容姿、学歴、収入。男のスペックは高ければ高いほど良い。

が、同じだけのスペックを女が持ち合わせたとき、果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。

東大卒・外銀勤めの楓はいわゆる「ハイスペック女子」。

4年ぶりに再会した憧れの人に淡い恋心を抱くも、彼は楓を自身のファンドへ誘ったのだった。

女ではなく、優秀な人材としてしか見られていなかったのかと、女としての自信を失いつつも、キャリアのステップアップのチャンスに楓は心を決める。

一方、親友の美里は、実家の耳鼻咽喉科を継いでほしいという両親の意思に逆らい、彼氏の転勤に伴って自身もワシントンで働くことを決断したのだった。

そして1年後、2人のはいすぺさんはそれぞれの人生を歩んでいた。




木漏れ日が、きらきらと眩しかった。

東京の無機質な街とは全く違う、広い空と澄んだ音の反射に楓の口元は自然と綻んだ。

その日、楓は軽井沢まで足を運んでいた。

旧軽井沢ホテルで開かれる、美里の結婚式のためだ。

付き合っていた啓太のワシントン転勤に美里が付いていくと決めたのと同時期に、楓のファンドへの転職も決まり、それから気づけばあっという間に1年だ。

新しい環境に慣れる、などと考える余裕すらない中で、山のように舞い込んでくる仕事に必死で向き合っていたら、飛ぶように毎日が過ぎた。

週末も仕事をしているか、日頃の睡眠不足を補おうと死んだように寝ているかのどちらかで、丸一日休みを作って東京を離れるのはいつぶりかもわからない。

それでも仕事は楽しかったし、前職より格段に責任も裁量も増えた新しい環境は、楓にはとても刺激的だった。

須藤への気持ちが全く無くなったと言えば嘘になるが、正直なところそれどころではない。

彼の職場での鬼上司っぷりは、最初からある程度は想定していたものの、想像以上に彼の要求水準は高く、余計なことを考えていたら即刻「高野さん、本当に頭絞って考えてる?」と喝が入る。

気付けば「女として云々・・・」よりも、「何としてでも仕事で彼に認められたい」という気持ちの方が強くなっていた。



美里の結婚が決まったのは、彼女がワシントンへ付いていく決意を啓太に話したすぐ後だったらしい。

美里の両親がそうすぐに納得してくれたことに楓は内心驚いたものだったが、それより当時驚かされたのは美里の今後の人生設計だった。

「私ね、研修医を終えたらしばらくは、のんびり新婚生活をあっちで楽しむことにしたわ。」

丁度1年前の春、楓は美里が何のことを言っているのか分からずただ目を丸くしていた。

「・・・え?あっちで働くんじゃなかったの?専業主婦になるの?」

「ふふふ、どう思う?」

「どう思うって・・・そりゃゆっくり新婚生活を楽しむのも良いだろうけど・・・。美里はそれで良いの?」

丁度ファンドへ転職したばかりで、仕事に意欲を燃やしまくっていた楓にとって、同じハイスペ仲間だと思っていた美里の発言は、正直あまりポジティブに受け止められなかった。

―今まで環境や仕事は違っても、一緒に励まし合って頑張ってきたのに・・・


美里、突然のはいすぺ『脱落』宣言!?


「楓、気持ちは分かるわよ。この話すると大体みんな、そういう顔するし。『せっかくハイスペックなのに普通の人生で良いの?』とか、人によっては『努力するのに疲れちゃったの?』って言う人も居たわ。」

まさに図星で、思わず楓は目線を手元に落とした。

美里は気を害した風も無く、穏やかな声で続けた。

「それを聞いて最初、『ハイスペック』って何て不自由なんだろうって思ったわ。『ハイスペックらしい生き方』をしていないと何故だかみんな、そんなのダメって言ってくるのよね。

私が『東大医学部卒・医者の卵』じゃなくて、どこにでも居るようなOLだったら、同じ選択をしてもきっとそうは言われなかったと思うわ。でもね、私、そういうことに引っ張りまわされるの、やめたの。だって私、『はいすぺさん』である前に、一人の人間だもの。」

