暗号通貨とブロックチェーン技術について、初等的な勘違いをネットでよく目にします。1つ典型的なのは「チューリップを抜いた!」という報道です。

 欧州中央銀行のコンスタンシオ副総裁の言葉が引き金となったようですが、一定の意図を感じます。どういうことでしょうか?

 17世紀、オスマントルコと対立していた欧州は、“先進的なトルコ”から文物の流入が激しかった。中でも「チューリップの球根」が大流行して高値を呼び、1634年から37年3月にかけては人類史上最大の「急騰」=50倍近くの値をつけた直後に急落します。

 ビットコインは3年ほど前、高々数ドルだったものが今や一時2万ドル近い価格をつけ、今週になってから見る報道でも「1万ドル」と書いてあるものがありますが、相場に追いついていません。

 400年前のチューリップより・・・という、とってつけたようなお話が喧伝されている。

 ちなみにこの時期の欧州の食卓は茶色っぽいものでした。それがイスラムの影響で野菜サラダなどカラフルな食べ物が並ぶようになり、やはりイスラムの影響でヨーロッパ人が歯を磨き始めるのは、さらに約100年ほど先のことになります。

 あるいはミシシッピ相場というのもおまけにくっつけられることがあります。まだ米国が独立する前の18世紀、1716〜20年にかけて、アメリカ開拓がフランスで過剰投資のバブルを産み、株券が30倍からの高値を呼んだ直後破綻した・・・。

 これらはみな「急騰したが破綻した」という300〜400年前の世間が知らないケースを引っ張り出してきて、喧伝しているものに過ぎません。

 ミシシッピ相場は日本で言えば「暴れん坊将軍」徳川吉宗の「享保改革」期、チューリップ・バブルに至っては3代将軍家光が林羅山に命じて武家諸法度を改めさせ、大名行列(参勤交代)が義務づけられた頃のお話で、数字の比較自体に意味があるか、まず怪しい。

 さらに言えることは チューリップも株券も「モノ」だということです。

 ここではビットコイン・暗号通貨を「法定通貨」ではない「モノ」と見なす立場を取っている。でも実際には正貨とも暗号通貨同志でも換金・両替が可能な「おかね」を、このようにモノ扱いしても、議論は筋違いになります。

 仮に比較するなら、金相場であればまだ意味があります。金はどんな通貨とも「換金」できる「お金」、もっと言えば、兌換紙幣に裏書きを与えた価値指標そのものですから。

 1970年代末から80年にかけて、金相場は急騰します。1キロ250ドル程度であったものが800ドルを超えますが、この大きな背景には為替のフロート化が存在しています。

 本位通貨という形で金の保有量が経済成長の足を引っ張ると恐慌が発生します。

 マネタリズム政策は通貨供給量を調整して1960年代のスタグフレーションを克服しますが、ではお金自体の価値はどのようにモノと紐づけされるのか?

 金価格の高騰はバブルと言うより金に通貨がどれだけ紐づけられたか、と考えるべきものです。

 ビットコインの時価総額は、すでに3000億ドル(〜33兆円)に迫り、トヨタ自動車(約22兆円)とNTT(約11兆円)を合算したほどにまで拡大しています。

 国家に紐づけされない<超域通貨>の急激な財貨吸収に、欧州中央銀行が牽制球を投げるのは当然といえば当然ですが、それは「中央銀行」の利害が露骨に反映していることを見なければ、意味がありません。

 チューリップの球根はしばらくすると花が咲いて腐り、ミシシッピの株券は事業が失敗すれば紙くずですが、金がいつまでも金であるように、暗号通貨は「情報」なので、腐ったりせず、いつでも「モノ・カネ」との交換が可能です。

 こうした暗号通貨(ビットコインと言った方が分かりやすいと思いますが、それ以外にも様々な暗号通貨が発行されています)の本質的な革新性を理解できないとすると、これは相当痛い。

