江戸料理の味を現代風に。この冬一番丁寧であったかい「ねぎま鍋」

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フードライター・森脇慶子が新店を訪れ、本当に美味しいと思った味を厳選して紹介する連載7回目は、昨年惜しまれつつも80余年の歴史に幕を下ろした江戸料理の名店「なべ家」の名物“ねぎま鍋”の味を引き継ぐ北池袋「ねぎま」を紹介。本物の味に出会いたい人必読。

【森脇慶子の新店開拓・第7回 ねぎま】名店の味を引き継ぎ生まれた新たな「ねぎま鍋」がここに


 

いきなりだが、「ねぎまの殿様」なる落語の一席をご存じだろうか。 さるお大名が向島へと雪見に出掛けた道すがら、辺りから漂ってきた「珍なる香り」に誘われ、お供が止めるのも聞かずに立ち寄った煮売屋(一膳飯屋のようなもの)で、下々が食しているものを所望。いたくお気に召した料理がなんと、ねぎま鍋。当時は、青ネギと血合いや骨付きのままのまぐろの切り身が入った極めて庶民的な鍋で、江戸時代後期、長屋住まいの熊さん八つぁん達には、馴染みの深い冬の味だったようだ。今では、高級魚として人気の高いマグロだが、昔は下魚。今の金額に換算して、なんと一尾7〜8,000円。900円も出せば、大人3人が十分満足できる量を買えたそうだから、まさに二足三文の安さだったのだろう。中でも、脂の強いトロの部分は敬遠され、畑の肥やしにしていたほど。

今の感覚からすれば何とももったいない話だが、冷蔵庫の無かった時代、それも宜なるかなだろう。そんな猫またぎのトロを、どうにか美味しく食べる手段として生まれたのがねぎま鍋というわけで、本来は、醤油やみりんなどですき焼きのように甘辛く煮付けたものだったようだ。

この江戸庶民の味を当節風にアレンジ。現代人の嗜好に合わせた“ねぎま鍋”を看板に、今夏、北池袋にオープンしたのが、ここ「ねぎま」だ。ねぎま鍋といえば、去年の6月、惜しまれつつ80余年の歴史に幕を下ろした江戸料理の名店「なべ家」のそれを思い起こす食通も多かろう。実は、この店の女将は、同店で9年間も仲居を務めていた経歴の持ち主。

「なべ家の味を無くしたくない」その一心で生まれた新たな名店


「『なべ家』さんの“ねぎま鍋”の味を無くしたくなかったんです」との言葉通り、この老舗の名物を、今に残したい一心でねぎま鍋の店を始めたそうだ。ちなみに「なべ家」では、厨房に入ったことはなかった女将だが、元来の料理好き。何度も客として(「なべ家」に)ねぎま鍋を食べに行っては試行錯誤を繰り返し、舌で覚えた味を独学で再現。「開店前に『なべ家』のご主人と女将に試食して頂いて、合格点を頂きました」とのことだ。

鰹だしの旨みがしっかりと口に広がる江戸前の卵焼きは必食


ねぎま鍋のみのコースもあるが、小皿3品と六合のぶっかけそばがつく“ねぎま鍋おすすめコース”がスタンダード。炭水化物はちょっと、という方には、そばの代わりに燻製盛り合わせが付く“ねぎま鍋と燻製付きのコース”がいいだろう。小皿の内容は日替りだが、卵焼きは定番。それも、流行りのだし巻きではなく、甘辛味のしっかりした江戸前の卵焼きだ。

一枚焼くのに卵を10個も使うそうで、写真の一切れで約1個分の卵を使っていることになる。醤油と砂糖の甘辛い味を陰で支えているのが鰹だし。やや甘さを控えめにしているそうで、ジワッと広がる旨味が後を引く佳品だ。

「柿と椎茸の白和え」「牡蠣の茶碗蒸し」と季節の味が出た後に六合(くに)そば。そして、いよいよ“ねぎま鍋”の登場である。

黄金色に輝くだしに滲み出るマグロと野菜の旨み


鍋に張られた黄金色のだしから立ち上るふくよかな香りが、まず、素晴らしい。思わず深呼吸してしまうほどだ。江戸流に昆布は一切使わず、酒と水、鰹節のみでとる鰹だしは、シャープながら奥行きのある旨味が特微だ。

具は、メバチマグロのカマにせりとネギ、そして生わかめ。本マグロに比べ脂は薄いものの、かえってさっぱりと頂ける。カウンター8席のみの小さな店ゆえ、鍋は女将が全て面倒を見てくれるのも嬉しい配慮。

絶妙のタイミングで火を入れたマグロのカマは、ホロリと口中で解ける柔らかさ。カマ特有のゼラチン質のもっちりした食感やだしのコクとも相まって、知らず頰が緩むはず。

忘れてはならないのは名脇役・黒胡椒


また、全体の味を引き締める名脇役は黒胡椒。だしをたっぷり吸ったわかめが良い口直しになっている。

さて、締めは、新潟コシヒカリの土鍋ご飯。炊きたてのご飯は、まず、そのままで一口食べたくなるほどツヤツヤピカピカ。

これに、豊かな香りをだすため、一粒ずつペンチで潰した黒胡椒を振り、鍋のおだしをたっぷりかけて汁かけ飯に、が「なべ家」から受け継いた当店流の食べ方だ。

女将によれば、「江戸時代の料理書『名飯部類』で紹介されている胡椒飯が原型」だそうで、黒胡椒の香りも高く、キリリとした辛味が爽快感を添える妙品だ。このフルコースで3,500円!は、まさにお値打ち。だしがなくなり次第終了ゆえ、予約をしてから出かけたい。


取材・文:森脇慶子


撮影:松園多聞