「日常の診療では得られない大規模なデータをわずか半年で得られたことは画期的です。しかも患者の割合が少ない男性のデータが多く得られました」

 こう話すのは、ドライアイの基礎研究と臨床研究をする順天堂大学医学部附属順天堂医院の眼科医、猪俣武範さん(36歳)だ。

 ドライアイの患者数は年々増加の一途を辿る。しかしながら、失明に至る病気ではないため患者自身も注意を怠りやすい。

 ドライアイとは、涙の分泌量が減ったり、量は十分でも涙の質が低下したりなどで、目の表面を潤す力が低下した状態をいう。

 現在、日本では約2000万人がドライアイに悩んでいるとされ、目の疲れやかすみだけではなく、目の表面が乾燥することによる刺激で涙が出ることもあるという。

 ドライアイの重症化が仕事の生産性に悪影響を及ぼすことは過去にも報告されている。

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スマホアプリで大規模データ収集に成功

IoMT学会で登壇する順天堂大学医学部附属順天堂医院の眼科医、猪俣武範さん


 猪俣さんは、現在、国内外でドライアイに関する大規模臨床研究に取り組む。

 ドライアイと睡眠や運動、腸内バランスの関係を明らかにしようと、米アップルが提供するヘルスケア研究に特化した「Research Kit」を用いてiPhoneのアプリ「ドライアイリズム」を開発し、2016年11月から提供している。

 国内ではすでに約2万人がアプリをダウンロードしてドライアイ指数を図っているという。

 「自分の健康管理のためとはいえ、煩雑な作業を伴うアプリは使われない」と猪俣さん。ドライアイの診察で広く用いられる12項目の質問への回答や生活習慣の記録なども直感的にタップするだけの簡便さにこだわったという。

 「まばたきを何秒我慢できるか」という遊び感覚で、毎日、目の健康チェックをしたり、アプリで得られるドライアイスコアをSNSで共有したりできる。

 日々のストレス、睡眠時間、スマホやパソコンのスクリーンを見る作業時間、便の回数、水分摂取量などが記録され、ドライアイとの相関性をユーザー自身も知ることができる。

 「ドライアイリズム」を活用して、自覚症状と生活習慣の関連性を、2016年11月から2017年4月の6か月間、調査に同意をした約9000人のデータを対象に検証した。

 ドライアイの診察で使う12項目の質問、コンタクトレンズの装用、喫煙、モニターを見る時間、コーヒー摂取量、定期的な運動、睡眠時間など生活習慣調査に回答した人が対象になっている。

 対象者の半数にドライアイもしくはその疑いがあることが分かり、そのうち、喫煙者が20%、コンタクトレンズ装用者が43%を占めた。

 全体では、パソコンやスマホを眺める時間は平均7時間。6割が定期的な運動をしている。コーヒーは1日1杯が平均だった。

 こうしたデータをもとに、コンタクトレンズを装用している人のドライアイ重症化率は1.19倍、喫煙者は1.61倍と、調査項目の中ではタバコが一番の危険因子であることが示唆された。

 モニターを見る時間が1時間増えるごとに1.03倍、コーヒーの摂取量が1杯増えるごとに1.05倍、ドライアイの重症化は進むという結果が出た。その一方、定期的な運動をしている人や睡眠をしっかりとっている人は重症化の確率は下がっていた。

 ドライアイは女性の方が発症しやすい。女性にも男性ホルモンがあって、それが減少することが影響していると考えられている。そのホルモンには、涙腺などを保護する働きがあり、もともと男性に比べて量は少なく、さらに加齢とともに減少していく。

 「今回の調査に参加したのは男性が63%。こうしたアプリに関心が高いのか、男性の参加が多かった。病院で診療をしていても、患者の多くは女性です。通常では入手しにくいデータを集めることができるというのは新たな発見でした」

