「なぜ「スパコン社長」は逮捕されたのか?中島聡が恐れる巨大な闇」で詳しく取り上げた、「スパコン」社長・齋藤元章氏の逮捕劇は、当の齋藤氏が、女性への性的暴行疑惑で姿を消したジャーナリスト・山口敬之氏と共同で財団を立ち上げるなど深い繋がりがあったことが報じられ始めています。先の性的暴行疑惑で山口氏はなぜ不起訴とされたのでしょうか? メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』の著者で元全国紙の社会部記者だった新 恭さんは、いまだ拭いきれぬ山口氏の疑惑とその背後でうごめく権力の闇について言及しています。

“アベ友”記者への逮捕状不執行を説明せぬ当局、報じぬメディア

当メルマガ6月8日号で、安倍首相と親しい元TBSワシントン支局長、山口敬之氏の性的暴行疑惑と、そのもみ消しに動いたかもしれない権力の闇について書いた。

裁判所から所轄の高輪署が逮捕令状をとっているのに、警視庁刑事部長(当時)、中村格氏の指示で握りつぶし、担当を署から捜査1課に移して、山口氏を不起訴に誘導した。テレビドラマのような話である。

中村氏は菅義偉官房長官の秘書官をつとめたあと、警視庁刑事部長を経て、いまや警察庁の長官、次長に次ぐ有力ポスト、長官官房総括審議官となっている。

報道ステーションのコメンテーターだった古賀茂明氏の安倍政権批判にクレームをつけ、2015年3月、テレ朝幹部に古賀氏の降板を決断させたのも官房長官秘書官時代の中村氏だったといわれる。

12月5日の衆議院法務委員会で、柚木道義議員(希望の党)は、山口逮捕取り消しの真相解明のため中村氏の出席を求めたが、与党理事たちの反対で、中村氏は姿を現さなかった。モリ・カケ疑惑と同じく、政府と与党は一体となって野党の追及をかわし、情報を隠蔽するかまえだ。

捜査員が米国から帰国する山口氏を逮捕するため成田空港で待っていたそのときに、中村刑事部長が執行停止を命じた。それがいかに異例なことであるのか。

元検事の若狭勝氏は「示談が成立したとか逮捕が相当でない新たな証拠を発見したなどの特殊事情がない限り、あり得ない」とFacebookに記している。

柚木議員の追及に対し、大賀真一警察庁官房審議官は「個別事案については答弁を差し控える」「総理や官房長官に報告したことはない」と繰り返すのみ。

誠実な対応とはほど遠い。佐川宣寿理財局長(現・国税庁長官)を思い出す。

安倍首相に近い人物への特別な取り計らいが強く疑われる一件だが、ようやく野党議員らは超党派の「『準強姦事件逮捕状執行停止問題』を検証する会」を立ち上げ、本格的に追及する構えを見せている。

しかし、いまだメディアの反応は鈍い。警察や検察を担当する記者クラブは、情報提供元との良好な関係を維持するため、捜査当局にかかわる問題を報じることについて極端に慎重である。

とくに中村氏は政権中枢とのつながりが強い警察官僚であるだけに、社会部のみならず政治部の意向もからみ、編集局内の報道姿勢をまとめるのが難しい。

この性的暴行疑惑が世間に知られたのは、被害にあったと主張する新進ジャーナリスト、伊藤詩織さんが、今年5月29日、山口氏の不起訴を不服として検察審査会に申し立て、顔と名前をさらして記者会見をしたのがきっかけだった。

この時点ではまだ、伊藤さんの一方的な主張である。潔白というのなら山口氏も記者会見を開いて反論すべきであった。性的暴行の事実がないことがはっきりすれば、中村氏や官邸に向けられた疑念も解消するはずである。

ところが、伊藤さんが記者会見したあと、森友問題などのコメンテーターとしてテレビに引っ張りだこだった山口氏はマスコミから姿を消してしまった。コトの真相について、両サイドから言い分を聞くということができなくなっていた。

だが、今年10月20日、 伊藤さんが事件に関する「ブラックボックス」という本を出版すると、山口氏は「月刊Hanada」12月号に、独占手記「私を訴えた伊藤詩織さんへ」を寄稿し、彼女の言い分に反論した。

これにより、二人の主張を突き合わせることが可能になった。どちらかがウソをついているのであり、それは両者の文章を丹念に読み解けば分かるかもしれない。

双方の主張を読んだ感想をひとことで言えば、伊藤さんの文章に迫真性というか、リアリティを感じる。山口氏のほうは「私があなたに初めて会った時、あなたはキャバクラ嬢でしたね」などと、事件とは無関係の記述が多い。伊藤さんの人格を貶めることに力点が置かれている。読売新聞が前川喜平前文科事務次官の「出会い系バー」通いを報じて人格攻撃をしたのとよく似ている。

性的暴行事件で肝心なのは、行為をしたかどうか、合意のうえかどうか、の二点である。山口氏はこの点について、明確にしていない。

山口氏によると、伊藤さんはホテルの部屋に入った後、嘔吐をし、前日まで山口氏が寝ていたベッドで眠りこんだ。山口氏が着替えの洋服などを置いた隣のベッドの隙間でまどろんでいると、伊藤さんが突然起き上がり、トイレに行った。下着姿で戻ってきた伊藤さんは冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出して飲んだ後、急にひざまずき部屋中に吐き散らかしたことを謝りはじめた。山口氏はベッドに戻るよう促した。

