映画「IT/イット」が若者を引きつけるワケ
公開中の「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」。恐怖のピエロをあえて隠して若者の興味を引く宣伝戦略をとっていた (C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
現在公開中の映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』が、大健闘している。
モダン・ホラー小説の大家・スティーヴン・キングの名作『IT-イット-』が原作。不良少年たちに目を付けられるような内気な少年たちが、子どもの失踪事件の原因となっている「恐怖のピエロ」=ペニーワイズと対峙する物語。通常のホラー映画はとことん恐怖心をあおる内容となっているが、キング作品らしい、勇気をもって困難に立ち向かう少年たちを主人公に、最後は「泣けるホラー映画」に仕上がっている。
興行収入が”後伸び”
11月3日に公開され、直後の週末の興行収入(売上高に相当、以下興収)は3日間で2.8億円と、『マイティ・ソー』に次ぐ2位にランクインした。2週目以降は徐々に動員数が下がっていくのが通常だが、2週目の週末は1週目より約2割増。3週目も好調をキープし、動員ランキングで1位に立った。その後も勢いは止まらず、4週目も2位をキープ。映画を観た観客が作品の内容に満足し、「怖いけど良い作品、観た方がいい」と、口コミで広がっていったことが“後伸び”する要因になった。
12月13日までの動員数は148万人、興収は19.4億円で、今週中にも興収20億円はクリアできそう。この数字は年間1000本以上公開される映画作品の中で、上位30に入る水準。興行収入10億円以上がヒットといわれる業界ではかなりいい数字だ。
しかも上映館は当初202スクリーンと、大作級の400〜500スクリーンに比べると半分程度。その後、評価が高まったことで254スクリーンまで拡大したが、いずれにせよ少ないスクリーン数で、効率的に数字を稼ぎ出したことになる。
12月初旬に都内の映画館を訪れると、公開6週目のレイトショーにもかかわらず、客席の半数程度が埋まり、20〜30代前後の若者やカップルでにぎわっていた。
なかでも、グループで訪れる観客が目に付いた。高校生や大学性、若手サラリーマンたちが団体で訪れるのが、この作品の特徴になっている。仲間内で「怖いけど面白いらしい」と広まり、遊園地のお化け屋敷にいくような感覚で訪れるのではないかとみられる。
20代の層にターゲットを絞る
その背景には、映画配給側の緻密な宣伝戦略があった。
配給を担った、ワーナーブラザース・ジャパンは、「宣伝戦略として高校生や大学生、20代の層にいかに訴求できるかにターゲットを絞った」(ワーナー・ブラザース映画マーケティング本部スーパーバイザーの大木麻友子氏)という。そして彼らに、“現象として盛り上がっている”ことを浸透させていったという。
11月3日の公開以来、「後伸び」で興行収入をあげており、20億円超えは確実になっている (C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
まずタイトルを『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』と、スティーヴン・キングの名作を知らない人にも観てもらえるように工夫した。そして大きいのが、宣伝文句で『スタンド・バイ・ミー』を使うことをやめたことだという。「スタンド・バイ・ミーのホラー版」といえば、宣伝文句にもなりやすいし、映画ファンならその方がイメージも湧きやすい。
しかし、それでは年配層はついてきても、「スタンド・バイ・ミー」を知らない若い世代にはまったく伝わらない。マスコミや評論家が、そう書く分にはかまわないが、シンプルに作品の面白さ(と怖さ)を伝えることに専念したという。
「いろいろな要素を宣伝につめこむと、本質が伝わらなくなり、口コミにつながらなくなる。怖い映画だと思って観た人がギャップを感じ、『それを伝えたい』と思えるように仕掛けた」(ワーナー・ブラザース映画マーケティング本部シニアマネージャー・吉田英央氏)
恐怖の対象となるピエロのペニーワイズも、どこか間抜けな感を醸し出すユニークなキャラクターだが、「出せば出すほど見た気になってしまい、飽きられてしまう。なるべく出し過ぎないようにした」(宣伝担当者)。
宣伝ではそうした余分な情報を押える一方で、露出は逆にSNSを中心に増やしていった。YouTubeやTwitter、LINE、インスタグラムなどに徹底的にプロモーションをし、さらに、「#ピエロ目撃Twitterキャンペーン」と銘打って、実際に街中にピエロの格好をしたスタッフを歩かせ、若者達に見つけてもらう活動を行なった。
落ちこぼれ集団「ルーザーズクラブ」の子ども達が、勇気を出してピエロと対峙する姿は、恐怖を超えて感動できる (C)2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
そのうえでテレビスポットCMを効果的に打ち、盛り上がっている雰囲気を醸成していったという。
宣伝も、ただ内容や面白さを伝えるのではなく、「YouTubeで予告解禁24時間以内に史上最多の1億9700万の再生回数を記録」と、ネット上での盛り上がりを強調した。
「最近は、宣伝くさくなると若者が避ける傾向がある。そのバランスには気をつかった」(吉田シニアマネージャー)
「R15+」指定もプラスに
さらに15歳未満が見ることができない「R15+」指定になったことも、プラスに考えた。「年齢規制が入るということは、それだけ怖いということ。高校生にとっては、『観られるのは大人になった証拠』と考えてもらうこともできる」(大木氏)。
日本以外でもヒットしており、ホラー映画としては『シックス・センス』(1999年)の世界興収6.7億ドル(約760億円)を抜き、12月13日時点で、6.9億ドル(約780億円)と、ホラー映画としては歴代最高の興収記録を更新している。
作品そのもののクオリティーは元から高かった。しかし米国で人気でも日本では人気がない作品が多く、良質な作品をしっかりと観てもらえるようにするは、工夫が必要になってきている。
「最近はなにかひとつだけ突出しているような作品でないと振り向いてもらえない」(大木氏)。新しいモノを求める今の若者に、いかに作品の良さを知ってもらえるか、映画界の模索は続いている。