私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...

真理亜に嫉妬しながらも、東京でもがきながら生きる彩乃。真理亜の帰国に気を揉みつつ、 20代をタクシー代で稼いでいた女の末路を見て安堵する彩乃だった。




相手が無欲なほどに、欲望だらけの自分が虚しく空虚に思える。

そうして思い知らされるのが、絶対的な敗北感だ。

私にとって、真理亜はそんな存在だった。

身の丈に合った自分の道を、自分の足でしっかり歩む。

そんな真理亜の生き方が羨ましくて、そして常に満たされずにいる自分が惨めになった。



六本木ヒルズで早苗と再会して以来、私はぼんやりと考えていた。

若い時に甘い蜜を吸った女たちは、歳をとり誰からも相手にされなくなった時、どうやってこの街で生きていくのだろう?

自分の足で生きることができない女たち。

言い換えると、男性のお金を頼ることしかできない女たちは、果たしてどうなるのだろうか。

自分で生き抜く力を身につけておいて良かった。

私は心からそう思うと同時に、無性に真理亜に会いたくなってLINEを送った。

-真理亜、久しぶり。もしよければお茶でもしない?

真理亜に会うと、何故か自分が嫌になる。そう分かってはいるものの、私は真理亜の変わらぬ優しさに何らかの救いを求めていた。


東京で生きるつらさを知っている人は、いつか必ず強くなれる


東京で最もつらいのは“その他多数”に入ってしまう人?


待ち合わせの『アンダーズ タヴァン ラウンジ&バー』へ向かうと、既に真理亜は席に座っていた。

「久しぶりだね。彩乃ちゃんから誘ってくれるなんて...何かあったの?」

真理亜には全て見透かされている気がして、私は真理亜がニューヨークに行っている間に起こったこと、そして早苗のことなどを赤裸々に話す。

うんうん、と真理亜は紅茶を飲みながら静かに話を聞いていたが、一通り話し終わり、高揚している私を見て呟いた。

「彼女もいつか、気がつくんじゃないかな?“本当の幸せ”って何かということを。でも...どうして彩乃ちゃんがそこまで気にするの?」

ーどうして気にするのか?

真理亜の目にまっすぐ見つめられ、私は言葉を失った。

私は、ずっと大きな間違いを犯していたのかもしれない。

「誰かに対する嫉妬は、自分の中にある劣等感の表れである」

そんな台詞を、昔何かの本で読んだ記憶がある。

私は、心のどこかで早苗にも嫉妬していたのだ。

毎日必死に働く必要のない生活、困った時には誰かが助けてくれる人脈、そして東京の“楽しい”を凝縮したように華やかだった早苗の日常。

私は自分でも気づかぬうちに、羨ましいと思っていたのだ。そして、今の早苗の状況を知って、ホッとしていた自分が一気に虚しくなる。

店内にいるお客さん達はクリスマスムード一色で、皆アフタヌーンティーを囲みながら楽しそうに会話をしている。そんな明るい雰囲気には耐えきれず、私は下を向いた。




「人のことを気にして生きるのって、大変じゃない?彩乃ちゃんがそこまで気を揉む必要はない気がするけど...」

正論を真正面から叩きつけられ、私は意味もなく真理亜に当たってしまった。

「……真理亜には、こんな気持ち分からないでしょ!」

言ってからしまったと思うが、もう後の祭りだ。

でも、永遠に真理亜には分からない。“その他大勢”に入ったことがない真理亜には、決して分かるまい。

東京では“その他大勢”に入ってしまうと、生きるのが一気に辛くなる。

容姿も育ちも“ごくごく普通”だからこそ、劣等感に苛まれる。振り子がどちらかに大きく振っていれば、諦めもつくのに...。

「人の心の痛みや苦しみを知っている人はとても強いし、優しくなれる気がする。東京でこんなにも頑張ってきた分、そろそろ彩乃ちゃんが幸せになってもいい番じゃないかな?」

真っ直ぐにこちらを見つめる真理亜を見てハッとする。私は一体、何をしているのだろうか。もう、限界だった。

「東京で幸せになるって、どういうことを言うのかな。」

もはや、何が幸せなのかも分からず、どこを目指していけばいいのかも分からず、私は、人目もはばからず大粒の涙を流した。


東京で“幸せ”って何ですか?もがき続けた彩乃が出した答えとは


みんな、誰かのシンデレラ


-3年後-

気がつけば、私は32歳になっていた。

あの日、真理亜に大きな声で反論したことなんて笑い話になるくらい、今は幸せに包まれた日々を送っている。

メーカーに勤める同じ年の彼から半年前にプロポーズされ、二人の新居を目黒界隈で探しているところだ。

結婚式場は豪華なホテルの式場ではなく、私達らしく、レストランを貸し切ったガーデン風のウェディングに決めた。

“いかに良い男性と結婚して、良い暮らしをするか”が私の目標だったけれど、30歳を過ぎたあたりから、自分の身の丈を理解し始めた。

「彩乃ちゃん、もう他人と比較しなくてもいいんじゃない?」

真理亜が言った言葉で、私は人よりもまず自分を大切にしようと決めた。

「彩乃ちゃんが、彩乃ちゃんでいてくれればいいから。」

彼からこう言われた時、私は何か救われた気がした。

きっと、ずっと悩んでいた。見えない何かを永遠に探し求めていた。

私を縛り付けていた、見えない鎖。自分らしさと自由を奪っていたのは、誰でもなく自分自身だった。

でもその鎖を自ら解いてあげられたとき、私はとても楽になった。

いつも他人と比較し、苦しんでばかりいた20代。

楽な生活に憧れ、少し頑張れば手が届きそうなのに届かない世界に必死に食らいつこうとしてたあの日々。

人は上を見すぎると辛くなるが、そうかと言って、下を見る必要はない。

東京で生きるにはバランス感覚と、自分の足で立ち続けることができる強さ、そして揺るぎない愛情が必要だと、私はようやく気がついた。




「彩乃、こことかどうかなぁ?ちょっと築年数が古いけど、リノベーション物件で日当たりが良さそうだよ。」

彼が見せてくれた物件候補は、目黒川沿いにあった。

駅から遠いけれど、春にはきっと桜が綺麗に見えるだろう。

「いいんじゃない?今度、見に行こうよ。」

幸せな生活に導いてくれるガラスの靴は、私にはもう必要ない。幸せは、案外近くにあるから。

ただ誰かを愛し、愛されること。

とてもシンプルなことだと気がつくのに、私はかなりの年月と経験を要した。

お城での華やかな舞踏会や、着飾るための靴や鞄・洋服よりも、今の私に必要なのは日常生活の中で感じられる小さな幸せと、この温もり。

ソファーに座る彼の隣にそっと身を寄せ、私は一緒にブランケットにくるまった。窓から差し込む、柔らかな冬の日差しを感じながら。

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最終回。もう一人のシンデレラ、真理亜が見つけた幸せとは