ワクチン接種には救済制度の柔軟な発動を(depositphotos.com)

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 さて、ここからは各論的に「恐怖」に紹介されている各ワクチンに対する近藤氏の主張を検討してみましょう。

※編集部注
文中の「恐怖」とは「ワクチン副作用の恐怖」(近藤誠著、文藝春秋刊)を略したもの。

 ただし、天然痘については、現在は特殊事例以外には接種されていないのでここでは割愛します。私も2001年の炭疽菌バイオテロ事件のときに天然痘ワクチンを自ら接種しました。(近藤氏が指摘する)ワクチンの副作用も拙著「バイオテロと医師たち」(筆名最上丈二、集英社新書)で詳述したので、興味のある方はそちらを参照してください。

肺炎球菌ワクチンの医学統計の解釈が間違い

 最初に肺炎球菌ワクチン(23価のニューモバックス)です。

 高齢者などに推奨されるこのワクチン。近藤氏はBMJという雑誌に掲載された論文について、有効性は示したが、副作用情報がないという理由で「ワクチン論文としては失格です」と批判します(22頁)。

 しかし、この論文では「接種後の重篤な副作用は発生しなかった(No serious side effect occurred after vaccination)」という記載があるので「情報がない」というのは事実に当たりません(BMJ 2010;340:c1004)。

 本研究では肺炎球菌による肺炎の死亡率はワクチン接種によって減っています。ワクチンのリスクと利益を天秤にかけた場合、少なくとも本論文から導き出せる結論は「ワクチンの利益のほうが大きい」となるべきでしょう。

もっと深刻な近藤氏の間違いは「総死亡数」についての主張です。

「総死亡数」とは肺炎以外の、他の病気や怪我などを理由にした死亡数全てを数え上げることです。近藤氏は「ワクチンを接種したほうが、総死亡数が九人もふえています」(24頁)と述べていますが、これは医学を学んだ者のコメントとはいえません。死亡を比較する場合、死亡者数そのものを比べるのではなく、死亡「率」を統計的に分析しなければならないからです。

 二群の死亡率の違いは「まぐれ」による違いなのかもしれません。その誤謬の可能性を訂正するために統計的な解析を必要とします。本研究では、総死亡率に関するワクチン接種群と非接種群の死亡率には統計的な有意差はありませんでした(これを論文ではP=0.4656と表現している)。

 統計的な有意差の意味の解釈は非専門家には難しいかもしれません。が、少なくともこのデータから、「肺炎球菌ワクチンは無効かつ有害」(同頁)と判断することは絶対にできないという一点だけご理解いただけたらと思います。近藤氏はこの点、医学者としてはありえないくらいの重大な誤謬を犯しています。

 細胞や動物を用いた基礎医学実験と異なり、多様性のある人間を対象とした臨床試験は結果の再現性が乏しいのが問題です。ある研究では有効とされた治療が、別の研究では無効とされる。よくある話です。

 ですから、自分の主張に都合の良いデータだけつまみあげて、「ほれみろ、俺の言っていることは正しいだろが」と主張する輩が後を絶ちません。

 近藤氏は20年近く前の臨床試験をピックアップして「この研究では肺炎は減らなかった」と肺炎球菌ワクチンの効果を否定しています(27頁)。しかし、このような選り好み的なやり方は誠実な医学的吟味とはいえません。

 よって、本来ならば、世に出ている医学論文を公平に、そして徹底的に探し出し、まとめて検証するというメタ分析を用いるのが、それも最新のメタ分析を用いるのが誠実な態度です。

 例えば最新の、2017年に発表されたメタ分析では、23価の肺炎球菌ワクチンはIPDと呼ばれる重症の肺炎球菌感染症と肺炎球菌による肺炎の両方を減らしていることが分かりました(Plos One. 2017;12:e0169368)。どうせ引用するならこちらを引用するほうが誠実だったでしょう。

ポリオワクチンは不活化ワクチンへの移行期

 次にポリオです

 近藤氏のポリオワクチンの有効性に関する評価は概ね正しいです。ポリオワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンがあります。生ワクチンは効果が高いですが、そのワクチンそのものがポリオの原因になってしまうという重大な副作用が問題です。不活化ワクチンのほうはより安全ですが、こちらは生ワクチンよりも有効性が乏しい。

