復帰初戦、中部ブロック、ショートプログラムでの山本草太の演技

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いよいよ全日本選手権が間近に迫ってきた。前回の男子編で、平昌オリンピック代表の3枠目を争う選手として友野一希、佐藤洸彬を取り上げた。この両名はNHK杯に出場し、それまで出遅れていた友野一希は、ここでアピールを果たし代表候補の一角に名乗りを挙げることができた。現状ではこの両名に加え、田中刑事、村上大介、そして西日本選手権を充実した内容で優勝した日野龍樹も外せない。無良崇人は実力はあるのだが、今季の不調を克服できるか。ここまでが3枠目の争いに絡んでくる展開だと思われる。この争いも楽しみなのだが、もう一人、どうしても取り上げたい選手がいる。今季、復帰を果たした山本草太だ。紛れもない、傑出した天才だが、ご存知の通り、昨年の怪我からずっと休養を余儀なくされていた。今季、中部ブロックで復帰を果たし、その後、西日本選手権、愛知県TP大会と3戦を戦った山本草太だが、そのすべてを取材し、コメントもいただくことができた。今季の彼の復活への歩みを振り返ってみたい。

【写真を見る】山本草太の美しいイーグル。ジャンプはすべてシングルだったが、滑りは素晴らしかった

■ 復帰の舞台は、仲間が見守る中部ブロック

9月29日から開催された中部ブロック、ここで山本草太は久々に観客の前で滑ることとなった。とはいえ、本当に出場するのか、直前まで確信を得られずにいた。それは本人も同様だったようで、コーチの勧めでエントリーしたものの、出場するか否か「ショートの前日まで迷った」という。

この大会での彼の演技を観た率直な感想は、よくぞ戻ってきてくれた、との嬉しい思いと、シングルジャンプしか跳べない、その演技内容へのショックとがない交ぜになったものだった。かつてはジュニアグランプリファイナル、世界ジュニアで表彰台に乗り、次世代のエースと目された選手だ。それが昨年の3月、世界ジュニアに出発する、まさにその日の朝練習で右足首を骨折したのだ。ただこの時点では前向きな気持ちでリハビリに取り組めていたという。

「大きな怪我は初めてでしたが、毎日、頑張ろう、という気持ちで毎日何時間もトレーニングをしていました。経過も凄く良くて、気持ちも大丈夫でした。2か月で氷上練習に復帰しましたが、痛みもありませんでした」

その言葉通り、昨年の5月には氷上練習へ復帰し、長岡市で開催されたドリーム・オン・アイスへも出演したものの、7月末に2回目の骨折。9月にボルトを入れる手術を受け、10月末の西日本選手権での復帰を目指していたが、その直前に同じ個所を3回目の怪我。これで心が折れてしまったようだ。

「頑張ろうという気力が減ってしまいました」

リハビリにも熱が入らず、学校に通う以外は何もしていなかったという。スケートを辞めようと考えたことも何度もあり、母親と就職について相談していたそうだ。

「苦しかった時、一番支えになったのは家族です。家族に支えられていることのありがたさ。昔はそんなに感じていませんでした」

長らくの休養ののち、山本草太は今年の5月末、久し振りに氷に乗った。

「楽しいな、と感じました。何もできないけど楽しい。やっぱりスケートが好きなんだな、と感じました」

怪我をする前、4回転ジャンプなど、高難度の技の練習をしていた時期は苦しかったという。怪我を乗り越え、久々に氷に乗って、“スケートが楽しい”という初心を思い出すことができた。

中部ブロックの時点では、氷上練習は毎日行っているわけではなく、その練習も1日30分程度の練習、とのことだった。ジャンプ練習を開始したのが9月。シングルジャンプでも恐怖心があり、まだまだ満足の行く演技ができる状態ではない。それでも、コーチの勧めに従ってエントリーし、中部ブロックに出たことで、全日本までの道が開けた。

「患部のボルトは今も3本入っています。衝撃を与えると響きます。CTを撮るとまだ骨折の後が写ります」

3度の怪我をし、ボルトなど不安材料もある現状のため、万全を期して、慎重に練習せざるを得ない。そんな状況の中、かつて目標にしてきた平昌オリンピックについては、

「コーチは100%諦めています。自分も99.9%は諦めています」

けれども、まだ残りの0.1%、いや0.01%でも、まだ諦めたくない。その思いを抱いて中部ブロックに出場したのだ。そして最後に、

「わざわざ、こんな僕のために取材に来ていただいて」

そう言って頭を下げる彼に、思わず涙したインタビューだった。

■ 1か月で長足の進歩!西日本選手権

続く11月2日からの西日本選手権。ここでの彼は、中部ブロックとは別人のような仕上がりを見せた。トウループ、サルコウの構成とはいえ、2種類のトリプルジャンプを実施し、ノーミスの演技を披露したのだ。ショートプログラム後の取材では、

「前の選手が滑っている間は凄く緊張していました。体が全然動かなくて、これはやばい、と。でも自分の番が来たら、そういうのも楽しいな、と感じられました。普段の生活の中でそんな緊張を味わうことはなかった。そう考えたら急に体が動くようになり、楽しく滑れました」

アスリートとしての、真剣勝負の世界に徐々に戻りつつある実感が、そうした心境を生んだのだろう。

「少し前まで、緊張をすることが嫌でした。怪我をする前、試合に出ていた頃は、周りの人から『緊張を楽しんで』と言われても理解できなかった。怖いし、不安だし、緊張を楽しむなんてできないと思っていました」

それがこの日、「あ、こういうことか」と理解できたのだという。

「ここまで毎日、不安しかありませんでした。でも今日、演技しているときは不安が一つもなくて、楽しいな、声援を送ってくれるお客さんに対してありがたいな、という気持ちで滑ることができました」

