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AUTOCAR JAPAN誌 51号

もくじ

ー スーパーレジェーラに、いざ
ー DB9 スピード以外の魅力が
ー 早々に離脱するクルマが……
ー ルームミラーにヴェイロンが見えたら
ー 決勝戦の行方 どうなった?
ー キングとの決闘

スーパーレジェーラに、いざ

スーパーレジェーラがこれほどまでのパフォーマンスを発揮できるのは、おもにタイヤとブレーキの能力によるところが大きい。どちらも秘めたポテンシャルは異次元の領域に踏み込んでおり、真の意味で信頼に足る。

その反面、ゆっくり流しているといささか不自然なまでにグリップが欠如しているように感じられるし、同様にカーボン・セラミックのブレーキもレスポンスが遅くて頼りない。あくまでもハードな負荷領域での能力を優先しているためだ。

しかしここでもっとも重要なのは、本気で逃げの態勢に入ったヴェイロンについて行ける可能性を持つクルマがあるとしたら、その唯一の存在はスーパーレジェーラだということだ。

路上に引き出し、襟首をつかんで振り回すように全方位に加速度を与えてやれば、スーパーレジェーラはヴェイロンを視界内にとらえ続けるに十分なだけのパフォーマンス、グリップ、ボディバランス、そしてブレーキ性能を発揮してくれるだろう。

引き離されるとしたら純然たるストレートが数kmに渡って続くセクションにさしかかったときだが、そのときばかりは致し方ない。

けれどGT3RSでは、このあとに乗り換えてみて判明したのだが、ヴェイロンをそこまで追いつめることはかなわない。

DB9 スピード以外の魅力が

GT3がヴェイロンに引き離される理由はそれに足るだけのスペックが備わっていないからで、結局のところ530psで1330kgを振り回すスーパーレジェーラと、「たった」の415psで1375kgを動かさなければならないGT3RSの違いだ。

そしてこの違いが、あっという間にヴェイロンに置き去りにされてしまう者と、少なくとも勝負を楽しめるくらいはついて行ける者を分け隔てる壁となっている。

DB9スポーツやR8であれば、そのような話は当てはまらない。DB9であれば、ドライブがとてもエキサイティングであり、スピードだけがすべてではないことを教えてくれる。

今回のこの場でなければ、どんなクルマと比較しても素晴らしく速くて洗練されたマシンという評価をDB9は獲得できるはずである。しかし今回だけは別。ほかの4台に比べると、DB9にはまるでお気に入りのロッキングチェアに座っているかのような安楽さが漂っている。

それは柔らかめのシャシーのレスポンスの甘さとストレートでの加速力不足からくる印象だが、しかしだからといって価値がひっくり返るわけではない。運転していて惚れぼれするほど楽しいクルマである事実にはまったく変わりがないのだから。

エンジンが目覚めるときの音もまたいい。ほとんどスーパーレジェーラの雄叫びと変わらないくらいの音量でありながら、音質には格段の厚みがある。さらにステアリングを通して伝わるフィールにも優雅さがあり、乗り心地もはるかに洗練されたものになっている。

さらにDB9ならではの美点もあるが、しかし……。

早々に離脱するクルマが……

さらに、ここがDB9ならでは美点だが、絶妙にバランスの取れたハンドリングは甘美なほどで、走っているときに訪れるすべての事象をゲームとして楽しめる。それは60km/hで流しているときも、100km/hでドリフトしてタイヤのショルダーをすり減らしているときでも変わらない。

ただし、そのゲームはほかのクルマたちが参加しているものではなかった。それこそがDB9をスーパーレジェーラやGT3RSと同列に語れない理由である。

もっともこの事態は、比較試乗する前からある程度予想できていた。それでもこのクルマを招待したのは、対抗としてフェラーリ599を用意する予定だったからである。もっとも残念ながらそのプランは実現しなかったが。

というわけで、フェラーリ599が参加できなかったことにより、DB9は自らのステージを独力で演出しなければならなくなってしまった。

キャビンの後方にエンジンを置くクルマたちに囲まれたDB9に場違いな違和感を覚えるとしたら、つまりそういうことである。アストン マーティンの名誉のために付け加えておくが、われわれ全員がDB9を運転する順番を心待ちにしていた。編集部へ帰還する長丁場の強行軍をこのクルマでこなした担当者も、最高の体験だったと述べている。

