12月9日、米国カリフォルニア州アナハイムで会見を行った大谷翔平(Photo by Joe Scarnici/Getty Images)

2017年オフ、日米の野球界は日本ハム、大谷翔平の移籍の話題で沸き立っている。前代未聞の二刀流で驚異的な成績(投手として公式戦5年間の通算で42勝15敗、野手として48本塁打)を残した大谷が、移籍が決まったロサンゼルス・エンゼルスでどんな活躍をするかは、日米野球ファンの大きな注目だ。

テレビの街頭インタビューでは、日本からの野球選手の人材流出への賛否の声が聞かれた。「日本の高校野球で育った選手が、本場アメリカで活躍するのを見るのはうれしい」という声がある一方で、「いい選手がどんどんアメリカに行って、日本の野球は大丈夫なのか」と懸念を示す人もいる。

メジャーで通用するのは至難の業

野茂英雄が1994年オフに近鉄からロサンゼルス・ドジャースに移籍してから23年、日米の野球の関係は明らかに変質しているといえる。


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まずは、日本からアメリカに渡った選手の成績をざっくりと見てみよう。

NPB(日本プロ野球)出身初のメジャーリーガーは、1964年に南海からサンフランシスコ・ジャイアンツ傘下のマイナーチームに野球留学していた村上雅則だ。それ以降50人以上の日本野球育ちの選手が海を渡ったことになる。

投手 41人

(1試合だけ投げたイチロー、青木宣親を除く。米と日本の二重国籍のマイケル中村を含む)

・通算50勝以上 7人
(野茂英雄123勝、黒田博樹79勝、岩隈久志63勝、ダルビッシュ有56勝、松坂大輔56勝、田中将大52勝、大家友和51勝)

・通算30セーブ以上 5人
(佐々木主浩129、上原浩治95、斉藤隆84、大塚晶文39、長谷川滋利33)

・オールスター選出(試合出場なしも含む)9人 延べ13回
(ダルビッシュ有4回、佐々木主浩2回、上原浩治、斉藤隆、岡島秀樹、長谷川滋利、岩隈久志、野茂英雄、田中将大各1回)

この中に名前が出た選手をMLBでの成功者とすると、41人中13人だ。「NPBで活躍した投手は、即そのままMLB(メジャーリーグ)でも通用する」とは言いがたいことが見えてくる。

野手はさらに厳しい。

野手 14人

・通算500安打以上 4人
(イチロー3080安打、松井秀喜1253安打、青木宣親774安打、松井稼頭央615安打)

・通算100本塁打以上 2人
(松井秀喜175本塁打、イチロー117本塁打)

・オールスター選出 3人 延べ13回
(イチロー10回、松井秀喜2回、福留孝介1回)

野手は14人のほかに、2012年オフに海外FA権(フリーエージェントを指し、いずれの球団とも契約締結できる権利)を行使して、西武からオークランド・アスレチックスに移籍したものの、一度もMLBに昇格しなかった中島裕之(現・宏之、オリックス)などがいる。

エース級の投手以外は通用しない

ありていに言えば、MLBで通用したNPB出身の野手はイチローと松井秀喜だけだ。この2人は、入団した球団で契約満了時に再度大型契約を結ぶことができたが、他の選手は契約満了とともにFAとなり移籍するか、1年契約やマイナー契約でかろうじて残留している。ほとんどの選手が、NPB時代と比較して成績を大きく落とした。そして松井秀喜と現役のイチロー、青木宣親を除く全員が、のちにNPBに復帰している。

野茂英雄のMLB移籍から23年、イチローの移籍から16年、MLB側は、NPBの評価をほぼ固めたものと思われる。それは「エース級の投手は通用するが、それ以外の投手と野手はほとんど使えない」というものだ。「イチローと松井秀喜は例外だった」とも思っていることだろう。

今オフ、NPBからは大谷翔平のほか、西武の牧田和久がポスティング(MLB球団が日本の所属球団から交渉権を入札で獲得する制度)での海外移籍を目指している。海外FAでMLB挑戦を表明しているのは、ロッテの涌井秀章、オリックスの平野佳寿、日本ハムの大野奨太、ソフトバンクの鶴岡慎也の4人だ。投手の牧田、涌井、平野にはオファーがあるかもしれないが、捕手の大野は中日、鶴岡は日本ハムへの移籍を決めた。

今や日本人野手にとって、MLB移籍は現実的な目標ではなくなっている。こうした状況を受けて、NPB球団側も、野手のMLB移籍には理解を示さなくなっている。たとえば、2012年、当時日本ハムの糸井嘉男は非公式にMLB挑戦を口にしたが、日本ハムはこれを認めず、翌年1月、オリックスに電撃トレードした。2014年オフには阪神の鳥谷敬が海外FA権の行使を表明したが、阪神は球団を挙げてこれを慰留した。