山口氏は肝心なところの記述を次のような理由で避けている。

ここから先、何が起きたかは、あえて触れないこととします。あなたの行動や態度を詳述することは、あなたを傷つけることになるからです。

一方、伊藤さんの事実認識は全く異なっている。TBSワシントン支局への就職の件を相談するために会った山口氏に連れられて入った一軒目の店でビール2杯とワイン1〜2杯を飲んだ伊藤さんは、二軒目に立ち寄った鮨屋で2〜3合の日本酒を飲みトイレに入った後、記憶がなくなった。

目を覚ましたのは、激しい痛みを感じたためだった。…下腹部に感じた裂けるような痛みと、目の前に飛び込んできた光景で、何をされているのかわかった。棚の上に不自然に、ノートパソコンが開いて載せてあり、電源が入って画面が光っているのがわかった。…こちらに向けた画面の角度から、直感的に「撮られている」と感じた。…「痛い、痛い」と何度も訴えているのに、彼は行為を止めようとしなかった。…「トイレに行きたい」と言うと、山口氏はようやく体を起こした。その時、避妊具もつけていない陰茎が目に入った。…意を決して(トイレの)ドアを開くと、すぐ前に山口氏が立っており、そのまま肩をつかまれ、再びベッドに引きずり倒された。…必死に体を硬くし体を丸め、足を閉じて必死で抵抗し続けた。頭を押さえつけていた手が離れ、やっと呼吸ができた。…もう一つのベッドは、ベッド・メイクされてカバーがかかった状態で、使われた形跡がなかったのを、はっきりと覚えている。(ブラックボックスより)

伊藤さんは、合意なき性行為、すなわち性的暴行の被害を赤裸々に記述している。

自分の中から消し去ってしまいたい記憶を呼び起こし、ジャーナリストとして気力をふりしぼったのだろう。ここまで書くのはよほど勇気のいることだ。

伊藤さんが謝罪を要求したメールに対し山口氏はこう返信している。

意識不明のあなたに私が勝手に行為に及んだというのは全く事実と違います。私もそこそこ酔っていたところへ、あなたのような素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて、そういうことになってしまった。

このように、メールのやりとりにおいては、山口氏は明確に性行為のあったことを認めているのである。

反論記事は「部屋のなかでもあなたの意思に反する行動は一切していない」「大人の女性として行動し、また眠ったのです」と曖昧な書き方ですましているが、伊藤さんの意思、大人の女性というところに、合意のうえでの性行為を示唆したつもりかもしれない。

高輪署の捜査で、二人がホテルまで乗ったタクシー運転手の「近くの駅で降ろしてほしい」と伊藤さんが懇願していたという証言や、泥酔状態の伊藤さんをタクシーから引きずり降ろす山口氏の防犯カメラの映像などが確認された。そうした証拠に基づいて裁判所は逮捕状を出したのであろう。

にもかかわらず、逮捕状の執行はストップされ、捜査にあたっていた高輪署の捜査員A氏と担当検事は事件からはずされた。山口氏は不起訴となり、伊藤さんの申し立てで開かれた検察審査会でも「不起訴相当」の結論が下された。

野党議員が、事件の内容について審査会に誰がどのように説明したかを追及しても、法務省、最高裁ともに、固く口を閉ざしている。小沢一郎氏の陸山会事件における検察審への捏造捜査報告からみて、捜査当局が一般市民で構成する審査会をコントロールすることは容易である。

しかしこの結果をもって、山口氏は次のごとく冷ややかに断言した。

あなたの勘違いと思い込みが行政と司法によって粛々と退けられただけのことです。

さらには、この一件により、伊藤さんが大手出版社から本を出し、野党政治家らの支援も獲得したとして、あたかも売名行為であるかのごとく批判した。

山口氏については当メルマガ2016年7月14日号「参院選めがけて出版された『総理』という本の中身」でも、取り上げた。参院選直前に出版されたその本は、総理大臣室の大きな机を背にワイシャツ姿でかっこよくポーズを決めて電話をかける安倍晋三氏の姿が表紙になっている。そのなかの一節。

特定秘密保護法、原発再稼働、集団的自衛権の行使容認といった安倍の打ち出す個別方針は、ほとんどの世論調査で、反対を表明する国民が賛成の人より多い。にもかかわらず、内閣支持率は4割から5割前後で高止まりしているのである。…不人気法案にも果敢に取り組む姿勢に、有権者は宰相としての安倍の「本気度」を見ているのではないか。

この記述を読むだけでも、「政治家に肉薄」を自慢するジャーナリスト山口氏の、広報宣伝マン的性格がよくわかる。安倍応援団の一人である幻冬舎の見城徹氏と山口氏が企図して参院選前にこの本を出版したとみる向きが多かったのは当然だろう。

就職の世話を装った性的暴行事件が疑われる人物を“アベ友”ゆえとしか思えない特別扱いで放免した捜査当局の姿勢はどうみてもアンフェアだ。メディアはもっと報道してしかるべきである。

安倍官邸は、よく知られているように、経産省とともに警察官僚が力を持っている。 事務方の官房副長官が元警察庁警備局長、杉田和博氏であり、中村格氏らと連携して、秘密保護法や共謀罪などの政策決定に関与してきたと推測される。

元警察庁警備局外事情報部長で、現在、内閣情報調査室を統括する内閣情報官、北村滋氏も安倍シンパの警察官僚といえる。山口氏が伊藤さんの問題で北村氏に相談を持ちかけていた形跡があることも明らかになっている。

警察庁、法務省、官邸、そして検察審の事務をあずかる最高裁事務総局はこうした疑惑を晴らすために、積極的に情報開示すべきだ。メディアも、及び腰にならず、果敢に権力の闇に切り込まねばならない。

image by: 山口敬之氏公式Twitter

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