さて、他方アウディR8だが、このクルマにもDB9と同じことが当てはまる。

ルームミラーにヴェイロンが見えたら

R8はこれまで世界になかったタイプの、驚異的に洗練されたスーパーカーである。乗り込んだ瞬間に、すべての装置がどこにあってどう操作すべきなのかを直感的に理解できる。

驚くべき論理的センスと明瞭なデザインを備えており、そしてそれは走りにも如実に表れている。実効的意味のないギミックが不足しているために、今回のグループのなかでR8が単純で実用的にすぎるように見えたとしたら、それは現実世界における最大級の賛辞だろう。

R8は最高速度300km/hを誇る純然たるスーパーカーだ。サウンドとパフォーマンスも本物らしくよくできている(なぜなら本当に本物だから)。

しかもそれと同時に、気軽に乗り込んで数百kmの距離を一気に、DB9と同様の洗練度と快適性を味わいながら走り抜けられるクルマでもある。

運動能力やパッケージングを考えれば、この特性は驚異的と言っていい。アウディは需要に見合うだけの生産台数を確保することができずにいて、すでに2009年分まで売り切れているそうだ。それもまた驚異的な話だが、内容を考えれば不思議なことではない。

もっとも今回のクルマたちを相手にしたとしたら、少なくとも3台には一瞬で抜き去られてしまうことだろう。かろうじてDB9なら相手にできるが、R8を手に入れてスーパーレジェーラやGT3RSと張り合おうとしているなら、覚悟を決めてからのほうがいい。もちろんあっさり抜かれてしまうことへの、である。

もしもルームミラーに映ったのがヴェイロンなら、サイドウインドウを降ろして降伏の白いハンカチを振って道を譲ろう。それが屈辱的な事態を避けるための唯一の自衛策だ。

決勝戦の行方 どうなった?

ヴェイロンがミラーに映ったとき、わたしがドライブしていたのは幸運にもGT3RSであり、R8ではなかった。ヴェイロンに乗るのはわが友クリス・ハリス氏で、彼は駐車場を20秒きっかり遅れて出発したはずだった。それだけのギャップをものともせずにヴェイロンは追いつけるのか、追いつけたとしても抜くことができるのか。それを見極めるつもりだったからだ。

ワインディングの下りで見せたGT3RSのアクションは、わたしの予想を大きく超えたものだった。もちろん、爆発的なスロットルレスポンス、正確なステアリング、強力なブレーキ、そして見事なボディコントロールであるところくらいまでは予想していた。

そしてそれらは案の定、ちょうど2カ月前に試乗したスタンダード仕様のGT3と同様に、まったく予想を裏切らないレベルに整えられていた。ところが、である。

そのときのGT3の印象はローラースケートのような乗り心地(つまりサスペンションがストロークしない)で、一般的な見方で言うとアブナイ走りだった。そのため、RSともなれば自分の調子が思わしくなければ、あるいは調子がよくても集中できていなければ乗りこなせないのではないかとも予想していた。しかしその予想はハズレだった。

キングとの決闘

GT3RSは、R8に限りなく近いスムーズさと洗練度を持ちながらも、ストレートでのパンチははるかに強烈で、フロントタイヤの食いつきも優れている。おかげでわたしは「もしかするとアイツは追いつけないんじゃないか?」などと考え始めていた。

ヴェイロンは姿を現すやいなやミサイルのように一直線に突き進んできて、GT3RSの背後にぴったりと張り付いた。キセノンヘッドランプが放つ2本の光線が、リアウインドウ越しにわたしの後頭部を直射している。

道幅が狭まり、曲率が上がっていくにつれ、自分が運転しているのはリアにエンジンを積んだポルシェ911なのだという自覚が高まる。

公道であることを忘れかけるほどギリギリまでハードに攻め込んだ。それでもヴェイロンを視界から消し去ることはできなかった。ヤツはただそこにいて、わたしとGT3RSを観察し続けていた。

やや短いがかろうじてストレートと呼べるようなセクションにさしかかり、わたしは3速ギアで走るGT3RSのスロットルペダルを渾身の力で踏み抜いた。

その瞬間は、まるで時間が止まった世界の中でひとりだけ動き続ける者を見たようだった。ヴェイロンが前に出た。あまりにもあっさりと、こともなげに。

それがどう見えて、どう聞こえて、どう感じたのかを、わたしは決して忘れることはないだろう。以上が今回のグループテストの結末である。さて、プレーヤーにDVDを入れ、反省会でもすることにしよう。