そして金持ち優遇税制は温存された(写真:bee / PIXTA)

2018年度税制改正で最大の焦点だった「所得税」の見直しは、高収入のサラリーマンが増税となる一方、株式譲渡益や配当所得など金融所得については大きな改正がなかった。富裕層は胸をなで下ろしていることだろう。

税金の額を計算する際の基となる「所得」や計算された「税額」などから一定の金額を差し引くことを「控除」と呼ぶ。12月14日に決定された与党税制改正大綱によると、所得税では、すべての納税者に適用される基礎控除が38万円から48万円へと10万円引き上げられる。

サラリーマンや公務員など給与所得者の税負担を軽くする給与所得控除は一律に10万円引き下げられ、上限額は現行の「年収1000万円超で年220万円」が「年収850万円超で年195万円」に引き下げられる。

そのため、年収850万円超の給与所得者で、22歳以下の子どもや介護が必要な人がいる世帯を除く約230万人が2020年から増税となり、給与所得控除の縮小の影響を受けない自営業者やフリーランスの人は、大半が減税となる。年収850万円超の層は消費の牽引車であるため、今回の増税の影響による消費の一層の冷え込みが懸念される。

著しく「空洞化」が進んでいる所得税

拙著『税金格差』でも詳しく解説しているが、所得税は、2016年度(一般会計ベース)で17.5兆円と税収が最も多い「国の基幹税」として、財源調達の機能や所得再分配機能(所得の格差を是正する役割)が期待されている。ただ、バブル期前後から相次いだ税率のフラット化(税率構造の圧縮)による最高税率の引き下げ(75%→45%)や、富裕層に集中している株式譲渡益への課税が10〜20%という低率な分離課税で推移してきたことなどで、財源調達機能や所得再分配機能の低下が著しい。

所得税収はバブル期の1991年の26.7兆円をピークに漸減。最近はアベノミクスの影響により17兆円台で推移しているが、ピーク時の3分の2だ。その間、所得が少ない高齢者や、給与水準が低い非正規雇用労働者の増加などで格差が拡大。国民の所得格差を表し、ある国や地域の大多数よりも貧しい相対的貧困者の全人口に占める割合である「相対的貧困率」は2015年に15.6%と、「約6世帯に1世帯は貧困」という状況になっている。

そうした中で行われた2018年度税制改正では、所得税の財源調達機能や所得再分配機能の回復につながる改正が期待されたが、前述のように基礎控除の10万円引き上げと給与所得控除の10万円引き下げなどの小規模なものにとどまり、税としての根本的な改革からはほど遠い内容に終わった。

所得税の空洞化につながっている最高税率の引き下げや株式譲渡益への低率課税の状況を見ていこう。所得税は、所得が多いほど適用税率が高くなる「超過累進課税」により、バブル期の頃まで税収は着実に増えていた。

当時は税率の区分が小刻みで、バブルが始まった頃は15段階あった。そのため所得増加に伴う重税感が募り、1987年、1988年、1989年と相次いで「税率構造の圧縮」が行われ、最高税率は70%から50%へと引き下げられた。

さらに、バブル崩壊と平成大不況に見舞われていた1999年には税率が4段階(10%、20%、30%、37%)まで圧縮されたが、その後の「国と地方の税源をめぐる三位一体改革」や旧民主党などの連立政権下での税制改正により、今日、税率区分は7段階となり、最高税率は45%に戻っている。しかし、ピーク時(1983年以前)の75%より30ポイントも低い。

所得税は、所得が増えるにつれてより高い税率が課せられる超過累進課税だから、税率構造の圧縮や最高税率引き下げは高所得層(富裕層)には減税効果が大きい。そのため、富裕層や個人事業者に多い申告所得税の税収はピーク時(1990年度)に7兆2168億円だったのが、1999年度以降はほぼ2兆円台で推移している。これが所得税収減少の最大の要因である。

こうした状況を踏まえ、内閣府による2009年度『年次経済財政報告』の「税・社会保障による所得再分配」の項には、税による所得格差の改善度が下がっている原因についてこう書かれている。「税については、所得税負担軽減の一環として行われた所得税の最高税率の引き下げや税率のフラット化など、近年の税制改正の影響などによって、その再分配機能が低下したためと考えられる」。

