近藤誠氏はワクチンで防御できる感染症のリスクを過小評価している(depositphotos.com)

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 ときに同時接種については、近藤誠氏はアフリカで行われた1つの研究を紹介しています。ここでは麻疹と黄熱のワクチンを接種した子供と、これに加えて5種混合ワクチンの接種を受けた子供を比較し、後者の12ヶ月後の死亡率が高かったというものです(編集部注:近藤誠:著「ワクチン副作用の恐怖」文藝春秋・129頁)。

 もっとも、この研究は実は、他の目的で行われた臨床研究の対象者を再分析した観察研究です。つまり、5種混合ワクチンを受けたグループと、そうでないグループは、近藤氏のしばしば述べる「くじ引き」による振り分けはしておらず、よって両群がもともと異なるグループだった可能性もあるのです。これはこの論文を書いた著者ら自身も認めていることです(Vaccine. 2014;32:598?605. Vaccine. 2014;32:2668-9)。

 もちろん、だからといってこの論文を無視したり全否定する必要はありません。しかし、少なくともこの論文を読んで「同時接種は危険だ。止めるべきだ」という結論は導かれませんし、論文を書いた研究者たちもそんな主張はしていません。

 妥当性の高くないアフリカの1つの研究を殊更に強調して、そういう背景をご存じない一般読者に同時接種の危険性をアッピールする近藤氏の方法は、医学者としてはいかにもアンフェアであると批判されるべきでしょう。「多種類ワクチンの同時接種はとても危険です」(前掲書131頁)と近藤氏は主張しますが、それを支持する、妥当性の高いデータはないのです。

 同時接種は忙しい親が少ない受診回数で効率的に予防接種を受けることができる賢明な方法です。世の中は理想的にはできていませんから、定期接種という制度があっても、その制度に乗っかることができない人はたくさんいます。たまたま風邪をひいていたり、お母さんが忙しかったりしてついつい予防接種の機会を逃す。

 だから、キャッチアップの制度をおかずに「これこれの期間の間に定期接種を打ってください」とだけ言ってよしとする厚生労働省は間違っています。

妊婦が麻疹になると大変!

 私はこれまで10代妊婦の風疹とか、妊娠早期の麻疹といった悲しいケースを経験してきました。いずれも予防接種を受け損なった方々です。制度から取りこぼれてしまう人は、かならずいるのです。

 風疹になった妊婦さんは中絶するかどうかで悩みます。CRS(編集部注:先天性風疹症候群)の危険のため、不安におののく毎日です。ワクチンの恩恵を受けていれば、経験しなくて住んだ苦しみです。

 妊婦が麻疹になると大変で、私達が経験した事例では、感染のために陣痛が始まり早産となり、子供は集中治療室(NICU=新生児集中治療管理室)でのケアが必要になりましたが、その子供も麻疹に感染していました(Pediatr Infect Dis J. 2009;28:166-7)。

 産婦人科病棟は、麻疹の妊婦を受け入れてくれません(他の妊婦に感染させたくないから)。NICUだって麻疹の「未熟児」を受け入れたくありません(他の「未熟児」たちに感染させたくないから)。内科病棟や普通の集中治療室(ICU)は、妊婦や新生児に慣れていないので、やはり患者を診ることは困難です。

 感染症の現場とは、そういうものです。感染症なんてかかったって、免疫力がつくからいいじゃん、なんて甘ったれた主張を医者が軽々しくするものではありません。

 このような悲惨なケースをなくすために私たちは予防接種の重要性を訴えているのです。そして近藤誠氏の詭弁や暴論を批判するのです。

同じ死亡率ならば「分母」が巨大になると「分子」も大きくなる

 次にインフルエンザです。「〜恐怖」88頁以降、とくにひどい誤謬について指摘します。

 まず近藤氏はインフルエンザワクチンについて「その年に流行するウイルス型がちがっていることのほうが多い。それでは重症化を予防できません」と述べていますが、これは間違いです。