 法定通貨の価値目減りを懸念して「モノ」扱いしているブラフと読めなければ、今後、必ず発生する「金融崩壊」の中で沈没してしまうに違いありません。

 今の金融の形態はそんなに長く持ちません。全部変わります。

 これは技術から金融を理解している人が共有している基本前提で、「法定通貨可愛さ」で誤魔化しても、早晩行き詰まるだけでしょう。

 ビットコインを国民国家中央銀行発行券の電子代替物(未満)と見なすのは、重要なポイントをすべて見落とすのに等しいと思います。

 これを先端情報経済の問題として端的に示すには、エドワード・スノーデンのケースを取り上げると分かりやすいと思います。

 CIA(米中央情報局)の元局員であるスノーデンは2013年6月、米国情報機関の個人情報収集の手口を暴露し、当局から逮捕状が出されます。

 同年8月、スノーデンはロシアから滞在許可を得て現在も逗留、勇気ある行動に対して2014年1月にはノーベル平和賞の候補に推されるといった経緯があります。

 昨年6月、弁護士有志のグループが主催して、ロシアのスノーデンとネットで結ぶ国際学術シンポジウムを東京大学福武ホールで開きました。一応大学側の担当者として主催者サイドから参加しましたが、よい催しだったと思います。

 この折の模様を含むやりとりは集英社新書から「スノーデン 日本への警告」として公刊されていますので、ご興味の方はご覧になってみてください。

 さて、ここで問題はスノーデンだって人間ですから霞を食べては生きていけません。様々な意味で日常生活を送っていますが、彼が得る収入の一部は、暗号通貨建てで送金されている。ここに注目していただきたいのです。

 各国中央銀行の観点などでは、こうした仮想通貨の本質的新規性が死角に落ち込んでしまう場合がありますが、それではノートPCを見てまな板の仲間と思うようなもので、もったいないです。

 唯一超大国の情報不正に正面から個人が歯向かう・・・。

 なかなかできることではありませんが、そんな挙に出たスノーデンが、滞在許可を得たロシアで収入を得続けるうえで、どの国の中央銀行の発行券でもなく、コミュニティの承認によって成立している「超域通貨」ビットコインなどの暗号通貨で生命を維持しているというのは、きわめて示唆的な事実と言わねばなりません。

 かつて「移民」の問題は、就労の許可、地域社会での雇用などと切っても切り離すことができなかった。

 多くのヘイトの問題は、単純労働者として入ってくる移民を、労働層が排撃する形で生まれますが、ネットワークはこうした古典的な対立関係を変質させています。

 「一時的な入国」で、現地就労が現実問題として不可能なスノーデンのような人物が、暗号通貨によって長期にわたって「一時的な入国」で生活し、国際的に活動し続けることができる・・・。

 こういうことは、かつては不可能でした。歴史に「IFを言う」のは野暮ですが、極端な話、1933年のナチス党政権奪取の折、もしネットが存在していたら、状況は変わっていたに違いありません。

 これはあながち空想ではなく、ネットが発達した2018年に、ナチス党同様の政治勢力が力を持ってしまったら・・・という問題として、ドイツを中心に欧州で活発に議論されている話題の1つにほかなりません。

 スノーデンの例を挙げたのは、別に米国を批判したいとか、ロシアがどうとかではありません。国家という存在が必ずしも中立でないケースで、「超域通貨の人道的運用の可能性がある」ということです。

 年来、こうした一般論を私はボストンやベルリンで強調するようにしています。

 その分かりやすい例として「ロヒンギャ」の問題を考えてみたいと思います。

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21世紀の民族浄化

 2016年10月以降、激化しているミャンマー西部での「ロヒンギャ掃討」については、報道も増え、日本国内でも問題の存在が周知されるようになってきました。

 この「虐殺」は何とも皮肉なことになっている。弾圧側に、かつては非暴力民主化運動の指導者としてノーベル平和賞(1991)も受けた、アウンサンスーチー国家顧問・外相・大統領府相が加担しているのが痛いところです。

 スーチー氏率いる国民民主連盟は2015年の総選挙を制し、財務官僚出身、慈善運動家として高校の同級生だったスーチー女史の側近を長く務めたティン・チョーを(向かい風の強いスーチーの代理として)大統領にいただく現政権が、2016年3月に成立します。