 現在は日本に天然のポリオウイルスは存在しません。長年の懸案であった不活化ワクチンもようやく定期接種に組み込まれ、ポリオの生ワクチンの副作用に苦しむこともなくなりました。
近藤氏は、ポリオはパキスタンとかアフガニスタンでしか発生していないのだから、日本で不活化ワクチンを接種するのも無意味だ、と主張します。

 一見、論理的に見えるこの主張ですが、実は間違いです。

 なぜなら世界ではまだたくさんの国で経口生ワクチンを接種しており、このワクチン自体がポリオを発生するリスクがあるからです。たくさんの外国の方が日本を行き来するグローバル化の現代において、これは看過できないリスクです。

 青が経口生ワクチンを使っている国。水色が使っていない国。2015年。米国CDCより。 https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm6425a4.htm (閲覧日 2017年11月8日)

 現在、世界では経口ワクチンから不活化ワクチンへの移行を進めています。将来的に自然界のポリオが撲滅され、また生ワクチンの使用者もいなくなることでしょう。そのときには近藤氏が主張するように、不活化も含めてポリオワクチンは不要となるでしょう。かつて天然痘ワクチンがそうであったように。しかし、今はまだその時期ではない、ということです。

麻疹で欠如している双方向性のリスク視点

 次に麻疹です。

 近藤氏は概ね麻疹ワクチンの有効性については正しく論じています。ただ、ここでもリスクを双方向的に見ていません。

 すなわち麻疹ワクチンについては「まれではあっても、脳障害のような重大な副作用が生じる」からよくないといい(38頁)、麻疹そのものについては死亡数がゼロ近くまで落ちているのだから気にしなくてよいと主張します。

 実は麻疹ウイルスそのものも、「まれではあっても」亜急性硬化性全脳炎(SSPE)と呼ばれる重大な脳の合併症を起こすのですが、近藤氏はそちらは無視しています。SSPEはほぼ全例が死に至るか機能廃絶をし、治療法もない重大な病気です。

 近藤氏が指摘するように、日本はまだ海外からの輸入麻疹に苦しんでいます。麻疹ワクチンは1回接種するだけでは効果が不十分で、2回接種しなければなりません。日本では行政制度の不備のためにきちんと2回接種していない人が多いのです。

 2回目の麻疹ワクチンは5-7歳で接種するよう勧められていますが、下の図のようにそれ以上の年齢で2回接種をしていない人がどの世代でも相当数います。これは日本では「キャッチアップ」というスケジュールを過ぎたあとの追加接種の制度を持たないことが大きな原因です。

 国立感染症研究所より。 
http://www.niid.go.jp/niid/ja/y-graphs/6416-measles-yosoku-vaccine2015.html (閲覧日2017年11月8日)


風疹の予防接種は女性だけでいいという時代錯誤

 次に風疹です。

 風疹についても、近藤氏はやはりワクチンの効果は認めています。が、先天性風疹症候群(CRS)が問題になるのは女性だけだから、女性だけがワクチンを打てばよいと主張します(41頁)。

 しかし、CRSを防ぐ責任は当然男性にもあるわけです。ワクチンは周りの接種者が増えれば増えるほど、集団全体の病気のかかりにくさが減る性質があります。いわゆる「群れの免疫」です。

 ワクチンといっても100%完全な防御能力があるわけではありませんから、ワクチンを打った女性でも風疹にかかることはあります(このことは近藤氏自身が「恐怖」で指摘しています)。ワクチンを打ってないよりもずっとかかりにくくなっているだけで。よって、周辺の男性が免疫をつけることで女性とお腹の赤ちゃんを守ってあげるのは理にかなっている。

 そもそも昔は日本でも女の子だけに風疹ワクチンを接種していたんです。近藤氏と同じロジックを使って。それでもCRSが撲滅できないから1995年以降、現在のように男女ともに予防接種をうけているわけです。前述のキャッチアップの制度が日本にないためにまだ十分な接種率になっていませんから、日本では今でもCRSが撲滅できていません。

だから、近藤氏のように根拠なく「昔にかえれ」というのは理にかなっていません。

ワクチンを止めたら、患者の増加が想定される

 次に、百日咳、ジフテリア、そして破傷風です。

 これらはまとめて「三種混合ワクチン(DTaP)として定期接種で予防する感染症です。もっとも、近年ではこれに不活化ポリオやB型肝炎など、他のワクチンも組み込んだ混合ワクチンが用いられるようになってきていますが。

