カーメロ・アンソニー【写真:Getty Images】

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サンダー移籍後初のNY凱旋…“敵”となった元エースにファンから大歓声

「ありがとう、メロ」―――。

 現地時間12月16日、ニューヨーク(NY)のマディソン・スクエア・ガーデン(MSG)で行われたニューヨーク・ニックス対オクラホマシティ・サンダー戦の開始前、そんな文字が巨大スクリーンに踊った。

“メロ”とはNY生まれのスーパースター、カーメロ・アンソニーの愛称だ。昨季まで故郷チームであるニックスのエースとしてプレーし、今年9月にオクラホマシティ・サンダーへと移籍したアンソニーが、聖地MSGに移籍後初凱旋。NYでのハイライトをまとめた映像が上映され、ファンも大歓声を送ったのだった。

「(メロに対しては)歓声の方が多いはずだ。コートで全力を尽くし、チームのためにプレーしてきた選手を非難すべきではない。ファンが求めた形かどうかは別にして、彼はすべてのゲームで全力を尽くしたのだからね」

 アンソニーからニックスのエース役を継承したクリスタプス・ポルジンギスはそう述べていた。後輩の予想通り、ニックスとニューヨークのファンは和やかな雰囲気を演出した。さすがに試合開始後はアンソニーがボールを持つとブーイングも飛んだが、それでも“元ヒーロー帰還”の空気は最後まで崩れなかった。

2014年以降はチームが低迷、“勝てない選手”と陰口を叩かれる悔しい日々も…

“Once a Knick, always a Knicks(一度でもニックスに所属した選手は、永遠に仲間)”

 ニックスはそんなスローガンを好んで用いるが、この日もセレモニーを取りまとめたことは評価されて良い。試合後の会見時、アンソニーもチーム、ファンから受けた歓待を思い返して笑顔を見せていた。

 ただ、アンソニーのニックスでのキャリアを振り返って、すべてをポジティブに捉えるのが難しいのも事実だ。合計6年半に渡って在籍したが、プレーオフでの勝利は2013年の1回戦(対セルティックス)だけ。MVP投票で3位に入ったこの年の活躍は見事だったが、以降は“ジリ貧”の印象だった。

 過去4シーズン連続でプレーオフ進出を逃し、最後の3年は17勝(65敗)、32勝(50敗)、31勝51敗と低迷。アイソレーション中心のアンソニーのプレイスタイルは周囲の選手をステップアップさせられないと評され、“勝てない選手”と陰口も叩かれた。

 昨季はフィル・ジャクソン球団社長との関係でも揺れた。エースと人事担当の確執はあまりにも見栄えが悪く、結局、シーズン終了後にジャクソンは事実上の更迭。アンソニーも9月にサンダーに放出され、NYにおける1つの時代が終わったのだった。

最後まで貫いた流儀…「チームのために行動し、自分のやるべきことをやった」

「ここで成し遂げたかった目標があって、それを達成できなかった。戻ってくるのは嬉しくもあるし、苦くもある」

 MSGを久々に訪れた16日、カーメロが残した言葉は実感がこもって聞こえた。

 失敗の責任を1、2人になすり付けようとするのはアンフェアだが、アンソニーをエースに据えたチームは結果が出ておらず、その体制ではもう限界だった。トレードは本人、チームの両方にとってやむを得ない選択だった。このように最後の4年間と去り際の印象が悪かっただけに、アンソニーのニックスでのキャリアが成功と呼べるかどうかは微妙なところではある。

 しかし、“カーメロの時代”が終わり、1つだけ述べておきたいのは、彼が最後までプロらしく振る舞い続けたということである。活躍した日も、敗因になってしまった日も、辛抱強くメディアの前に立ち続けた。生き馬の目を抜くようなNYというビッグマーケットで、それが簡単ではないことは歴史が証明している。 

「1〜2年ではなく、7年にも渡る長い時間を過ごした場所だ。良い時もあれば、悪い時もあった。何があろうと、僕はとにかくチームのために行動した。プロらしくあり続け、ファンに好かれようと、嫌われようと、自分のやるべきことをやった。そのことは分かってもらいたい」

 アンソニーがいた時期のニックスを取材し続けたライターの1人として、彼のそんな言葉は間違っているとは思わない。

NYファンも自分を重ね合わせて共感…元エースは永遠なる“フェイバリット・サン”

 チームを勝利に導けず、批判されるのはもちろん仕方ない。2014年夏にニックスがアンソニーと結んだ5年1億2400万ドル(約130億円)という契約は当初から賢明とは思えず、結果として、完全な判断ミスとして記憶されていくに違いない。

 それでもアンソニーはNYを愛し、この街で成功したいと願い、自分にできる限りのことをやった。その時々でベストは尽くした。敗れたのは個人、チームの実力、能力が及ばなかっただけで、準備、努力不足ではなかった。

 才能に満ちあふれ、大舞台を好み、熱心で、時にセルフィッシュで、完璧ではなかったスタープレーヤー。ジャンルを問わず、この街に集まってくる多くの才人たちは、そんなアンソニーと自身の共通点を見つけられるのではないか。アンソニーも最後までNYでの勝利を望み続け、そして敗れた。

 せっかちの典型のように言われるニューヨーカーだが、“地元愛”を感じさせる選手には意外に寛容である。チームを去るぎりぎりまで、アンソニーはNYの“フェイバリット・サン(地元で愛された選手)”だった。

 だからこそ、初めての帰還の際に、地元ファンは彼にスタンディング・オベーションを送ったのだろう。そして、これから先も、アンソニーがNYに戻ってくるたび、人々は元スターを総じて温かく迎える続けるに違いない。(杉浦大介 / Daisuke Sugiura)