【高平慎士が語る引退と男子短距離界・後編】

自らの競技人生をクールに語る「前編」から読む>

 リオデジャネイロ五輪4×100mで銀メダルを獲得し、今年ついに9秒98を出した桐生祥秀を筆頭に、9秒台に突入する可能性を持つ選手が複数いる状況になった日本の男子短距離界。今秋まで現役だった高平慎士でさえ、短期間でそこまで進化するとは想像していなかったという。

 選手たちは東京五輪に向けてどんな準備をすればいいのか。また、周囲の人間はそれをどう支えたらいいのか、高平の考えを聞いた。


リオ五輪4×100mリレーで銀メダルを獲得した日本男子

――高平選手から桐生選手の名前を初めて聞いたのは、彼が高校2年になる頃でしたが、今の桐生選手をどう見ていますか?

「高校生当時から、スプリンターとしての才能をすごく感じる選手だったので注目していました。彼は早い段階から幅広く注目されていましたが、最近は自分の気持ちをうまくコントロールして、体の成長を走りに生かせるようになってきていると思います。特に、今年の春先に10秒0台を連発したのを見て『本物だな』と思いましたし、9秒台を出す自覚を持って臨んでいると感じました。

 それには、山縣(亮太)選手というライバルがいたのが大きかったと思います。もちろんレースのタイムや順位によっては悔しさを抱いたこともあったでしょうが、お互いに変なわだかまりを生むタイプではないですし。また、リオオリンピックで一緒に戦えたこともよかったですね。どちらか一方がケガをしている時期も多かったので、相手が自分の分も背負ってくれていると感じていたんじゃないかと思うんです。だからこそ、『自分が戻ったら絶対に走らなければ』という気持ちになったでしょうし、そこにいろんな選手が追いつき、追い越せという形でいい状況が作れていると思います」

――今年の世界選手権ロンドン大会では藤光謙司選手が重要な役割を果たしましたが、若い選手が多い今だからこそ、ベテランの存在が頼もしく映ります。

「今回、藤光選手がいたからこそ、桐生選手がより一層力を発揮できたのではないかと思います。メダルを獲るまでに、桐生選手は相当きつい期間を経験していましたし、飯塚(翔太)選手も『特に今年はメンバーに助けられた』と言っていましたが、そういった実感があるからこそ、次はチームを引っ張る存在になることができるのだと思います。

 私も藤光選手なら心配ないと思って見ていました。経験値が豊富にある選手がいることは、他の選手にとってもスタッフにとっても重要なことだし、それを知っているメンバーが多いチームのほうが、強く長く生き残ると思っています。今後、サニブラウン(アブデル。・ハキーム)選手も貴重な戦力になることは間違いありませんし、バトンの技術などはまだまだ伸びしろがあります。練習に参加する中で彼がチームをいかに高めてくれるか、期待して見ていきたいです」

――世界の4継(4×100m)をみると、ウサイン・ボルトが引退するジャマイカは若手が伸びておらず、アメリカとイギリスが2強という状況です。

「世界選手権で優勝したイギリスは、ヨーロッパ新記録の37秒47を出すまでに速くなっていますし、メンバーの年齢も日本と変わらないくらいに若い。アメリカも、バトンミスが少なくなっていますから強いですよ。今年の世界選手権では、日本の結果が最も番狂わせだったと思います。私たちが北京五輪でメダルを獲ったのもジャイアントキリングみたいなところがあったんですけど、『協力して技術を磨けばメダルを獲れる』という考えは、中国をはじめとしたアジア諸国にも生まれているはずです。

 そう考えると、アメリカとイギリス以外は、16番目くらいまでほぼ同じ条件だと思います。各国がメダル獲得を目標にし、その結果が8位入賞といった世界になるんじゃないかと予想しています。『日本チームのバトン技術は高い』と慢心すれば、すぐにつけ込まれるという自覚を持たなければいけません」


photo by Murakami Shogo

――リオデジャネイロ五輪の銀メダルは、4人が同じくらいの調子で走れたことがあっての結果ですね。あのときと同じ走りが常にできる可能性は少ないんじゃないかと思いますが。

