン・クリスマス市巡り

 クリスマス市と言えば、この時期しか出ない「グルーヴァイン(Gluehwein)」が名物になっています。ワインに砂糖や香料などを加えて加熱した「ホットワイン」です。

 温められているので、当然、アルコールは若干飛んでいますが、寒い屋外の広場でこの1杯は十分暖まります。この状態のものにラム酒やアマレットなど度数の強い蒸留酒を足して、アルコールを強化したものも多く飲まれています。

 四季の別を問わず、こうしたドイツの祝祭市場ではソーセージや焼肉、ポテトフライの類が売られますが、冬場に特化した食べ物と言えば「栗」や「マッシュルーム」が定番商品かと思います。

 マッシュルームは軽く炒め煮にしたものが、どこの市場でも売られています。見かけはボリュームがありすが、キノコですからお腹はあまり張りません。

 露天市でたくさん食べていってもらおうという、昔からの知恵なのでしょう、ヴァイナハトマルクトで供される1品でお腹一杯という経験はいまだありません。それで調子に乗ると、食べすぎ飲みすぎになったりはしかねませんが・・・。

冬場の市の定番商品、マッシュルームの炒め煮(手前左)、奥はパプリカやブロッコリーなどの緑黄色野菜、右はソーセージを輪切りにしてケチャップで合えたもの。この屋台はご祝儀相場で8ユーロと少し根は張ったが、食べ切れないほど大盛りで供してくれた。


 大人向けにはアルコール、誰でも楽しめるのが食べ物ですが、クリスマスは子供のお祭りでもあります。様々なおもちゃ屋が立ち並び、メリーゴーラウンドなどの遊具も設営されています。

 アレクサンダー広場のど真ん中には、アイススケートリンクが設営されています。小さな子供から若いカップル、中には白髪の目立つ年齢の人も、孫と手を繋いで滑っていたりする。

 日本でもかつて私が子供だった頃は、移動遊園地やサーカスの小屋がけを目にしたものですが、最近はあまりお目にかからないように思います。

 常設のテーマパークとアトラクションが主流と思いますが、日常生活を送っている空間が、ある期間だけ非日常になる、という祭り本来の経験は、やはり小屋がけなどの方が本物という気がします。

 全くの余談ですが、この秋、私は三重県伊賀上野市のだんじり祭りを訪れ、お祭神の天神様のま横に仮設小屋がけの「お化け屋敷」を見つけました。

 ものすごく嬉しかったですね。思わず入ってしまい、お面をつけたオジサンたちに脅かしてもらい、こんなに楽しいことは久しぶり、という経験になりました。

 ノスタルジーのなせる業でもあるのでしょう。人によっては面白がらないかもしれませんが、荒縄で引っ張る仕かけなど、いかがわしさ250%のお化け屋敷は、私には本当に天恵のようでした。

 ミュンヘンのオクトーバーフェストにも、1924年から動いている観覧車だとか、19世紀からずっとそのままだという生のブラスバンドが伴奏するメリーゴーラウンド、いまや世界に1つと自称する「蚤のサーカス」などが出ていました。

 こういう「非日常」、微妙にイカガワしく、また、だからこそ楽しい特別な祝祭空間が消えてしまい、逆に日常生活の中にゲームやエンターテインメントが野放図に押し寄せて来ることが、本当に「楽しい」ことなのか、私は大いに疑問に思います。

 刺激というのはよろず、慣れると鈍感になってしまいます。その結果、次々とより強い刺激を求めて、顧客はクレームを先鋭化させるもの。

 ごく当たり前の日常生活を送るベースがあり、その中に季節季節の非日常が訪れ、日々を活性化してくれる・・・何世紀にもわたって先人が培ってきたカレンダーには、一日の長があるように思います。

コンクリートで守られた青空市

 ベルリンのクリスマス市と言えば、2016年12月19日に動物園駅前、カイザー・ウィルヘルム記念教会前で発生した大型トレーラーによる無差別殺戮テロに触れないわけにはいきません。

 本稿を書いているのは12月18日、まさにテロから365日目のベルリンですが、当然ながら大変な警戒網が張られています。

 テロの現場はもとより、上で紹介したアレクサンダー広場やシャルロッテンブルク区のヴィルマースドーフ通り、さらにはベルリン以外でもミュンヘンのマリーエン広場など、私が見た限りのクリスマス市は、

