2017年12月6日、予測不能なトランプ大統領の衝撃的な発言がまた世界を揺るがすことになった。米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転するという声明である。

 1995年に米国議会で「エルサレム大使館法」(Jerusalem Embassy Act)が可決してから22年経つが、クリントンからオバマに至る歴代の大統領が、いずれも決定を先送りしてきた。その問題にケリをつけようというわけだ。「アメリカ・ファースト」のスローガンのもとに、前政権の政策を否定し独自色を出すことに差別化の源泉としているトランプ大統領ならではの決定である。

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イスラエルにとっては大きな贈り物

 だが、選挙公約の実現としてエルサレムをイスラエルの首都と認めるという方針は、寝た子を起こしてしまったといってよい。

 エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとっての聖地である。それを考えれば、イスラーム諸国だけでなく、イスラーム世界を肌身をつうじて知っている欧州各国が英国も含めてトランプ大統領の決定を批判するのは当然だ。

 トランプ大統領になってから、自由貿易に関する「TPP離脱」、環境問題に関する「パリ協定離脱」といった「離脱」が続いてきたが、それに加えて、新たに「移転」が大きな問題として浮上してきたことになる。

 もちろん、イスラエル側から見たら米国の決定はウェルカムであろう。1948年の建国から来年で70年になるイスラエルにとって、米国大使館の移転は大きな贈り物となる。

 イスラエルはエルサレムを首都と定め、政治機能を集中させている。一方、テルアビブには米国大使館をはじめ世界中の大使館が置かれ、国際的には実質的な首都と見なされてきた。だが、残念ながら日本ではテルアビブが報道で取り上げられることがきわめて少ない。そこで今回は、テルアビブとエルサレムというイスラエルの2大都市を比較しながら、現代イスラエルを理解するためのヒントについて考えてみたい。

テルアビブとエルサレム〜イスラエル二都物語

 テルアビブからエルサレムへの大使館の移転は、日本でいえば本社を大阪から京都(あるいは奈良)に移転するようなものだ。

 比喩としてはやや突飛に聞こえるかもしれないが、西に向かって瀬戸内海に面した商都・大阪と、内陸にある千年の都・京都という対比は、イスラエルの2大都市についてもあてはまる。つまり、西に向かって地中海に面しているのが商業都市テルアビブ、内陸にある5千年の古都エルサレムの対比になる。

 人口規模でみれば、テルアビブは40万人強のイスラエル第2の都市、エルサレムは93万人強で第1の都市である(実際は、大阪のほうが京都より歴史は長く、しかも人口も多いので、その点は大目に見ていただきたいが)。

 都市の性格としては、海に向かって開放的なテルアビブが「世俗都市」であるのに対し、内陸の丘陵地帯に位置しているエルサレムは閉鎖的な「宗教都市」である。この対比で考えると、大使館のエルサレム移転のもたらす意味が理解できるのではないだろうか。

テルアビブとエルサレムの位置(Googleマップ)


 エルサレムの教会で12月24日に行われるクリスマスミサが、日本でも毎年ニュース映像としてテレビで取り上げられる。聖地エルサレムには、キリスト教各派の教会がある。さらにユダヤ教徒にとっての「嘆きの壁」だけでなく、イスラム教徒にとっての聖地、アル=アクサー・モスクの「岩のドーム」もある。預言者ムハンマドがそこから昇天したと伝えられる、三番目に重要な聖地である。

 宗教学者・植島啓司氏の著書『聖地の想像力』(集英社新書、2000年)によれば、聖地の条件には9カ条あるという。その最初の2つは次のようなものだ。「聖地はわずか一センチたりとも場所を移動しない」「聖地はきわめてシンプルな石組みをメルクマールとする」。ユダヤ教とキリスト教、イスラームという世界の三大一神教のぞれぞれにとって、エルサレムが聖地である理由はそこにある。

 実際に訪れてみれば分かるが、エルサレムの旧市街は迷路のような構造であり、高層ビルが建ち並ぶテルアビブの都会的で開放的な雰囲気(下の写真)とは真逆といっていいほどの違いがある。

高層ビルが立ち並ぶテルアビブの夜景(出所:Wikipedia)


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の写真をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51865 )

湾岸戦争の翌年に訪れたイスラエル

 ここで参考のために、私自身のイスラエル体験について語っておこう。

 休暇でギリシャに滞在中、ふと思い立ってイスラエルに行ってみることにした。今から四半世紀前の1992年7月のことだ。湾岸戦争(1991年1〜2月)とソ連崩壊(91年12月)の翌年である。パレスチナとの分離壁が建設される以前のことである。

 湾岸戦争が米国の勝利で終わり、この機会を逃したらイスラエルに行くことはあるまいと思ったのである。湾岸戦争では、イラクがイスラエルに向けてスカッドミサイルを発射し、テルアビブでは死傷者も出ていた。

 ギリシャからイスラエルへの距離は、空路でも海路でも意外と近い。

 空路ならアテネからテルアビブまで飛ぶことになる。2時間程度のフライトだ。ちなみにアテネからエジプトのカイロまでの時間距離も約2時間である。西洋文明の源流となった3つの古代文明、すなわちエジプトとギリシャ、そしてイスラエルは東地中海に集中しているのである。