 近藤氏は、やはり前述の「ワクチン導入以前から病気は減っていた」論を使って、ワクチンの必要性は乏しいと主張します。このロジックは間違っていることはすでに述べました。

 実際、麻疹とか百日咳などは、現在でも予防接種を打っていないと再び流行が起きてしまうのです。例えば、伝統的に予防接種を受けてこなかったアーミッシュと呼ばれる人たちの間で百日咳や麻疹の流行が起きています(News reporter LR and videographer TL KY3. 300 Amish people got shots for whooping cough [Internet]. [cited 2017 Nov 8]. Available from: http://www.ky3.com/content/news/whooping-cough-amish-seymour-423715413.html。N Engl J Med. 2016;375:1343-54)。

 実は、アーミッシュの人たちは宗教や思想的な理由からワクチンを拒否しているのではなく、単なる知識不足が原因だったことが最近の研究でわかっています(Pediatrics. 2011;22:2009-2599)。ですから、このような感染症の流行を抑えるために彼らにも予防接種が緊急避難的に行われました。

 私はときどき破傷風の患者さんを見ます。破傷風菌は土の中にいる菌です。日本中に存在します。破傷風の患者さんが激減したのはワクチンのおかげでもありますが、残念ながら子供のときに打ったワクチンの免疫は年とともに落ちていきます。それに、日本の高齢者はそもそも子供の時の予防接種を受けていません。

 農作業中に怪我をしないといった工夫で破傷風の予防効果はある程度はありますが、絶対的なものではありません。また、集中治療の進歩で破傷風の患者さんも救命できることは増えましたから、それも近藤氏の言う「死亡率の低下」には寄与しているでしょう。

 とはいえ、破傷風の患者さんは筋肉の異常が長く続き、集中治療室で何週間、場合によっては何ヶ月という治療を必要とします。そのようなたいへんな病気を「死亡率が減ったから予防しなくてよい」というのは誤った論理だと言わざるを得ません。

 同様のことは、これも日本に存在する日本脳炎ウイルスについてもいえます。日本脳炎患者は日本で激減しましたが、これはなんといっても予防接種のおかげです。ワクチンを打つのを止めたら、また日本脳炎の患者は増えるでしょう。決定的な治療法がなく、死亡率の高い日本脳炎。予防接種の必要性は(破傷風などと同様)とても高いのです。

健康被害に対する救済制度の柔軟な発動を

 近藤氏は「恐怖」の49頁以降、ワクチンには副作用のリスクがあることを事例を挙げながら説明していきます。

 私はもともとワクチンを「安全だ」と主張していませんし、副作用のリスクがあることも否定しません。その点では近藤氏のおっしゃるとおりです。ただ、彼がワクチンと死亡との「因果関係」を安易に断定しているのは問題です。

 ワクチンを打った>健康に問題が生じた
 は
 ワクチンを打った「から」健康に問題が生じた

とは同義ではありません。

 前者は前後関係であり、後者は因果関係です。

 問題は、前後関係と因果関係の違いを峻別するのはとても難しいということです。もちろん、難しいからといって因果関係の可能性を無視する必要はありません。

 一番妥当性が高いのは「比較」、すなわちワクチンを打ったグループと打たなかったグループで比較することです。一例一例の事例で「ワクチンを打った、健康被害が生じた」というエピソードだけでは、ワクチンと健康被害の「因果関係」を証明するのは難しいのです。近藤氏はワクチンの同時接種も批判していますが、これも前後関係と因果関係の峻別をしないで、かなり乱暴な議論をしています。

 ですから、私は常々、因果関係を証明できなくてもある程度の妥当性があれば健康被害に対する救済制度が発動されるようなしくみを作ることを主張しています。

 そうしなければ、ワクチンを打った方々は因果関係があるのかないのかも分からないまま、救済されない不安も抱えなければなりません。科学の専門家でない方が、ただでさえ難しい科学的因果関係を証明するのはとても大変なのです。もちろん、医学の専門家でない弁護士や裁判官にできる仕事でもありません(だから、ワクチン被害の問題を裁判で解決するのは根本的に間違っています)。
(続く)


岩田健太郎(いわた・けんたろう)
神戸大学都市安全研究センター感染症リスクコミュニケーション分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授
同大学医学部附属病院感染症内科および国際診療部

医療ガバナンス学会発行「MRIC」2017年12月13日より転載