1 パトカーが複数台横づけされ

2 トレーラーが突っ込んできても制止できるような巨大なコンクリート塊が随所に設置され

3 不自然な荷物を持った人物、挙動不審者などは銃を装備した警官に呼び止められ、場合によっては荷物をコインロッカーに入れるよう指導される

 など、徹底した警備を敷いたうえで、一見すると例年と同じように見えるヴァイナハツマルクトが開催されていました。

2016年12月19日、トレーラー・テロの来襲を受けた現場。ひときわ華やかにクリスマスツリーが飾られると同時に、通路には巨大なコンクリート塊が。


このコンクリートは目立つ場所だけではなく、実はツリー内部の随所に設置され、重量のある大型トラック、トレーラーなどが突っ込んできても静止できるよう配備されていた。


 これらの重装備を見つつ、折しも報道されていたのは、米国大統領による「エルサレムはイスラエルの首都」喧伝で、全世界から矢のような批判が集中しています。それにしてもほとんど唯一、旗色不鮮明なコバンザメ的な国があり、大変気にかかります。

 現実に、こんな被害があり、それへの対策に莫大な予算も人手も要し、そのうえで、いつもと全く変わらない「私たちのアドベント」を毅然として営み続ける・・・。

 クリスマスを日本人は娯楽、エンターテインメントか、そこに照準を当てた商法ともっぱら理解していますが、これはキリスト教社会の宗教行事、年次の祝祭であり、そこに「イスラム原理主義」のテロが挑みかかってきたという構図です。

 ですから、伊達や酔狂ではなく、本気で「祭りを守る」という、ある種命がけの覚悟を、延々と並ぶ、一つひとつがバカでかいコンクリートや、マシンガンを持って巡回する3人1組の武装巡査などを見るにつけ、肌で感じないわけにはいきません。

 2020年の五輪、日本政府がどういう警備体制を敷いているのか、細かなことは知りません。しかし、五輪は宗教行事ではないし、民族の宗教的威信をかけて守るといった対象でもない。

 欧州では四季折々の祭りを、最高度の警戒態勢で迎えています。実際、夏のバカンスも冬の市も被害に逢いました。感謝祭、収穫祭など折々の祝祭は、すさまじい警戒態勢で継続されています。

 そうした事前の予行演習があるわけでもなく、56年ぶりのオリンピックだというお祭り気分で、脇の甘い警戒態勢になるのではないか・・・。

 杞憂であることを祈りつつ。すでに第2次湾岸戦争同様、挑発商法に転じつつあるかのごとき米国共和党政権の危険な喧伝、それへの煮え切らない追随姿勢など見るにつけ、本当に大丈夫だろうかと思わないわけにはいきません。

 日本の防犯、警戒態勢は、世界に類例をみない極端な組み合わせでできています。地下鉄サリン事件を筆頭にオウム事犯裁判と20余年関わってきましたので、一方では無差別大量破壊に対して様々な警備体制を敷いているようにも見えます。

 都市部の至る所に取りつけられた監視カメラは、重篤な犯罪が起きるたびに、犯人や被害者の行動を割り出すデータとして活用されています。

 撮影した時点では犯罪と関係があるとは考えられておらず、要するに集められるだけ情報収集という、欧米では考え難い超監視国家のようでもあります。

 ところが他方、各国の情報エージェントにとって日本が諜報天国というのは20年前も、また最近でも、変わることなく耳にする話で、本当に警戒すべき部分に注力と言うより「警戒商法」で大きな予算が動き、それで儲かる人が一部にいる、といった空洞化が懸念されます。

 ベルリンでは、かつて一度として起きてはならなかったはずのテロに対して、その場で命を失った人の名前と顔写真を並べ、「なぜ?」「二度と起こしてはならない」などの文字とともに慰霊モニュメントに寄せて多数のろうそくの灯が燈っていました。

 翻って日本では、重篤な事件、事故があった現場は、どちらかというと蓋をして、なかったことにしたい心理規制を頻繁に目にします。

 ドイツのクリスマス市巡り、軽い気持ちで観光でもよいと思います。

 しかし、そこで働く人も、そこを訪れる人も、現地では、いまどういうリスクが明確に存在して、それを避けながらこの祭りを祝っているか、大半の人が明確に認識しながら、冬の祝祭を楽しんでいる。

 一見ソフトな「お・も・て・な・し」で脇甘くスタートして、必然的に何かに躓くと突然「警戒ムード」で全然楽しめない、なんてヤワな話は耳にしません。

 どれほどの予算をつぎ込んだのか知りませんが、作動しても5%程度の人しかリアクションがない「Jアラート」などより、もっと地に足のついた防犯が必要なのではないかと、思わざるを得ません。

ベルリン カイザーヴィルヘルム教会前のテロ現場に設けられた慰霊モニュメント


筆者:伊東 乾