結果的に、今の日本選手のMLBへの移籍は、一握りの超A級投手に限られている。エースとしてリーグに君臨し、毎年圧倒的な好成績を上げる投手だけが、ポスティングでの移籍を容認される。

この超A級投手は、毎年抜群の成績を上げるために、一定の年限になれば「NPBではこれ以上やることがない」状態になる。球団からしても年俸が高騰し、抱えきれなくなる。そうなればMLBに売らざるをえなくなる。ポスティングを利用すれば、球団には20億円以上(以前は50億円以上)の移籍金が入ってくる。20億円と言えば、1球団の年俸総額の過半にもなる高額だ。

しかし野手は、そもそもMLBでは通用しない。また投手と違い、ほぼ全試合出場する野手の移籍は戦力上痛い。ポスティング移籍でもほとんど値がつかない。「行っても無駄だ」という冷めた認識が広がっているのだ。

大谷翔平は「二刀流」だが、その評価は100マイル(時速160km/h)超の投球によるものであり、打者として成功できるかどうかはまだ未知数だ。

進化するMLBについていけない日本野球

なぜ、日本の野手はMLBで通用しないのか?

野球指導者の根鈴雄次(ねれい・ゆうじ)は、法政大学から2000年にモントリオール・エキスポズ(現・ワシントン・ナショナルズ)のマイナーチームに入団し、メジャー一歩手前の3Aでプレーした経験がある。根鈴はこう語る。

「端的に言えば、投手は投げれば済みます。いい球ならば日本でもアメリカでも、相手を抑えることができる。とりあえず言葉はいりません。しかし野手はただ打つだけでなく、攻守で他の選手との連携が必要です。コミュニケーションが必要になる。言葉のギャップが投手より大きいと思います。それから、打撃の感覚が日米では大きく異なります。日本では投手の球筋を見て、そこにバットの軌道を交差させていく感じですが、アメリカではずばっと投げ込む球を、突然横から手でつかまえるように捕らえます」と話し、以下のように続ける。

「向こうの選手は体が大きいし力があるから、それでも飛んでいく。打撃の感覚がまったく違うんですね。だから、長年NPBで打撃の実績を積んできた選手は、MLBの打撃になかなか適応できない。今年、大谷翔平選手はあまり打席に立ちませんでしたが、MLBの打撃に順応するために、NPBでの打撃の感覚をあまり体に覚え込ませないようにしていたのかもしれません」

さらに言えば、MLBの野球は近年、大きく変化している。軍のレーダー技術を活用して、打球の行方は瞬時にデータ化されている。投手の1球、打者の1打はその方向や球速、軌道などがトラッキングシステムで捕捉され、分析されるのだ。

今のMLBの野手は、打者ごとに打球の方向を分析したデータに基づいて、極端に守備位置を変える。本来二塁手の守備位置に遊撃手や三塁手がいることも珍しくない。一・二塁間に4人の野手が守ることもある。さらに打者も、投手の配球や投球の軌道、回転数などをインプットし、それに対応した打撃を行うようになった。

また、守備が高度化し、打球を予測して野手が守るようになったことで、主力打者は意識して本塁打を狙うようになった。本塁打を打つためのバットの角度やスイングについても、極めて精度の高いアドバイスが行われている。もともと非力で当てる打撃しかできない日本人打者は、こうしたMLBの打撃の進化についていけない。

日本人選手がMLBに挑戦してほぼ四半世紀が経ったが、NPBとMLBの実力差はかえって開いてしまったというべきだろう。それに伴い、NPBとMLBの人的交流の流れは、以前よりも細くなってしまった。

その端的な例が、日本人マイナーリーガーの激減だ。NPBは、MLBに1960年代から「野球留学」という形でNPB球団に籍を残したまま、選手をMLB傘下のマイナーリーグに派遣してきた。この制度は1997年限りで廃止されたが、以後も元NPB選手やアマチュア選手がメジャー昇格を目指してマイナーリーグに挑戦してきた。

そこからMLBに昇格した選手はマック鈴木や大家友和などごくわずかだが、日本人マイナーリーガーの総数は200人以上にのぼる。

数年前までつねに5〜10人の日本人マイナーリーガーがプレーしていた。しかし2017年は元ロッテの中後悠平がアリゾナ・ダイヤモンドバックス傘下の3Aに在籍していたのみ。中後の来季の去就は未定だ。他に日米二重国籍でアメリカ育ちの加藤豪将がニューヨーク・ヤンキース傘下のA+(3Aより2つ下のリーグ)にいる。