「リオでは、チームが持っている力の9割5分というか、ほぼ最高の形で走れたと思いますので、確かにその走りを期待するのはなかなか難しいです。ただ、人の期待というのは加速するものなので、『東京五輪では金メダル?』ということになってくる。現実的には、日本が東京で金メダルを獲得するには、他の国の調子が悪かったり、その他いろいろな状況が重なったりしないと厳しいかもしれません。だからこそ、なおさら予選で足元をすくわれないくらいの位置をキープしなければならないのですが、目標について選手本人たちがどう考えるかが重要ですね。これからの2シーズンで、どういうチームを作り上げていくか、注目しています」

――過度の期待は禁物ですが、それでも桐生選手が100mで9秒98を、山縣選手が10秒00を出してレベルが一段上がったというのは、チームにとっては追い風ですね。

「リオ五輪が日本のマックスではなくなった点は好材料ですが、今は2人しかその境地にいないというのがこれからどう響くかですね。サニブラウン選手も9秒台を出す可能性は高いですが、私は、チームとして結果を出すことはそんなに甘くないと見ています。リレーメンバーで『100mの上位3人に加えて誰が入るか』と考えたとき、タイム順だけではなくチームをまとめられる選手も選ばなくてはいけない。5番目の選手も含めたチーム戦略を、どこまで持てるかというのが重要だと思います」

――その中で、桐生選手をどこで使うかというのも注目です。

「私は、桐生選手はリオと同じ3走が向いていると思っています。他のチームとの差が詰まったところで走る3走は、桐生選手のような爆発力のあるタイプだと抜け出せる可能性が高いですから。1走には山縣選手がいいと思っていて、あとはエース区間の2走と4走に誰が候補となるかですね。現時点で、2走に関しては、飯塚選手はチームの中心になり得る存在でもあるし、末續さんのように我慢することができるタイプなので、キッチリ入ってくることを期待しています。来季は彼も100mを走ると聞いていますけど、私としては記録だけでなく、速いメンバーと走る中でどういう考え方をもって臨んでいくかに注目しています」

――高平さんは、引退後にテレビ中継での解説などで活躍されていますが、これからはどういう形で陸上や短距離チームにかかわっていこうと考えていますか?

「今は、オファーが来た仕事を順々にやらせていただいていますが、日本陸連のアスリート委員という立場もあるので。同じ富士通陸上部の澤野大地さんもJOCのアスリート委員会に入っているので、澤野さんともいろいろ話をしています。選手として経験したことをどう活かしていけるのか、選手にとってよりよい環境をどうやって組織として考えていけるのかといったことを大切にしたいです」

一例として、先日の国体で、桐生選手がサブトラックから本競技場へ移動するところがお祭り騒ぎのようになってしまいましたが、私たちから『ファンの方々を大切にしながら、選手が集中できるようにはどうするか、知恵を出しましょう』というような提案もできますしね。そのように、選手の立場からの意見も発信することで、後輩たちの窓口にもなりたいですし、そういう形をしっかり残していかなければいけない。陸上競技界にどう恩返しをできるかという面でも、富士通陸上競技部に所属する者としてアピールしていきたいと思います」

――企業スポーツとして、実際に競技をする以外にもできることがあるという思いですね。

「そうですね。競技の発展には、企業の中から陸上界を支えていく存在も必要です。いろんなポジションにいる人間が、いろんな角度からスポーツを応援していく企業スポーツのあり方も、富士通だからこそ示すことができると思っているので、これからしっかり考えていきたいです」

■高平慎士

1984年7月18日生まれ。北海道旭川市出身。旭川大学高校から順天堂大学に進み、2004年アテネ五輪に出場。2007年春に富士通に入社し、2008年の北京五輪4×100mリレーで銅メダルを獲得した。2012年ロンドン五輪にも出場するなど、日本男子の短距離界をけん引し、2017年9月23日の全日本実業団対抗選手権を最後に引退した。

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