東京を生きる女たちは、もう気がついている。

「素敵な男の隣には、既に女がいる」という事実に。

自分が好きになるくらいの男を、他の目ざとい女たちが見過ごすはずがないのだ。

取材先のスリランカで知り合った商社マン・洋平(30歳)と運命的な出会いを果たした彩花(26歳)。

しかし洋平には、付き合って2年になる彼女・繭子(29歳)がいる。彼女の存在に気づいた彩花は夏美のアドバイスのもと略奪を企て、ついに初デートを実現。

良い雰囲気になり、別れ際「また会おう」と言われたのにも関わらず、その後洋平からの連絡が途絶えてしまう。実は洋平の彼女・繭子が釘を刺していたのだ。




彩花side-連絡は、必ず来る…?


はぁぁぁ…。

自分でも予想以上に大きなため息が出て、Girls Tripのオフィスに響いた。

前に座る夏美さんがじろり、とこちらに目だけを向けるのに気づき、私は慌てて口を押さえ視線をPCに落とす。

あれ以来、洋平くんから連絡はない。

かれこれ2週間以上、LINEのトークルームは、私が送ったメッセージが既読になったままだ。

実は既読スルー3日目、私は早くも耐えきれず、夏美さんに「洋平くんから連絡が来ない」と愚痴ったのだが、彼女は何てことないという顔で私の泣き言を一蹴した。

「洋平くんなら、そのうち連絡して来るわよ」

いったい何を根拠に言っているのか不明だが夏美さんの口調は断定的だったから、私は一筋の光としてその言葉を信じていた。

その代わり絶対に自分からしつこく連絡しちゃダメ、という夏美さんの忠告をどうにか守って毎日をやり過ごしているものの、日が経つごとに不安は増大していくばかりだ。

そもそも洋平くんには、彼女がいる。

初デートがあまりに楽しかったからつい見て見ぬふりをしたくなってしまうけれど、それが現実。

-やっぱり彼女が大切なのかな…。

そう考えるだけで、胸が痛い。

しかし弱気な考えは、さらなる不運を呼んでしまうものだ。


弱気になる彩花を追い込む、残酷な現実…


「悩んでたって仕方ないんだから、仕事しなさい」

夏美さんに檄を飛ばされた私はその日、日本人向けにスリランカ旅行を推している某旅行代理店に営業をかけることにした。

洋平くんとの運命的な出会いが、私にとってスリランカを特別なものにしていて、彼が商社で担当しているような仕事とは規模も領域も違うけれど、何かスリランカと日本を結びつける仕事を生み出したいと思ったのだ。

スリランカは、まだ日本では旅先としてメジャーではない。しかし医師の診断に基づいたプログラムが受けられる本格的なアーユルヴェーダ施設が数多くあったり、言わずと知れた紅茶の産地であることから、実はおしゃれなティーサロンなどもたくさんある。

Girls Tripがターゲットにしているアラサー女子にとっても、絶対に魅力的な国なのだ。

コラボツアーの提案書を作成し、メールを送り終えた時には外はもう真っ暗で、時計の針は21時近くを指していた。

夏美さんは会食があるらしく夕方にはオフィスを出ていたので、私はひとまずやりきった達成感から、思いっきり伸びをして叫んだ。

「さ、帰ろうー!」


不都合な真実


オフィスを出て、心地よい疲労感とともに明治通りを歩く。

仕事のことを考えている時間は、洋平くんのことを忘れることができる。そのことは、私の精神安定に大きく寄与してくれた。

-そうだ、この仕事がうまくいったら洋平くんに報告しよう。

そんな考えが浮かんで、幸せな気分で前を向いた、その時だった。

目の前から歩いてくる、ふたりの男女。

見覚えのある、すらりと洗練されたシルエット。そして、彼の腕をとって歩く、透き通るような白肌の女性…。

洋平くんと、彼女だった。

心臓がばくばくと音を立て、頭が真っ白になる。

声をかけるのは、ルール違反だろうか?しかし明らかに知っている人なのに、無視して通り過ぎるのもおかしいのでは?

必死で正解を探そうとするものの答えにはたどり着かぬうちに、ふたりの男女と私は、もう顔がはっきりと見える位置まで近づいてしまっていた。

-洋平くん!

