ジェシカ・チャステインの装いが意味するものーー『ユダヤ人を救った動物園』が描く勇気と正しさ

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 ジェシカ・チャステインの代表作といえば『ゼロ・ダーク・サーティ』がいちばんに挙げられるだろうが、個人的には『ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜』のシーリア役を推したい。本作『ユダヤ人を救った動物園 アントニーナが愛した命』のヒロインのアントニーナは、ジェシカのハマり役だったシーリアを彷彿とさせるところがある。国も時代も直面する問題も違うのだが、きれいにセットした髪、肌の露出が多めのフェミニンな服装やメイク、そして、周囲と異なる雰囲気を醸し出す(悪く言えば浮いている)女性であることを強く意識した立ちふるまいが共通しているのだ。

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 シーリアは1960年代のアメリカ南部の邸宅で暮らすまだ子どものいない妻という設定で、保守的なミセスが幅を利かせる町でよその土地から来たマリリン・モンローのような彼女はひどく浮いていた。一方のアントニーナは夫のヤン(ヨハン・ヘルデンベルグ)とともに動物園を営み、地に足をつけて生活している1児の母である。にも関わらず、所帯じみたところがなく、若々しさをキープし、おそらく独身時代とさほど変わっていないのだろうと想像させる。園長夫人ではあるが飼育員としての仕事もこなすので、服は汚れるし、スカートでは働きづらいに決まっている。いや、そんなことより、そもそも彼女が生きる時代は1930年代のナチスドイツ占領下のポーランド、ワルシャワなのだ。いつ死んでもおかしくない切迫した状況であるのに、彼女はスカートを穿き、毎日違うコーディネートをし、ヘアメイクに気を使い、誰よりも華やかに美しく佇んでいる。

 ホストとしてヤンとアントニーナ夫妻が館で開いた冒頭のパーティ・シーンでは、エレガントなドレスに毛皮を纏い、パールやヘッドドレスで顔まわりを飾った淑女たちのなかで、アントニーナはひとり異質の装いをしている。胸元も背中も深く開いたトップスに白いカチュームをつけ、セクシーな魅力をふりまく。そのパーティの途中で彼女は瀕死の子象を助けにいくのだが、髪を振り乱して必死の形相で子象に蘇生処置をしているが、襟ぐりの深いトップスからいまにも大きな胸がこぼれそうで、思わず子象の生死よりそちらのほうに目が行ってしまう。

 アントニーナから平穏な暮らしを奪い、手塩にかけて育ててきた動物たちを殺した忌まわしい存在であるヒトラーの御用学者ルーツ・ヘック(ダニエル・ブリュール)と対峙する重要なシーンでも、アントニーナは服装を意識している。紅い口紅を引き、コートの下には背中がシースルーになった白いノースリーブのトップスを着て、頭には白いリボンをキュッと巻きつける。ここでもアントニーナは彼女らしくいる。さらに、鏡に映る自分を入念にチェックしながら、自分が相手にどう見られるかに思いを巡らせて身じたくを整えているように見える。明らかに自分に気があり、権力を笠に着る男の元にたったひとりで向かえば、どんな展開になるか。そんなシチュエーションを充分に意識して服装を選んでいる確信犯的なところがある。

 このようにアントニーナのフェミニンなファッションは全編を通して異彩を放っているのだが、彼女は場面に応じて意図的にセクシーに見せることもしてしまうような肝の据わった女性でもある。また、そうやっておしゃれに意識を向かせることはアントニーナにとって異常な環境下で心のバランスを保ち、自分を守る術だったようにも思える。

 本作はダイアン・アッカーマンによる同タイトルのノンフィクション(亜紀書房、青木玲訳)を基に製作されている。動物園の園長のヤンとアントニーナのジャビンスキ夫妻は、強制隔離されていたゲットーからユダヤ人を助け出し、『シンドラーのリスト』のオスカー・シンドラーや日本人外交官の杉原千畝のように、延べ300人の人々の命を救った。比較できることではないが、当時のポーランドの状況や社会的な地位を鑑みると、ジャビンスキ夫妻のほうがより命の危険が迫っていたかもしれない。

 実際のアントニーナも映画同様におしゃれ好きでスカートを好み、動物を愛する穏やかな性格の主婦だったそうだが、そんなごく普通の主婦が、当時ユダヤ人にグラス1杯の水を差し出しただけでも殺されたポーランドで、ユダヤ人を、それも多大な人数を助けたのだ。はじめにこの計画を思いついたのは夫のヤンだったかもしれないが、アントニーナは一切異議を唱えることなく夫と同様に危険を冒し、常に恐怖に怯えながらもひとりで館に滞在したユダヤ人たちを全力で守った。その史実の重さに打ちのめされるのと同時に、ジャビンスキ夫妻の行動は賞賛の言葉をかけることすら畏れ多いほど、彼らの勇気と正しさにただただ敬服する。

 幸運にもヤンの手を掴めたおよそ300人の人々のうち、実際に動物園を出てからゲシュタポに捕まり、殺されてしまったのは劇中ではっきり描かれる2人の女性だけではなかったが、園長夫妻が助けたほとんどの人々が終戦を迎えることができたという。映画では描ききれなかった部分もわかる原作本を併せて読まれることをおすすめしたい。アントニーナの暮らしぶりがより細かく書かれ、またジャビンスキ夫妻だけでなくたくさんのポーランド人が、体制に迎合することなく、友人や隣人のみならず見ず知らずのユダヤ人をひとりでも多く救うために、死を覚悟で行動していたことも綴られている。(古閑万希子)