 このように猪俣さんは病院の中と外とのギャップに関心を寄せる。

 iPhoneアプリを用いることで、既存の臨床研究と比較して非常に大規模かつ多彩な被験者のデータを集めることができる。

 その一方で、被験者がこのアプリ自体に興味を持って参加した人に限られていることから、いわゆる罹患率の算出には適していないという課題もあるという。

 新たな取り組みとして、今年11月末に同アプリの英語版「Dry Eye Rhythm」を米国で提供を開始した。

 世界では10億人以上が罹患していると推測されているものの、これまで世界規模の疫学的調査は行われていない。そこで、猪俣さんは 同アプリを用いて世界からデータを集めて解析しようと試みる。

 ちなみに順天堂大学医学部は、アップルの「Research Kit」を使ったアプリを国内の医療機関では最も多く提供し、パーキンソン病、ロコモティブシンドローム、喘息、インフルエンザの研究に生かしている。

 猪俣さんは、花粉症の季節に間に合うように、「アレルサーチ」という花粉症の重症度の動向などを地理的分布で把握するiPhoneアプリを準備中だ。

 結膜炎の画像データもiPhoneカメラを用いて収集するという。将来的には、人工知能による診断プログラムの開発と花粉症対策専用デバイスの開発も視野に入れている。

 こうした外来での診察では得られない、一般の人の日常生活に関するデータを大規模で集める研究から新しい知見を得ようと意欲を見せる。

日常生活に研究対象を広げ予防の意識を育てる

 猪俣さんは、2012年から3年間、米ハーバード大学スケペンス眼研究所に留学し、その間、ボストン大学「Questrom School of Business」でMBAを取得した。

 臨床の現場と経営に視野を広げ、当時の米国ではすでに研究開発が進んでいたデジタルヘルス分野に着目し、帰国後は医療におけるIoT(モノのインターネット)にも軸足を据える。

 2016年に、医師や研究者、企業が連携するプラットフォームとしてIoMT学会を立ち上げ(IoMTはInternet of Medical Thingsの略称)代表理事を務める。

 今年の12月9日に都内で開催した設立後2回目の学会総会では、主に遠隔診療に関わるサービスやデバイスが取り上げられ、未病に役立つモノや治療後の予後を見守るモノなど、社会復帰を目指す患者のクオリティ・オブ・ライフ向上を狙った製品が目立った。

 具体的には、遠隔地に限らず患者が病院に行かなくてもオンラインで診察できるサービスとして、決済から薬や処方箋の配送もするという「ポケットドクター」(MRT社)や、同じくすでに 600を超えるクリニックに導入したという「CLINICS」(メドレー社)、医者に匿名で相談できるチャットサービスやテレビ電話「ファーストコール」(メドピア社)について各社から特徴や導入事例が発表された。

 このほか、ビッグデータを用いて健康度と疾患リスクを可視化する「P-HARP」(アクシオン社)、CTやMRIなどの膨大な画像データをもとに癌を検出する人工知能を開発する「EIRL」(エルピクセル社)などの医療ベンチャーが登壇。1日にわたり合計27人の医師や開発者、研究者らが研究開発について発表した。

 猪俣さんは、「今後もテーマを絞り、その分野で新しい取り組みで社会にインパクトを与えるサービスや研究について発表し合う学会総会を年に一度開催していきたい」と話す。

 「IoTと言うと、センサー技術と通信機能を備えたデバイスという通念がある。IoMTにおいては、センサリングだけではないと考えている」と猪俣さん。

 「医療機器やヘルスケア関連デバイスにコンピューターネットワークをつなぎ、データの利活用やアルゴリズムをつくる概念はIoTに共通する」

 「しかし、外来では得られない日々の自覚症状の収集など、将来的に世の中に還元できる臨床研究に役立つ仕組みづくりは、必ずしも、センサー技術など1つの技術に頼る必要なはない」

 病院の内外で蓄積するデータの利活用を実現する新たな知見やデバイスの誕生に期待を寄せている。

筆者:柏野 裕美