 例えば、2004-05年のシーズンから、2016-17年のシーズンまでのインフルエンザワクチンの効果を、米国CDCがまとめています。これによると、インフルエンザワクチンがインフルエンザの効果を統計的に有意差をもって示すことができなかったのは、04-05年と05-06年の2シーズンだけ。他の年は全て一定のワクチンによる予防効果を示しています(https://www.cdc.gov/flu/professionals/vaccination/effectiveness-studies.htm)。

 近藤氏はまた、インフルエンザにかかっても登校したり出社しても「つよい免疫ボディー」がつくられるので問題ないと述べていますが、これも病気のリスクと免疫ができる利益のバランスを無視した暴論です。

 確かにインフルエンザひとつひとつが、人の死の原因になることはそう多くはありません。ですが、流行を無視して、何千万人、それ以上という患者が発生すると、相当数の方が死に至ります。分母の数が大きくなると、小さい死亡率も無視できない分子を生むのです。

 分子/分母=小さい死亡率

 分母が巨大になると、(同じ死亡率ならば)分子も大きくなる。一目瞭然です。死んでしまっては「つよい免疫ボディー」もへったくれもありません。

「川崎病はワクチンが原因」説を示す妥当性の高いデータは存在しない

 近藤氏はワクチンの副作用による死亡には非常に神経質ですが(それは悪いことだとは思いませんが)感染症による死亡リスクについてはあまりにも無神経です。

 ただ、インフルエンザに抗菌薬は効かないとか、アスピリンを飲んでいるとインフルエンザ死亡リスクが高くなるといった近藤氏の指摘は本当です。ですから、近藤氏はデタラメばかり言っているわけではありません。

 繰り返しますが、これは「ひと」の問題ではなく「こと」の問題です。「近藤誠が言っているからデタラメだ」と断ずるのではなく、それぞれの主張の是非を、丁寧にひとつひとつ検証していくことが大事です。

 近藤誠氏は、川崎病はワクチンが原因であると主張し「すべてがワクチンの副作用だとは言いませんが、かなりの部分がワクチンの副作用です」と断定します。

 しかし、そのような説を示す妥当性の高いデータは存在しません。

 いや、川崎病は感染症の多い季節に発症しやすく、むしろ細菌感染やウイルス感染が引き金になっているのでは、とも考えられているのです。川崎病を発症した子供の兄弟が1週間以内にやはり川崎病を発症しやすいという日本のデータが、このことを示唆しています(J Infect Dis. 1988 ;158:1296-301)。感染症と川崎病との関連は(やや不思議なことですが)近藤氏自身も述べています(前掲書133頁)。

「三種混合ワクチンと自閉症との関係」は反ワクチン派医者のデータ捏造

 かつてMMRという、麻疹、風疹、おたふくの三種混合ワクチンと自閉症との関係が議論されたことがありましたが、現在ではこのような関係はないことが分かっています。それどころか、この「因果関係」を主張した論文は反ワクチン派に属する医者のデータ捏造でした。


 近藤氏は「〜恐怖」で、いまだにワクチン自閉症説に固執します。この点については拙著「ワクチンは怖くない」(光文社新書)で詳しく説明しましたし、近藤氏も説得力のある根拠を述べていないので、ここでは深くは取り上げません。

 ここでは欧州各国の大規模試験でMMRと自閉症の関係は否定されている、という一点のみを指摘しておきましょう(The Lancet. 1999 ;353:2026-9、JAMA. 2001;285:1183-5、N Engl J Med. 2002 ;347:1477-82)。

「誤差範囲」は臨床医学の「いろは」、医学生でも知っているべき常識

 ワクチン接種のあとに川崎病を発症した事例は報告されていますが、ワクチンと川崎病の関係を示した妥当性の高いデータは皆無です。だから近藤氏の「かなりの部分がワクチンの副作用です」という主張は根拠を欠く暴論なのです。

 なお、近藤氏は7万人以上が参加したロタウイルスワクチンの臨床試験で、プラセボ群に1人、ワクチン群に5人の川崎病が発生したから「5倍」に増えたと述べていますが(前掲書137頁)、これも統計的な有意差のない「誤差範囲」であり、近藤氏の主張は間違いです。

