あなたの行動も知らぬ間に「追跡」されている(写真:Getty Images、デザイン:新藤 真実)

「ここぞというプレゼンテーションだったのに、大恥をかいた!」。そう言って憤まんやる方ない様子なのは、ある女性起業家だ。プロジェクターを使ってあるサイトを見せながら事業プランを説明しようとしたところ、セクシーなブラジャーのインターネット広告がいくつも画面に表示されたというのだ。

彼女のビジネスは下着とは無関係。原因はプレゼンの前週に、新しい下着を買おうとインターネットの通販サイトを物色したこと。プレゼンで表示されたのは、その行動に基づいた広告だった。しかしよりによって、取引先の男性が多数いる会議室でブラジャーを表示するとは、ネット広告もなんとKYなことか。

閲覧履歴を基に表示する「リタゲ広告

彼女に表示されたのは、「リターゲティング(リタゲ)広告」と呼ばれるネット広告の一種だ。インターネットブラウザに保存されている「クッキー(Cookie)」と呼ばれるデータを使い、過去の閲覧履歴を基に広告を表示する。消費者の関心にある程度沿った広告を見せられるため、購入に至る確率が高いという。


消費者にとってリタゲ広告は、功罪相半ばする存在だ。関心のある商品が自動で表示され、クリックすると詳しい情報や購入サイトに導かれるのは便利。だが、閲覧する先々のサイトで特定の広告が出てくると、まるで広告にストーカーされているようで不快に感じる人がいる。冒頭の下着のように、軽々には表示してほしくない商品もある。

写真は記者が日ごろ使っているブラウザ上で、ある全国紙のニュースサイトを開いたところ。トップにはアマゾンの広告として、書籍が3冊表示されている。どれも記者が最近検索した本そのものか、その内容に似た本だ。


ブラウザ上に表示された広告。どれも記者が最近検索した本だ(全国紙のニュースサイトから編集部抜粋)

幸いどれも「お硬い」本だったからここで見せても不都合はない。だが日ごろ読んでいる本の中には、家族に見せるのも恥ずかしい趣味の本や、健康の悩みを反映した本もある。そういう本のリストは人に見せたくないし、広告表示などしてほしくもない。自分でこっそり検索するだけで十分だ。

書籍の閲覧履歴は、個人の思想信条や趣味嗜好を反映したデリケートな個人情報。だから日本の図書館行政では、貸し出し履歴は極めて慎重に取り扱ってきた。書籍ほどではなくても、「どんな商品・サービスを購入しようと思っているか」はプライベートな領域であり、誰だって第三者に勝手に知られたくない。

行動追跡されない3つの方法

リタゲ広告に行動追跡されない方法は、実はいくつもある。1つ目は、リタゲ広告を配信している企業のサイトで「オプトアウト」の設定をすることだ。たとえば前述のアマゾンの場合、「広告表示の設定」というページで、「パーソナライズド広告を表示する/しない」が選択できる。またグーグルの場合は「広告設定」というページで、「サイトやアプリで広告をパーソナライズし、そのデータを保存する」という項目のチェックを外せばよい。


アマゾンの「広告表示の設定」ページ(アマゾンのHPから編集部抜粋)

ただこの方法は、複数の企業のサイトでひとつひとつ設定を変更しなければならない。より手間が少ないのは、クッキーデータを残さないようにブラウザの設定を変更すること。これが2つ目の方法だ。クロームやインターネットエクスプローラーなどブラウザの設定画面には、クッキーを削除するオプションが必ずある。注意点は、クッキーは自動ログインにも使われているため、削除の仕方によっては次回のサイト閲覧時にパスワードを再入力しなければならない場合がある。

3つ目の方法は、アドブロックと呼ばれるツールやアプリを使うことだ。最も有名なのは、ドイツのIT企業アイオの「アドブロックプラス」。ブラウザの種類ごとにツールが無償提供されている。アイオはスマートフォン向けにアドブロックできるブラウザも提供している。どちらも、特定の企業の広告をブロックせずに表示させるといった細かい設定が可能だ。アドブロックは世界で6億台以上のパソコン、スマホに導入されている。

アップルがリタゲ広告対策

またアップル製品のユーザーは、これらの対策を講じなくてもリタゲ広告にわずらわされなくなっている。アップルのブラウザ・サファリに今秋、広告企業がクッキーを自由に利用できないようなアップデートが行われた。iPhoneユーザーでもクロームなど他社のブラウザを使っている場合はリタゲ広告が表示されるから、広告を見たくないという人はサファリに切り替えるのが効果的だ。

アップルがクッキーの利用を制限するのは、米国におけるリタゲ広告への厳しい風当たりを反映したものだ。2009年に米ペンシルベニア大学とカリフォルニア大学バークレー校が行った調査では、消費者の66%が自分の関心に応じた広告配信を望まず、84%がリタゲ広告のような行動履歴に基づく広告を拒絶するという結果が出ている。


実際に、広告のためにクッキーデータを収集した企業に対するクラスアクション(集団訴訟)も何度も起こっている。欧州でも、企業がクッキーデータを利用するには事前に、消費者の同意を得なければならなくなっている。アイオのベン・ウィリアム氏(広報担当)は「アドブロックの世界的な普及を、史上最大規模の消費者によるボイコット運動だと指摘する声もある」と話している。

関心ある商品が自動表示されるなど、広告は消費者にとって便利なものでもある。またメディアにとっては、収益源のひとつにもなっている。記事で紹介したような対策を使ってリタゲ広告を消すかどうか。さて、あなたはどうするか。

週刊東洋経済12月23日号(12月18日発売)の特集は「ネット広告の闇」です。