成毛眞氏が提案する、子どもの「未来を生き抜く能力」を育てるために最も有効な方法とは?(写真:Nataliia Dorokhina / PIXTA)

富の偏在が加速して二極化が進行

テクノロジーの進化は人類の未来にとって確実にプラスになるというのが私の持論だ。だが、それによってあらゆる社会問題が解決するなどということはもちろんない。

ジャック・アタリも『2030年 ジャック・アタリの未来予測』の中で、民主主義が後退し、富の偏在が加速して二極化が進む可能性を指摘し、経済の利己主義や政治の無分別によって、ささいなことで人々の怒りが爆発する社会の到来を危惧している。

事実、最近はヨーロッパや中東から毎日のように、悲惨なテロのニュースが飛び込んでくるようになった。その根底に格差問題があるのは火を見るより明らかだ。

確かに民主主義が劣化してきているといわれれば、そのとおりだと私も思う。それでもイギリスの元首相ウィンストン・チャーチルがいうように、民主主義は最悪の政治形態だが、これに代わるものはないのである。

中国人に同じ質問をしたら、そんなことはないという答えが返ってくるのかもしれない。でも、もしそうだとしたらそれは、中国人が4000年の歴史の中で、一度も民主主義を経験していないからだ。どんなに裕福になったとしても、グーグルで自由に検索ができないような政治体制の国に住みたいと考える日本人はいないと思う。

この先すごい思想家が登場して、革命的なシステムを考えつくというようなことだってないわけではない。でも、いまのところは多少使い勝手が悪くても人類は、民主主義を選択せざるをえないのだ。

それに、日本の民主主義はそれなりに機能しているといえなくもないのである。格差が広がっているといっても、欧米諸国に比べればはるかに小さい。それは、富の再配分がそれなりにうまくいっているからなのだ。なにしろ日本というのは、所得税と住民税で所得の半分以上を国が持っていってしまう国なのである。さらに、ほかの先進国ではありえないほどの相続税まであるのだ。税率が高すぎて、どんなに資産があっても3回相続を繰り返すとゼロになってしまうのである。私の知るかぎり、共産主義国家でもここまで税金を取るところはないはずだ。

マイルドヤンキーは、イギリスのチャヴとは違う

日本では、格差の現状を説明するのに、ヒルズ族と地方のマイルドヤンキーというたとえがよく使われるが、海外の格差はあんなものではない。たとえばイギリスにはチャヴと呼ばれるブルーカラーの若者がいるが、収入も住環境も日本のマイルドヤンキーよりはるかに劣悪ときている〈『チャヴ 弱者を敵視する社会』(オーウェン・ジョーンズ)〉。

また、チャヴはそこからはい上がることのできない絶望的な下流階級だが、マイルドヤンキーは決してそうではない。彼らが地元から出ようとしないのは、ある意味そこに居心地のよさを感じているからなのである。自分たちの住む地域を愛し、貢献したいという意識が強いマイルドヤンキーは、閉塞感の中で反社会的行為を繰り返すしかないチャヴとは違うのである。

ところが、日本にはそういう若者たちに対し、「君たちも六本木ヒルズにオフィスを構えて、バリバリ稼ぐ成功者を目指せ」と余計なことを言う人たちがいる。私は、地方で身の丈に合った生活をするという人生だって全然悪いとは思わない。「若者なら上昇志向を持て、カネをたくさん稼ぐのがいいことなのだ」という一元的価値観こそが害悪なのである。

最後に、この国の未来を担う若者に必要なものは何か、についても言及しておこう。

まず、受験勉強は時間の無駄だと思ったほうがいい。ひと昔前は、一流大学から一流企業というレールに乗るのが幸せになる最も確実な手段だったかもしれないが、いまは決してそうではないということを知るべきだ。受験勉強に順応してきた人は、上から命じられたことを文句も言わず、きちんと効率よくこなす訓練ができている。そういう人もいないと、確かに会社は回らない。

子どもを「社畜」にしたいか?

だが、それは言葉を換えれば「社畜」になるということではないか。小学生の頃から塾に通ってひたすら教科書や参考書を覚えた結果が、企業に手足のように使われる社畜では、どう考えても割に合わないだろう。

企業のほうもだんだんと、受験秀才を欲しなくなってきている。以前は、東大卒といえばそれだけで、どこの企業も喜んで採用したが、遊びも旅行も恋愛もせず、受験勉強に打ち込んできたタイプの東大生は、伸び代がないと逆に敬遠されがちなのだ。

さらに、読書の効能を説く人は少なくないが、人文系の教養の価値は、これから確実に下がっていく。夏目漱石や川端康成を読んでいるから豊かな人生を送れるなどという保証はないし、そういう人が有能な社会人になれるとも思えない。2時間も3時間もかけて文芸作品を1冊読む時間があるなら、ネットの経済記事に目を通すほうがよっぽど未来に役立つ情報が得られる。

ゲームも悪くない。私は娘が高校生の頃、親子でオンラインゲームにはまって、3年間で5000時間も一緒にゲームをやった。

もちろん学校の勉強なんてやる暇はなかったが、それでも彼女はなんとか大学に進み、卒業後は某総合商社に就職した。そうしたら、配属された穀物のトレーディング部門ですごい成果を上げ、30歳にしていきなりチーフトレーダーに抜擢されてしまったのである。

取引を有利に進めるには、競争相手の心理や相場を読む判断力、ここだというときに躊躇せず最善手を打つ瞬発力などがいるが、そういうものはすべてゲームで身に付けたと彼女は言っていた。

それはそうだろう。教科書のカビの生えた知識など足元にも及ばない、時代の最先端をいく技術と英知が、ゲームには詰まっているのだ。

子どもには、好きなことをやらせろ


ちなみに、私の周囲で活躍している20〜30代の人たちは、ほぼ例外なく学生時代に、かなりの時間を勉強よりゲームに費やしてきている。これをみてもわかるように、子どもの未来を生き抜く能力を育てるには、早くから最新のハイテクに触れさせることが最も有効なのである。だから、ゲームやスマートフォンを禁止するようなことを、親や先生は絶対にすべきではないのだ。

アメリカやカナダには、電気や自動車といった近代文明に背を向け、農耕や牧畜をしながら昔ながらの生活を送るアーミッシュという人たちがいる。ゲームやスマホ禁止というのは、アーミッシュのように生きろといっているようなものだ。そういう人はアーミッシュから、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズが生まれると信じているのだろうか。

ゲームに限らず子どもには、好きなことをやらせるのがいちばんだ。サーフィンでもアニメでも何でもいい。大事なのは「何かに熱中できる人間になる」ということなのである。1日8時間ゲームに熱中できる人は、対象が仕事に変わったらやはり同じように熱中して取り組むので、成果が全然違うのだ。そういう人は英語だって、仕事に必要だとわかった途端に、ものすごい集中力を発揮して勉強する。だから、1年もあれば外国人と会話ができるようになってしまう。熱中する訓練ができていれば、学生時代からこつこつTOEICの勉強などしなくてもいいのである。

そう考えると、これから未来をつくっていくのはオタクかもしれない。そういえばかつての私の上司のビル・ゲイツも、絵に描いたようなオタクだった。

(構成:山口雅之)