声こそ出せなかったが、すれ違う瞬間、彼は間違いなく、私を見た。

しかし私が口を開こうとした時、洋平くんはそれを拒むように私を無視したのだ。

彼女のものと思われる、鈴が転がるような笑い声が背後から妙に大きな音で聞こえ、耳鳴りだけを残して、やがて消えていった。

-無視、された。

それは鈍器で頭を殴られたような、衝撃だった。絶望した。

身体が、心がひんやりと冷たくなり足もガクガクと震えている。

彼女の前で、私の存在は消された。

それはとても残酷な、しかし紛れもない現実だった。


立ちはだかる、本命彼女という存在。やはり彩花は二番手止まりなのか?


洋平くんからの連絡


ついさっき目にしてしまった光景が、頭から離れない。

古い映画のフィルムのようにノイズがかかった状態で、私の脳内をずっと、ぐるぐると回っている。

恵比寿駅から電車に乗り、目黒の自宅にたどり着くまで、私はどんな風に歩いてきたのだろう。無事に家に着いたものの、しん、と静まり返った部屋が寂しく私を待っていて、なんだか無性に孤独感に包まれ涙が溢れそうになった。

しかしその時コートのポケットからLINE通知が聞こえて、私は慌ててスマホを取り出す。

震える手で通知をタップすると、そこには何週間もずっとずっと待ちわびていた、洋平くんの名前があったのだ。




“さっきはごめん。実は、彼女が彩花との関係を疑ってるんだ。面倒に巻き込みたくなかったから、本当にごめん。また連絡する”

短い文面は、すぐに読み終えた。

しかし私はすぐに彼の真意を理解できず、玄関先でコートを着たまま、しばらく画面を見つめていた。

-このメッセージは、どういう意味?

混乱する頭で考えられたのは、2通りの解釈だった。

解釈 本当は彼女より私に気がある。だけど彼女が疑心暗鬼になっているため、落ち着くまでしばらく待っていて欲しい、という意味。

解釈◆彼女と別れるつもりはないが、私ともまた会いたい。彼女にバレて面倒なことにならないよう隙を見て連絡する、という意味。

私としては当然、解釈,罵解したいが、それはあまりに都合が良すぎる気もする。

目黒駅から徒歩5分、決して広いとは言えない一人暮らしの部屋。

私は、部屋の大部分を占めるベッドの上に横たわる。そして、洋平くんのLINEを穴が開くほどに見つめた。

行間に潜んでいるはずの、彼の本音が知りたい。

しかし考えれば考えるほどに期待と失望が交互に私を呑み込み、どんどん迷宮入りしていくのだった。



翌日、ランチタイムにやってきた、アトレ恵比寿の『シロノニワ』。

私は夏美さんがシンガポールチキンライスを食べ終わるのを待って、昨晩からずっと心をざわつかせている洋平くんからのLINEについて、話を切り出した。

「わかっちゃいたけど、洋平くんも悪い男ね」

私が見せた彼からのLINE文面に目を走らせた夏美さんは、失笑したのちに静かにそう言った。

「まあでも、恋は盲目だから。わかっていても魅力的に映るのよね。こういう、人間らしいというか適当で、無責任で。でも根本は…優しい男って」

どうしようもない、と最後に夏美さんは吐き捨てるように言ったけれど、その目はどこか慈愛に満ちていて、まるでそういう男を他に知っているかのようだった。

「彼がどういうつもりなのか、今の段階ではさすがに私にもわからないわ。でも一つだけ言えるのは…」

そこまで言うと、夏美さんはようやくスマホから視線を上げ、私の顔をまっすぐに見た。

「彼女…繭子さんだっけ?彼女は、致命的なミスをしたわ。まあ、彩花にとってはむしろラッキーなわけだけど。つまり、自分に自信を持てずに彼を疑ったせいで、無駄に彩花のことを彼に意識させてしまった」

必要以上にね、と付け加えてから、夏美さんは神妙な面持ちで続けた。

「女も男も…自分に自信を持てない人は、最終的に選ばれないものよ」

▶NEXT:12月25日 月曜更新予定
繭子と洋平は本当に、元サヤに収まったのか?