この日、総立ちで拍手を送った観客に対しては

「嬉しいですね。以前よりも声援が多かったんじゃないでしょうか」

1か月前の中部ブロックの折には、シングルジャンプでも恐怖心があると語っていた。トリプルジャンプを跳べるようになり、恐怖心を克服できたのか?と尋ねてみると、

「いや、今でもありますね。最初、3回転に挑戦する時に、“やろう”と思ってから、何周リンクを回ったか。時間をめっちゃ使って、ようやく跳んだんです。コーチも練習中の選手達も、ずっと見守ってくれました」

西日本選手権の2週間前にようやくトリプルジャンプが跳べたのだという。ブロックからの調整のペースが少し早いかな、と感じる部分があり、怪我の箇所とは違うところに負担が出ているそうだ。「少しは痛みもあるし、怖さもあるが頑張りたい」と話してくれた。

そして迎えたフリースケーティング。トウループ、サルコウの2種類、4トリプル構成ながら、ノーミスの演技で全日本選手権への出場を掴むことができた。驚いたことに、まったく緊張がなかったのだという。自分でも「大丈夫かな?」と思うほどリラックスしていたそうだ。

「全日本がかかっていることは、正直意識はしていましたが、それがいい方向に行ったかなと、思います。目標を持ってやってきて良かった。今までは特別な思いを持たずに全日本に出ていましたが、こんな特別な感じがするんだな、と改めて感じました」

「こうやっていい演技ができたのは、色々乗り越えてこれたから、だと感じます。本当に色んな方々から一杯言葉をいただきました。最近になって、一分一秒、幸せだな、と感じながら生活できるようになりました」

「演技中、一つ一つの拍手が全部聞こえていました。ありがたいことだし、応えていかなければいけない。全日本に向けて気は抜けない。自分と向き合ってしっかり頑張っていきたい。この試合に来てから、すべてのシチュエーションが懐かしく思えて、すべて幸せだな、と感じていた。楽しくできました」

かつて、当たり前に感じていたこと。厳しい競技の世界に身を置いて、難しいジャンプも跳べて、観客から拍手をもらえる。その一つ一つが、いかに特別なことか、いかにありがたいことか、それを噛みしめながら話す彼の表情は、何か吹っ切れたように、一回り大きく見えた。

「最後に怪我をした1年前からは、治療もリハビリも全然やってなくて、ずっと部屋にいました。毎日同じような日々。学校に行くぐらいでした。悩んだり、考えたりはしていたが行動には移せなかった。友達と食事に行ったりはしましたが、それも(こんなことやってていいのかな)という思いで楽しめなかった。あとやっていたのは自分がやりたいこと、ゲームとか映画とか、それぐらいです。少し自暴自棄でした」

そんな時期を乗り越えて、彼は帰ってきてくれた。そのことを心から嬉しく思う。

ジャンプ構成から致し方ないものの、フリーの順位は6位。しかし滑りから何から、すべてにおいて“格が違う”と感じさせるものだった。この日の2種類4トリプルの構成だが、練習でさえジャンプを入れて通したことがなかったという。まさにぶっつけ本番。「怖かった」というが、そんなことを感じさせない演技だった。

「0.1%を諦めずにやってこれて良かったと思います。西日本を終えて、可能性を諦めずに、またひとつ目標ができました」

そして、悩んでいた進路についても、一定の結論にたどり着いているようだ。

「大学に行って、スケートをもっと続けたい。オリンピックに絶対出たい、そう思ってスケートを始めたので、その目標は叶えたい」

「今の段階ではまだまだ無理」と言いながらも、将来の目標として、「オリンピックは夢にはしたくない」のだという。そして最後にこう話してくれた。

「ブロックに出ることを決めて良かったです。前日まで悩んで、コーチだけでなく、チームメイトの先輩や、後輩にも“どうしよう?”と相談しました。皆が『出てみればいいんじゃない?』と言ってくれたんです」

■ 最終調整のローカル大会、久し振りの表彰台!

そして全日本選手権の3週間前、Aichi Figure Skating Competition(愛知県TP大会とも呼ばれるローカル大会)に出場した。この試合はショートプログラムのみだが、全日本に向けた最終調整の場として、愛知県の有力選手が多数出場する大会だ。この日、山本草太は西日本選手権と同じ構成ながら、より進歩した演技を披露することができた。

「西日本まで、100%調整できたわけではありませんでした。今回はぎりぎり間に合いました」

ローカル大会とはいえ、久し振りに表彰台に乗る姿を見ることもできた。これには「率直に嬉しい」と笑顔を見せた。

「全日本では、目標としてはもっとレベルを上げたいんです。サルコウ、トウループに加え、ループ、3+3という順番で取り組んでいくつもりです。小さいかもしれないですけど、目標を作って臨めています」

「久し振りに沢山のお客さんの前で滑ります。オリンピックシーズンでもあるし、盛り上がると思う。0.01%、僕も諦めてない。全力でやりたい」

あと3週間という全日本までの時間については、

「自分にしたら多いかな、という感じ。時間は足りると思います。焦らず、自分のペースでやりたい」

一気にピッチを上げて調整できないもどかしさはあるものの、着実に復活への道のりを歩んでいる山本草太。彼の言う“0.01%”。率直に厳しいとは思う。だが、その気持ちに触れると、どうしても奇跡を願いたくなる。結果はどうなろうと、彼がそのわずかな可能性に賭け、精一杯の努力を積んだ結果を見届けたい。そしてそれが、今後の彼のスケート人生にとって大きな糧となることを願いたい。(東海ウォーカー・中村康一(Image Works))