結婚に必要なのは、お金or愛?

それは、女にとって永遠のテーマである。

“最後は愛が勝つ”と信じたくてもそれは理想論だということに、女たちは徐々に気づいていくのだ。

しかし「お金より愛が勝つ」と言い切る、ある女がいた。

その名は、愛子。

金に目がない女だらけの東京において、愛子は信念を貫き、幸せな結婚生活を勝ちとれるのか?

広告代理店で働く29歳の愛子は、大手通信会社勤務の知樹と結婚を決め、幸せな毎日を過ごしていたが、取引先の御曹司・翔太からの厄介な頼まれごとを引き受けてしまう。

一方、同時期に医者との結婚を決めた親友の明日香は、結婚式で愛子との絶対的な差を見せつけることを心に誓っていた。




“リッチでラグジュアリーな結婚式をあげたいプレ花嫁限定!ゴージャス花嫁会、企画します!”

明日香は、Instagramに告知文を投稿し終えると、スマホ画面を惚れ惚れと見つめた。

明日香の花嫁アカウントには、確実にフォロワーが増え続けている。これもすべて、#プレ花嫁のハッシュタグを辿って、ロボットのようにひたすらいいねを押し続けた努力の賜物だろう。

ついでに言うと、結婚式とは何の関連もないが、仕事のPRイベントで撮った人気モデルとのツーショット写真を載せたことも功を奏したのかもしれない。

最近ではコメントもつくようになった。

“素敵なドレスばかりで、憧れちゃいます!”
“婚約指輪、とっても素敵です。フォローさせてください!”

次々に寄せられるコメントを見て、明日香はにっこりと微笑む。

こうして次第に自信をつけた明日香は、花嫁会を実行するのは今しかないと確信し、ついに動き出したのだった。

先日参加した花嫁会には20名の参加者がいたが、何としてでもあれを上回りたい。小さなお店を貸切にすれば十分だろうか。

そんなことを考えながら青山界隈をうろうろしている時、洋菓子の「ナッシェン」の本社前を通りかかった。1階のカフェスペースを覗くと、優雅にアフタヌーンティーを楽しむ客で賑わっている。明日香は閃いた。

「ここのアフタヌーンティー、インスタ映えするとかで大人気なのよね。うん、会場にちょうどいいかも!」


ゴージャス花嫁会は成功するのか?


カフェの担当者との打ち合わせの際、明日香はふと思い出した。

-そういえば、愛子がナッシェンの社員と知り合いとか言っていたっけ。一体どんな人を紹介しようとしていたのかしら?

興味本位でカフェの担当者に尋ねる。

「私の親友が、広告代理店で営業をしているんですけど、御社の企画開発部長と知り合いみたいです」

「弊社の企画開発部長というと…常務取締役の藤原のことでしょうか?」

その言葉に、明日香は耳を疑った。

“ナッシェンの藤原”といえば、超イケメン御曹司だ。高校時代に雑誌で「慶應のプリンス」という特集を見て、大学に入ればこんなかっこいいお金持ちに出会えるのかと期待で胸を膨らませたことを今でも覚えている。

