結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

電車で見かけた素敵な男は大抵、左手に指輪がついている。

会社内を見渡しても、将来有望な男は30歳までに結婚している。

そうして「青田買い」に目覚めた、大手不動産会社勤務の奈々子(28歳)は、幸せを掴むことができるのか・・・?

新入社員・田中の涙に救われた奈々子。図らずも休日ふたりで出かけるが・・・?




「えー、奈々子ってばそんなに枯れちゃって、大丈夫!?」

奈々子は、久しぶりに大学時代の友人・理沙と『リュファヴァー』で互いの近況報告をしていた。

大学時代から恋多き女だった理沙は、彼氏がコロコロ変わるためアップデートに時間がかかるが、奈々子の場合、「何もない」の一言で終わる。

それを「枯れた」と表現された所で、いちいち反論することさえ億劫だった。

「でも奈々子、デートくらいしてるでしょう?」

理沙が怪訝な顔で奈々子に聞いてきた。恋多き女には理解し難いようだ。

「男性と出かけたのは、昨日会社の後輩とミュージカル鑑賞したくらい。まあ、それも仕事の延長みたいなものだし」

「なーんだ、あるんじゃない。もう少し詳しく」

「ないない」という前置きをしてから、田中との一連の出来事を奈々子が話すと、理沙が呆れたようにこう言った。

「奈々子って本当に鈍感。彼、絶対奈々子に気があるよ」

「えぇ?そんなわけないじゃない、ただの先輩と後輩よ」

奈々子が全否定すると、理沙が笑いながらこう付け足した。

「否定するのは奈々子の勝手だけど。彼はどうかな。万が一にでも告白されたらどうするつもり?」

「えっ…?」

想像もしていなかった質問に絶句していると、理沙がコーヒーを飲みながら呟いた。

「“ない”って思ってれば何も起こらないし、“ある”って思ってたら、ふとしたタイミングで始まるものよ」


昨日の出来事。田中と奈々子、初めてのデート!?


クリスマスの予定、確認の意味


-昨日。

「岡田せんぱぁーい!」

奈々子がぼーっとしながら信号を待っていると、道路の反対側で田中が満面の笑みで大きく手を振っているのが見えた。

ネイビーのダッフルコートにポーターのバッグ。モチモチの白い肌につぶらな瞳の彼は、学生にしか見えない。

奈々子は、マックスマーラのキャメルコートを着てきたことを少し後悔した。田中の隣を歩けば、明らかに“姉さん感”が出るだろう。

信号が青に変わり、奈々子が歩き始めると、田中は嬉しそうに小走りでやってきた。

「おはようございます!間もなく開場のようです。行きましょう」

奈々子は、田中とミュージカルを観る約束をしていた。田中が得意先から優待チケットをもらったらしく、奈々子を誘ってきたのだ。

田中に誘われた時、奈々子が二つ返事でOKすると田中は小声で「よっしゃー」と小さく漏らした。

その喜びようを見て、一緒に行く相手が見つかりチケットを無駄にしなくて済んだ事に喜ぶ律儀な男か、はたまた余程のミュージカル好きなのだろうと、微笑ましく思っていた。

実際に今日の田中はテンションが高めで、そんなにミュージカルが好きだったんだ、と奈々子は意外な一面を見た気分になった。




観劇を終えた二人が会場の外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。

奈々子が、銀座で買い物をしてから帰ると告げると、田中は一緒に行きたいと言う。買い物は気ままに一人でする方が好きな奈々子にとっては想定外の回答だったが、「田中くんなら気楽だし」と思って、一緒に歩き始めた。

銀座通りに入ると、ブルガリの冬の風物詩である蛇をモチーフにした「セルペンティ」のイルミネーションが今年も光り輝いており、思わず目を奪われる。

街中がクリスマスムードに包まれた、この時期の銀座が奈々子は大好きだ。それと同時に、今年も残りわずかだという寂しさを覚えた。

デパートのショーウィンドウも、クリスマスカラーに彩られた可愛らしいプレゼントがたくさん並んでいる。

それらを見ながら、奈々子が何の気なしに「クリスマスかぁ」と呟くと、田中が歩くスピードを緩め、奈々子の顔を覗き込むようにしてこう言ってきた。

「岡田さん、クリスマスはどうされるんですか?」

「何も予定ないわよ。田中くんは?」

奈々子がいつものテンションで答えると、田中が急に早口になってソワソワし始めた。

「あ、あの、今日みたいに得意先からチケットもらったから・・・あれ、なんだったけな、オーケストラだか歌舞伎だか、イルカショーだか忘れましたけど。24日の日曜日なんですけど、一緒に行きませんか!?」

「オーケストラは気になるなぁ。何のチケットだったか教えてくれる?」

奈々子は、田中の早口も言葉の意味も深く考えることなく、さらりと返答したのだった。


嫌なやつ・中村が再び奈々子を苦しめる。


ピンチの時に思い出した相手


帰宅後、奈々子がベッドで雑誌をめくっているとLINEのメッセージが届いた。

-岡田さん、例のチケットですがオーケストラでした。クリスマスコンサートです!

クリスマスコンサートなら行ってもいいかなと思いながら、ふと添付された画像を見た奈々子はあれ?と首を傾げた。

明らかに、チケットのインターネット予約ページなのだ。優待券といえば、チケットをそのままもらうことが多いし、金額が書いてあることもないはずだ。

不思議に思った奈々子が「どこの得意先からもらったの?」と返信したが、一瞬で既読になったものの田中からの返答はなく、その日はそれっきりだった。






「岡田さん、ちょっといいかな?」

中村に話しかけられた奈々子は、息が止まりそうになった。中村とはあの日以来、目を合わせることも、ましてや口をきくこともなかった。

「なんでしょうか?」

出来ることなら話したくないが、最低限の受け答えをすることは大人としてのマナーだ。奈々子は自分の気持ちを押し殺して、努めて冷静に答えた。

「話があるから、会議室に来てもらえるかな?」

拒む理由もなく、奈々子は重い腰を上げて恐る恐る会議室に向かった。今度は何を企んで入るのだろうかと疑心暗鬼になる。

会議室に入ると、中村が窓のブラインドをシャッと開け、「綺麗な夕日だね」と言いながら本題を切り出した。

「この前のマップの元データ、もらえる?岡田さんのことだから、エクセルか何かでしっかりまとめてるでしょ」

確かに、奈々子はマップを作成するために、所有会社名や築年数、施工会社や耐震補強情報まで、すべて一つのデータにまとめていた。

中村の高圧的な物言いに、奈々子はぐっと怒りを堪えて「はい。あとでお送りします」とだけ答える。

一刻も早くこの場を立ち去りたかった。

「この前のマップが大好評でねえ、今度ソフトを開発することになったんだ。所有会社ごと、築年数ごと、色んな軸のマップが瞬時に出来るようなソフト。俺、プロジェクトリーダーに指名されちゃってさ。だから、元データが欲しいってわけ」

この男は、心臓に毛が生えているのだろうか。奈々子の成果を横取りし、それを出世の踏み台にしていることを悪びれることなく堂々と言ってきた。

怒りを通り越して悲しさがこみ上げてくる。

ふと窓の外に目をやると、夕焼けが異常なほど真っ赤に染まっていた。

「承知しました。元データ送っておきますので、私はこれで失礼します」

「どうも。早めによろしく」

奈々子は、一切中村と目を合わせず、お辞儀をしてから会議室を後にした。

涙をぐっと堪えながら、奈々子は正直な自分の気持ちに気付いた。

「田中くんに、会いたい」

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田中を狙うライバル登場!?頑張れ、奈々子!