目の覚める思いだった。

いつも人に「あなたは何でもできる」と言われてきた楓にとって、逆に「普通のこと」を選択することはどこか居心地の悪い思いがするものだった。

「それに、あっちで臨床医として働くのを諦めたわけじゃないわよ?でも一度啓太や両親と相談してみたら、やっぱりあっちで日本人が臨床研修医の口を見つけるのはすごく難しいから、せっかくだからしばらくのんびり構えて新婚生活楽しんだらって言ってくれたの。」




1年前のそんな会話を思い出しながら、式場のテーブルに飾られた花とハーブの香りを胸いっぱい吸い込んだ。

それからの1年の自分を振り返る。

―大丈夫、私は、この道を行きたいって自分で決めたんだ。

仕事漬けで相変わらずプライベートはあるのか無いのか分からない状態だったが、今の自分は、誰に求められているからでもなく、自分自身の意志でここに居る。

全く違う選択をしたとは言え、こうして自分の選択を客観的に見られるようになり、改めて楓は友の存在の大きさを実感するのだった。


2人のはいすぺさん、それぞれの人生へ。結局ハイスペックとは何だったのか


その日の美里は、誰の目から見てもただ眩しかった。

繊細なレースの下に透けて見える肩が華奢すぎて、この身体で激務と言われる研修医生活を終えたのかと、楓は改めて驚いた。




「・・・ということで、本当にこの度はおめでとう。」

新郎側の主賓挨拶を行ったのは、啓太をワシントン本社へ推薦した上司だった。

続いて美里側の主賓挨拶へと進み、一人の女性がマイクの前に立った。

年は50の少し手前くらいだろうか。

少し柔らかく張りを失った輪郭は年齢を確かに反映していたが、優しくほほ笑む口元と、遠くを見つめるような透き通る目線が、彼女の年齢を判断しづらいものにしていた。

艶やかなベージュグレーのシンプルなワンピース。耳元にパールのイヤリングが上品に光る。

「啓太さん、美里、本日は本当におめでとうございます。新婦の叔母の、ホフマン・ゆり子と申します。」

―なるほど、彼女が。

話は前々から聞いていたが、初めて実際に目にした彼女のオーラに、楓は全てが腑に落ちる感覚だった。

美里をスイス留学に出すよう彼女の両親を説得したのも、美里が大学在学中に米国医師免許試験を受験するように強く勧めたのも、彼女だと聞く。

「・・・夫がスイス人でして、夫婦であちらの保養所に勤めております。

美里のことは、彼女が中高とスイス留学している間うちで預からせてもらっていたので、第二の親のような気持ちでおり、このような日を迎えられたことを心から嬉しく思っています。」

彼女は美里を振り返り、にっこりと微笑みかけた。

高校生の頃の美里がどれだけ頑固だったかを面白おかしく紹介し、彼女が中高とどう変化してきたか愛情に溢れた言葉で語る彼女の叔母はなかなかのスピーチ上手で、楓は他のゲスト達と共にその言葉に引き込まれていた。

中でも楓の心に深い印象を残したのは次の言葉である。

「・・・才能や能力に恵まれてきた人はよく、自分たちの価値はその才能や能力でしかなく、それを最大限生かす選択をしなければならないと考えがちですが、そんなことはありません。

才能や能力、スペックよりも大切なのは、いつも自分の心に正直であること、前を向いて自分の可能性を信じることです。

常に『前』に進んでいなくたって良いのです。周囲の人が何と言おうと、最後は自分自身を信じて。お二人が、一人一人の人として、自分の幸せと真っすぐ向き合う決断をなされたことを、私は心から嬉しく思います。」

―常に前を向いて、自分の心に正直であること。

スペックなんて結局は道具・手段に過ぎない。

自分の人生の舵取りを決めるのは結局、自分自身なのだ。

美里の叔母に大きな拍手を送りつつ、楓は自然と口元に笑みが浮かぶのを感じた。

(Fin.)