 数字を見た目のまま数えて比べてはならない。「誤差範囲」の可能性を無視してはならない。このへんは臨床医学の「いろは」であり、医学生でも知っているべき常識です。近藤氏が、それを知らないはずがないのですが。

 B型肝炎ワクチンの販売量と多発性硬化症の発症数を並べたグラフに至っては(前掲書155頁)、「チョコレートを食べるほどノーベル賞受賞者が増える」的な医学者なら絶対にやらないような間違いです。関係ないグラフの線を2つ並べて、もっともらしく見せようとしているだけの「子供だまし」です(詳しくは中室牧子、津川友介「チョコレートの消費量が増えるとノーベル賞受賞者が増える?『ダイヤモンド・オンライン』2017.4.14」を参照ください。

 両氏の「原因と結果の経済学」をお読みいただければ、近藤氏が主張する「因果関係」のほぼ全てが根拠を欠いたものであることがよく理解できます)。

 近藤氏が指摘する、2200万人が新型インフルエンザのワクチンを接種され、そのうち131人が翌年3月までに亡くなっているというデータも(前掲書162頁)、同様の理由でワクチンとの「因果関係」に落とし込むのは乱暴すぎます。

 このデータでは高齢者、特に80歳以上の方の死亡が特に多かったのですが、80代の方をたくさん追跡したら、そのうち一定数の方が冬の間にお亡くなりになるのは、むしろ自然なことではないでしょうか。

日本だけが「子宮頸がんワクチン」の恩恵を受けられないのは、医療行政の科学的な視点の欠如

 最後にHPVワクチン、俗に「子宮頸がんワクチン」と呼ばれているワクチンについてです。

 このワクチンは子宮頸がんの前がん状態を減らすことが示されていますが(BMC Public Health. 2014;14:867)、がんの発症には何年という長い時間がかかるために「がんそのものを減らす」エビデンスはありません。

 しかし、B型肝炎ウイルスワクチンが肝臓がんを減らすのに寄与したように(そしてそれをデータとして示すのに何十年もかかったように)、時間とともにこのワクチンががんを減らす効果が明らかになるのは時間の問題でしょう。

 世界各国でワクチンの恩恵を受けて前がん病態が減っています。日本だけがこの恩恵を受けられないのであれば、それは日本の医療行政の科学的な視点の欠如と言わざるを得ません。

 みなさんにとって気になるであろうワクチンの副作用についても、何十万という女の子を長期フォローした研究で子宮頸がんワクチンの接種者と非接種者では差がありませんでした(J Adolesc Health. 2010;46:414-21、JAMA. 2015 ;313:54-61)。この点も前掲の拙著で詳しく議論したので、詳細をご覧になりたい方は参照してください。

 子宮頸がんワクチンに副作用がないわけではありません。子宮頸がんワクチン後に重篤な健康被害を受けた方がおいでのかたも承知しています。

 しかし、リスクの双方向性を考えた場合、ワクチンを接種した場合としない場合では、したほうが得られる利益は遥かに大きなものです。

近藤誠氏はワクチンで防御できる感染症のリスクを過小評価している

 まとめです。近藤誠氏は前後関係と因果関係を混同しています。そして、リスクの双方向性を理解せず、ワクチンのリスクを過大に評価し、ワクチンで防御できる感染症のリスクを過小評価しています。

 近藤氏の医学論文の解釈には重大な誤謬が数多く存在します。知らずにやっているとしたら医学者の能力に重大な欠落がありますから、彼の書物は信用に値しません。知っていてやっているのであれば近藤氏はとても悪質なデマゴークなので、やはり信用に値しませんし、その場合は医学という学問や患者への誠意を著しく欠いているのですから、この業界から即刻退場願うよりほかありません。

 私の「恐怖」への評価は以上です。


岩田健太郎(いわた・けんたろう)
神戸大学都市安全研究センター感染症リスクコミュニケーション分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授
同大学医学部附属病院感染症内科および国際診療部

医療ガバナンス学会発行「MRIC」2017年12月14日より転載