 テルアビブ空港といえば、いまから45年も前の話になるが、日本赤軍による1972年の乱射事件を想起する人もいるだろう。

 そういう余計な知識があると、日本人だと特別にマークされるのではないかと危惧するものだが、実際の入国審査はあっけないほど簡単に終わる。むしろ入国審査よりも出国審査のほうがはるかに厳しい。1人目の係官による質問のあと、まったく同じ質問が2人目の係官からなされるからだ。矛盾点がないかダブルチェックするためである。

 さて、入国審査が終われば、テルアビブ空港からエルサレムまではクルマで1時間ほどだ。私はエルサレムを拠点にイスラエル各地を回ることにした。数日あれば国内を回ることは十分に可能だ。英語のツアーなら安いし、現地で購入すればよい。

 観光地としては、かの有名な死海や、新訳聖書関連ではイエス・キリストの生誕地ベスレヘムやガリラヤ湖、旧約聖書関連ではマサダ要塞跡など聖書にまつわるものが多数ある。このほか集団農場キブツに宿泊するツアーや、レバノン国境付近のゴラン高原へのツアーもある。そのいずれにも参加したが、米国や欧州からのキリスト教の聖地巡礼ツアーがきわめて多いことを知った。

 そのすべてについて触れると長くなるので、ここではテルアビブとエルサレムの違いに絞って書いておくことにしよう。

 テルアビブは、米国西海岸カリフォルニア州のロサンゼルスのようだ。ビーチで有名なサンタモニカのような感じといったらいいだろうか。違いはライフルを肩にかけた兵士たちがいることだ。男女ともに国民皆兵のイスラエルでは、兵士の姿は日常の風景に溶け込んでいる。

『グローイング・アップ』(1978年)という青春映画がある。日本でも大ヒットしたシリーズ映画は、1950年代のアメリカのヒットソングが流れるのでハリウッド映画だと思っている人がいるかもしれないが、実はイスラエル映画なのだ。1950年代のテルアビブが舞台である。もちろん、映画公開からすでに40年、背景の50年代はすでに60年近い昔の話であり、私が訪れた1992年のテルアビブは、すでに高層ビルが立ち並ぶ大都市であった。現在ではさらに発展しているようだ(参考:現在のテルアビブの街並みを撮影したYouTubeの映像。英語、字幕なし)。

正統派ユダヤ教徒が闊歩するエルサレム

 世俗都市テルアビブと著しいコントラストを示しているのが、宗教都市エルサレムだ。

 エルサレムでは、もちろんライフルを肩からかけた兵士も目にするが、特に目につくのが、真夏でも黒い帽子をかぶってヒゲともみあげを伸ばし、黒ずくめのスーツに身を包んだ男たちである。彼らは「超正統派」のユダヤ教徒だ(下の写真)。子だくさんのため、現在では宗教都市エルサレムの人口の3分の1は超正統派が占めているといわれる。

「超正統派」のユダヤ教徒(出所:Wikipedia)


 エルサレムに多い超正統派のユダヤ教徒は、テルアビブよりもむしろニューヨークやロンドンで目にすることが多いかもしれない。中東欧にルーツをもつ人たちで、移民先でもかたくなに「伝統」を守り続ける生活を送っている。

 ここで想起するのは、トランプ大統領の娘婿で、大統領の意志決定に多大な影響を与えているといわれるキーマン、大統領上級顧問で実業家のジャレッド・クシュナー氏のことだ。

 クシュナー氏は、超正統派ではないが、「現代正統派」のユダヤ教徒だ。現代正統派ユダヤ教は、近代的価値観と世俗教育を重視するが、戒律重視の生活を送ることに関しては、あくまでも「正統派」であることに変わりない。

 結婚を機にユダヤ教に改宗した妻のイヴァンカ・トランプ氏ともども、安息日には執務は行わないなど戒律を厳格に守っている。クシュナー氏は、イスラエルとの太いパイプをもった人物であり、米国大使館移転に関して大統領に影響力を行使したとされる。

 また、米国の保守派キリスト教徒のなかには「エヴァンジェリカル(福音派)」と呼ばれる人たちがいる。彼らはイスラエルの熱狂的な支持者でもある。米国のマイク・ペンス副大統領はカトリック右派だが、きわめてエヴァンジェリカルに近い立ち位置だと自ら公言している。ペンス副大統領もまた、米国大使館のエルサレムへの移転を支持しているという。

 ということはつまり、仮にトランプ大統領がロシア疑惑がらみで弾劾され退陣し、副大統領が大統領に昇格する事態が発生するとしても、中東情勢の複雑化が解消されることはないと考えなくてはならない。

まずは行ってみるべきイスラエル

 私はこれまで多くの国を訪れてきたが、個人的にはイスラエルは日本以外では世界で最も美しい国だと思っている。空気が乾燥した砂漠ならではの、原色の美しさにあふれているからだ。湿潤な気候の日本とは真逆の世界である。

 イスラエルは人口850万人の小国だが、世界における存在感はきわめて大きい。ITセキュリティー先進国のイスラエルは、最近では日本のビジネス界からも熱視線を浴びている。エルサレム移転の方針がさらなるテロを誘発する懸念もなくはないが、イスラエルでテロに巻き込まれる確率は、日本で大地震に巻き込まれる確率とはたいして違わないという説もある。

 イスラエルに行ったらまず体験することになるのが、クチビルのひび割れだ。乾燥した空気は女性だけでなく男性にとっても肌の大敵であるが、百聞は一見にしかず。仕事であれ観光であれ、あるいはまた巡礼であれ、一度は訪問することを強く薦めたい。

 私もぜひ再訪したいと願っている。

筆者:佐藤 けんいち