イチロー、青木宣親がともにFAとなり、所属球団が決まっていない現在、来季、日本人野手の系譜が絶える可能性がある。それに加え、日本人マイナーリーガーも姿を消すおそれがあるのだ。

現在、MLBは、NPBのほんの一握りの優秀な投手を「ええとこ取り」しているだけである。他の選手にはほとんど関心を持っていない。「人材流出」どころか、日本人選手は足元を見られ、見切りをつけられつつあると言ってもいい。

ビジネスパートナーになれなかった日本野球

MLBが進化を加速させているのには理由がある。アメリカではNFL(アメリカンフットボール)、NBA(バスケットボール)など、他のプロスポーツの人気が上昇している。野球は「Old Ball Game」と言われ、退潮が著しい。こうした状況に対応するため、MLBは、競技そのものを変革し、ライバルに伍して新しい魅力を創出しようとしているのだ。

そもそも、MLBはNPBとの人的交流が広がった21世紀初め、日本と手を組んで野球マーケットの国際化を推進しようという意欲を持っていた。

たとえば、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)は、MLBの前コミッショナー、バド・セリグの発案で始まったものだ。サッカーのワールドカップのような、「野球世界一決定戦」をすることで、野球人気を世界に広げようとした。

日本はこのイベントに大乗り気で、2006年、2009年と2連覇を果たした。MLBはこの機に乗じて、NPBもMLBの考える世界戦略に巻き込もうという意思があった。しかしNPBは競技への参加には意欲的だったが、スポーツビジネスのアライアンスを組むことには関心がなかった。そもそもNPBには、リーグの事務局機能こそあれ、ビジネスを推進する権限も機能も有していなかった。

バド・セリグ前コミッショナーは野球を普及するために世界でトップビジネスを推進したが、日本ではカウンター・パート(対等の交渉相手)を見つけることさえできなかった。NPBのコミッショナーは法曹家か官僚出身で、ビジネスの経験がまったくないから、交渉相手になるはずもなかった。

日本はこの間、外国人選手枠を広げるなど、選手の獲得には熱心だったが、アメリカ流のビジネスモデルには一切関心がなかったのだ。

NPBはセ・リーグとパ・リーグで合わせて、2017年の公式戦入場者数が史上最高の2513万人の観客動員に沸いている。足元では少子化のペースを超えて野球人口が減っており、「野球離れ」が着実に進行しているが、野球を進化させるべきだという問題意識は薄い。

それでもパ・リーグはPLM(パ・リーグ・マーケティング)という会社を興し、パ・リーグの試合の中継、配信や6球団でのマーケティングを行っているが、セ・リーグは昭和の時代のままである。日本人選手の海外流出が続き、日本とMLBの距離がぐっと近づいた十数年前には、MLBは、国際戦略を推進するためNPBを傘下に収め、そのビジネスを取り込むのではないか、と言われ、脅威論が盛んに言われたが、結局、何も起こらなかった。
MLBは、選手だけでなく、ビジネスパートナーとしてのNPBにも見切りをつけたように見える。

清宮幸太郎は、たった1人でメジャーに挑戦する?

1995年の野茂英雄のMLB挑戦、2001年のイチローの移籍をエポックとして、日本の野球少年やファンの意識ははっきり変わっている。野茂英雄、イチローらの活躍で、野球少年たちの目指す高みは、甲子園や東京ドームではなく、MLBのスタジアムになったのだ。

前出の根鈴雄次は、横浜市で「アラボーイベースボール 根鈴道場」という野球塾を主宰している。中学や高校の有望な選手もここで学んでいるが、彼らの多くが、MLBを目指しているという。

「うちに通っている甲子園出場が有望視される私立高校の有望選手は、高校を卒業すればアメリカの大学に進み、MLBのドラフトにかかりたいとはっきり言います。もうNPBは目標ではなくなってきたんですね」と根鈴は言う。

パンドラの箱は開いてしまったのだ。日本の野球少年、ファンは、プロ野球のその先に、さらにレベルが高くて、比較にならないほどのビッグマネーが動く夢のステージがあることを知ってしまったのだ。このために、「NPB経由ではMLBに行くことはできない」と思う野球少年が、少しずつではあるが増えているのだ。近い将来、そうした少年がマイナーリーグに挑戦する姿が見られることだろう。

大谷翔平と入れ替わりに日本ハムに入団する清宮幸太郎は、MLBへの挑戦も視野に入れていると言われる。しかし、純然たる野手である清宮が順調に成長し、MLBに挑戦するときには、彼の地で清宮を待ち受ける先輩日本人野手はいないかもしれない。イチローや松井が開拓し、一時は7人もの野手が活躍した「日本人野手」という開拓地は再び荒廃していることも考えられるだろう。

(文中敬称略)