半世紀以上も歪められたままの税制

所得税空洞化のもう1つの要因は、株式譲渡益や配当所得など富裕層に偏っている金融所得に対して、10〜20%という低率の「分離課税」が続いていることだ。所得税は、あらゆる所得を合算して、それに超過累進税率(現在の最高税率は45%)を課す「総合課税」が基本である。しかし、金融所得については、「株式市場活性化のため」といった理由で、長年、申告分離課税あるいは源泉分離課税が定着しており、所得税の所得再分配機能を弱める典型的な「不公平税制」になっている。

戦後間もない1949年、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が米国から招聘したカール・S・シャウプ博士(コロンビア大学教授)ら7人の財政学者・経済学者から成る日本税制使節団がまとめた報告書、いわゆる「シャウプ勧告」は、「日本の税制の憲法」とも称せられ、「税負担の公平性」を第一義としていた。これに沿って、1950年度税制改正で、株式譲渡益は総合課税化された。

その後、折からの朝鮮動乱勃発の特需で流れが変わり、「朝鮮特需対応のためにも企業の資本蓄積が急務だ」という機運が高まって、1953年度から株式譲渡益は原則非課税となり、それは1988年度まで36年間にもわたって続いた。これが戦後の証券会社の発展に大きく寄与したのは言うまでもない。

だが、これは「不公平税制の典型」との批判が強まったため、1989年度から課税化され、2002年度まで譲渡額に約1%の税率を課す源泉分離選択課税が主流となった。しかし、これについても「世界に例を見ない投資家優遇税制」との批判が強まり、2003年度から申告分離課税(税率20%)に一本化されたが、「投資家のショックを和らげる激変緩和措置」としての軽減税率(10%)が2013年度まで11年間も続いた。

2014年度からようやく税率は20%になったが、この数字も先進諸国の中では低い。2016年3月23日、参議院財政金融委員会で当時の財務省の佐藤慎一主税局長(前事務次官)は、野党議員からの「1億円以上の株式売却益に対する日本および欧米諸国における税率は?」との質問に対して、「日本は20%、アメリカはニューヨーク市の場合30.726%、イギリス28%、ドイツ26.375%、フランス60.5%」と答弁している。

所得1億円を超すと税負担率は下がっている!

前述のように、株式譲渡益や配当所得など金融所得は、富裕層に集中している。国税庁の「2014年分申告所得税標本調査結果」によると、株式譲渡益と配当所得が各3000万円超の人数はともに全申告者の1割前後だが、彼らの所得は配当所得で全体の7〜8割、株式譲渡益で8〜9割を占めており、その比率は年々上昇している。高所得者への「富の集中」が進んでいるのである。


高所得層ほど全所得に占める株式譲渡益の比率が大きくなる傾向が顕著であり、年間所得50億円超の層の所得の9割以上は株式譲渡益である。それゆえ、彼らにとって、2012年末に誕生した第2次安倍晋三政権による株高政策は大変な恵みだったろう。2013年度までは税率が10%で、2014年度からは20%に上がったとはいえ、所得税の最高税率45%の半分以下で済んでいるのだから、濡れ手で粟のようだった。「税負担の公平性」を第一義としたシャウプ勧告からは遠く外れている。

このように、高所得層の所得の大半を占める株式譲渡益に対して、税率10〜20%と低率の分離課税が適用されてきたから、「高所得者ほど所得税負担率が小さくなる」という奇妙な現象が続いている。

株価が急騰した2013年度における申告納税者の所得階級別の所得税負担率を見ると、所得1億円までは負担率が上昇していくが、1億円を超すと負担率が下がっていく。翌2014年度から税率が20%になったから、高所得層の税負担率は若干上昇しているが、1億円を境に負担率が下がっていく傾向は変わらない。


給与所得者は所得税を源泉徴収されるから、節税の余地はない。これに対し、株式譲渡益が集中している富裕層は合法的に巨額の節税ができる。これこそが、今日の格差拡大の最大の要因である。

2018年度税制改正では、このように空洞化著しい所得税の財源調達機能や所得再分配機能の回復を目指す改正が望まれた。しかし、自民党など与党が、そうした改正にはいっさい手を付けなかったのは事実である。