-愛子ってば肝心なことを黙っているなんて…一体何のつもりなのかしら…。

明日香は首を傾げるのだった。




そしていよいよ募集を開始した花嫁会。しかし申し込みがあったのは、なんとたったの2名だった。

結局貸切は諦め、当日は女3人でこじんまりとテーブルを囲み、花嫁会は終了した。最後に写真撮影を提案すると、参加者のふたりは苦笑いした。

「写真は構わないんですけど、顔出しはNGでお願いします…」
「私も顔出しはちょっと…」

明日香はがっかりしたが、「もちろん顔は出しませんよ」と笑顔で約束して、写真を撮るのだった。



翌日の日曜日、明日香は『葉山庵Tokyo』でランチをしようと愛子を誘った。

新鮮な食材を使ったナチュラルフレンチを食べようと誘い出したが、愛子を呼び出した真の目的は、ナッシェンの御曹司の件を問い詰めるためである。

「愛子。紹介しようとしてたナッシェンの男って、社長の息子の藤原さんなんでしょ!?なんで隠してたの?」

少し疲れた表情で「色々あるのよ、事情が」とだけ答える愛子に苛立ちを隠しきれず、明日香は畳み掛ける。

「紹介するとか言いながら、本当はそのつもりなかったんじゃない?」

「…へっ?」

「御曹司だって聞いたらみんな飛びつくに決まってるから、悔しくて、あえて隠したんでしょ」

愛子は目をぱちくりさせている。

-これでハッキリした。友達が自分より金持ちの男と結婚したら、やっぱり愛子だって悔しいんだ。そりゃそうよ。だって、人間だもの。

そして明日香は笑顔で言った。

「わかるわかる。愛子も本当は、お金持ちの男との結婚が羨ましいんだよね!」

…そう、例えば私みたいな。

その瞬間、昨日の花嫁会で感じたモヤモヤがすっと引いていく気がした。

明日香は昨日、花嫁会の後に “ゴージャス花嫁会レポ”を投稿した。参加者が自分以外には2人しかいない、惨めな花嫁会。そして顔出しNGと言われたので、参加者の顔部分には大きな星のスタンプを貼り付けた。

決め顔の明日香とふたつの“星”がアフタヌーンティーを囲む様子はひどく滑稽だったが、あれだけ大々的に告知したからには載せないわけはいかず、明日香のプライドはズタズタだったのだ。

でも今、愛子に勝てた気がして、ようやく気分が晴れていくのを感じた。


その頃、御曹司・翔太に手を焼く愛子


素の姿を見て欲しい


“愛子さん。大変お世話になっております。私は今、ミラノのマルペンサ空港におります。ミラノの只今の気温は5℃、天気は曇り…”

月曜の朝。溜まったメールボックスを一件ずつチェックしながら、翔太から送られてきたメールを見た瞬間、愛子は呆れて呟いた。

「何なの、この機内アナウンスみたいなメールは…」

翔太は、数日前から視察のためにヨーロッパ出張へと出かけた。面倒な依頼をしてきた翔太の不在にホッとしたのも束の間、出張先からもマメにメールが送られてくる。

ただ好き勝手な内容を一方的に書き連ねているメールは、まるでしつこいメルマガのようだ。

“さて、その後、お友達をご紹介いただける件の進捗状況はいかがでしょうか。”

それより仕事の進捗はどうなのかと問い詰めてやりたいところだが、そこはちゃっかり抜かりなく、翔太の部下である担当者からはすでに見積もりや提案書が送られてきている。しかも、はじめに聞いていた概算金額から大幅なディスカウントまでされていた。

愛子は、翔太のメルマガに呆れながらも、仕事に集中するのだった。






その日の夜は、いつもより少しだけ早く帰宅することができた。

最近、毎日かなり遅い時間まで残業が続いていたから、知樹と向かい合ってゆっくり食事できるのも何日ぶりだろうか。愛子は知樹に、翔太の件を打ち明けた。

「…自分の素性を隠して紹介してくれだなんて、無理があると思わない?得体の知れない人物に会いたがる女性なんていないのに…」

愛子が口を尖らせると、知樹は笑いながら答えた。

「うーん…ある意味、その人すごく純粋なんじゃない?肩書きや財産に恵まれているからこそ、すべてを取っ払って自分の素の姿を見てくれる人と出会いたいって思うんだろうね。まあ、凡人にはない発想だよね」

愛子はふと考えた。

自分をありのままに受け止めて欲しいという気持ちはよくわかる。それでも、素の自分を知ってもらうために自分の素性を偽るなんて、なんだか本末転倒だ。御曹司の心の闇はずいぶん深いのかもしれない、と愛子はしみじみ感じた。

それにしても、こうして知樹とたわいもない話をしているだけで、仕事に忙殺されてささくれだった心もいつの間にか落ち着きを取り戻していく。愛子は、この何気ない日常がとても貴重なものに思えた。

本当はずっと、明日香から言われた一言が心に引っかかっていた。

“本当はお金持ちとの結婚が羨ましいんでしょう?”

お金はもちろん、ないよりもある方がいいに決まっている。でも、ひとつだけはっきりと言えることがある。

-御曹司でなくても、普通でかまわない。トモくんでよかった。

そう、こうして自分が自分らしくいられる相手との時間は、どんなにお金を積んでも手に入れられるものではないのだ。

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仕事に打ち込む愛子に突然訪れる、悲劇。