 実質的な「アウンサンスーチー」政権下の同年10月、まず「ロヒンギャ」を名乗る武装集団による警察襲撃などがあり、その「掃討」を口実に、ミャンマー軍が「ロヒンギャ」を攻撃。兵士によるレイプなど最悪の展開が国際社会に知られるや、矢の非難にさらされます。

 それを否定するつもりなのでしょうが「ミャンマー軍兵士がレイプするには、ベンガル人はあまりに汚らわしい」といったミャンマー現地政治家の発言が端的に示すように、両者の間の対立は昨日今日のことではありません。

 ミャンマー西部のラカイン州(旧アラカン州)はバングラデシュ側に突き出たような形をしています。

 ここではベンガル系=分かりやすく言うと「インド人」アーリア系の顔をした住民と、スーチー女史自身もそうですが、日本人と言っても不思議ではない<東洋人>の顔をした人々が近接、緊張対立しながら居住してきました。

 そして、数百年来、衝突を繰り返してきた歴史があります。

 バングラデシュは1971年にパキスタンから独立しましたが、このパキスタン自身、インドでのヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立を背景に第2次世界大戦後、英国領インド帝国から英国国王を元首にいただく連邦王国の1つとして「独立」し、共和制に移行したのち幾度も「印パ戦争」を繰り返した歴史は、周知のとおりかと思います。

 インド・イスラム地域として東の飛び地だったベンガル地域は、宗教だけの理由で切り離しておくことができず、結局「ベンガル人の国」バングラデシュとして独立します。

 しかし、経済的には世界で最も厳しい状況にある国家で、自爆テロリストの供給源になってしまっているのも事件のたびに報道されるとおりです。

 そうした窮民を救済するため、グラミン銀行のマイクロファイナンスが誕生、2006年には創設者のムハンマド・ユヌスとともに。これまたノーベル平和賞を受賞しています。

 そんなベンガル人イスラム教徒が「東洋系の顔」をした地域=ビルマ(現ミャンマー)と境を接した地域で、「武装仏教徒勢力」に殺戮され、難民キャンプに避難している状況で、この人たちに、どのような経済支援の手を差し伸べることができるか?

 ここで、本稿の主題である仮想通貨、とりわけどの国家の信用とも独立して存在する超域的な暗号通貨は、独自の働きをすることが期待されています。

 紛争後地域が本格的な経済復興を達成するには5年、10年という時間が必要です。しかし、ライフラインに加えて最低限のインフラで、モバイルPDAは作動し、窮地にある人々を平和な経済圏に、いながらにして導き入れる道が開かれます。

 極端な話、寄付だって、途中の不透明な媒介を経ず、直接届けることができる。

 日本の10円、100円という価値は、こうした地域では大変な価値を持ちます。私もかつてアフリカの某地域に10万円寄付したことがありますが、日本では考えられないほど幅広に活用してもらい、嬉しい驚きを経験しました。

 国家と中央銀行のコントロールを超えた「通貨」などと言うと、危なっかしいリバタリアンと思われるかもしれませんが、全地球規模で見たとき、こうした問題に直結し得るエリアとして、中東、アフリカ、ラテンアメリカと極東の紛争地域を挙げることができるでしょう。

 すでにカンボジア政府は、暗号通貨のシステムを全面的に導入しています。これは私もよく知る企業の仕事で、私たちの大学院に籍を置く技術者が中心的な役割を果たしています。

 紛争後地域や難民救済、貧困撲滅や南北問題の解消に、一般論としての「ブロックチェーン」ではなく、もっとダイレクトに「暗号通貨」が、広範に役立つよう、様々な準備が進んでいます。

 日本国内で、もっぱら投機の対象としてビットコインを見るとか、あるいは「だからダメだ」などと烙印を捺すとか、そういうことでは、トラストレスの価値システムという、超域暗号通貨の価値の本質にはかすりもしません。

 お金が儲かる、という話ではなく、ボストンでもMITなどからの反応はほぼゼロですが、ハーバード大学と協力して地味にこの仕事を続けている1人として、暗号通貨がサステナブル・デベロップメント、国連SDGsが羅列する目標群を貫く、最も有望な可能性の源泉であることを、大学人としても付記しておきたいと思います。

筆者:伊東 乾