米国のヘルスケア業界に先週、新たな動きがあった。日本ではまだ見られない動きで、今後関心が高まりそうだ。

 米ドラッグストア最大手のCVSヘルス(以下CVS)が医療保険大手のエトナ(業界3位)を買収すると発表したのだ。この動きは日本で言えば、マツモトキヨシがライフネット生命を買収するということに似ている。

 両社が買収を完了させるのは2018年下期になる予定で、買収額は675億ドル(約7兆6000億円)と巨額で、統合されれば今後日本にも影響が出てきそうだ。

 今回の動きは単に「薬局が保険会社を食った」というだけではない。そこから先を見据えた業界の動きがあるのだ。何があるのかを見ていきたい。

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全米で7位の大企業

 その前にCVSについて簡単に触れておく。

 1963年に創業以来、再編を重ねてきた同社は現在、店舗数が全米に9700。売上高は1775億ドル(約20兆円)に達する。「フォーチュン」誌500社のリストでは全米7位の企業だ。

 ちなみにCVSの意味は「C(コンビニエンス・便利)、V(バリュー・価値)、S(サービス)」。ドラッグストアといっても、マツモトキヨシなどと同じで、医薬品だけでなく歯ブラシや化粧品、洗剤や菓子までを扱う。

 これまで、ヘルスケア業界の巨大企業がM&Aを行うと、一般市民は負の結果を被ることが多かった。コスト高になり出費がかさむからである。

 今回の買収については業界から賛否両論が出ているが、特筆すべき点がいくつかある。消費者にとっては好ましいこともある。

 筆頭が医療サービスを低コストで、より簡単に利用できるようになる点だ。

 実は、CVSはクリニックも経営している。9700店舗のうち約1100店舗で「CVSミニット・クリニック」という診療所が併設されている。

 2000年から始まったサービスで、評判がいいのだ。利用者の95%が「利用してよかった」との感想を持つほどである。

 2010年にオバマケア(国民皆保険)が成立した後も、米市民は医療保険を得るために、民間の保険会社と契約する必要があった。契約内容は保険会社や個人の所得、保険の種類によって千差万別である。

医療費の高い米国に朗報

 CVSとエトナが合併すると、クリニック利用者に低価格の保険を提供し、薬価代も抑えられることが見込まれている。ただでさえ医療費が高い米国では朗報だ。

 ボストン大学のオースティン・フラクト教授が米メディアで書いている。

 「両社の合併は医療コストを下げ、より効率的な医療サービスにつながる可能性がある。これまで信じられてきた『処方箋医薬品の価格は上がる』という悪い芽を摘むことになるかもしれない」

 これまで、米国市民がもつCVSの一般的な印象はけっして良いものではなかった。

 店員数はほとんどの店舗で限定的で、店内で探し物をしていても聞くに聞けない状況が多い。全米第7位の企業と思えないほどの低質のサービスなのだ。

 しかしそれはドラッグストア部門に限られていた。

 CVSミニット・クリニックは市民が長年、待ち望んでいた医療施設だった。というのも、予約なしに飛び込みで診療を受けられる場所が米国にはほとんどなかったからだ。

 米国の医療施設は救急病棟以外、一般的に予約が必要である。朝起きて微熱があり、頭痛がある時、日本のように飛び込みで内科医に診てもらうことはできない。

 高熱であれば急患として病院に駆け込めるが、それ以外は基本的に予約が必要だ。

 風邪の症状で病院に電話を入れても、1週間後でしか予約が取れないことは日常茶飯事である。その時にはすでに風邪が治っているといった笑い話は旧聞である。

米国政府にとっても朗報か

 ミニット・クリニックは重篤な疾患の患者は診ないし、手術もしない。ただ風邪の症状に処方箋を出し、糖尿病の患者の定期健診を行って薬を出すなどの基本的な医療行為を行っている。

 そこにエトナが加わり、良心的な保険を提供すればサービスの価値が増す。

 CVSではこれを「バリュー・ベイスの診療モデル」と言っている。米政府が長年、医療コストの削減に努めているが、両社の合併によってコストを削ることができると見込まれている。

 コストを下げながら利益を上げることは、単純に考えれば矛盾である。しかし裏にはしっかりした計算があるようだ。

 ハーバード大学医学部アティーブ・メロトラ教授はCVSミニット・クリニックのような「小売クリニック」がより身近になり、利便性が高くなることで、「市民はこれまで以上にクリニックに数多く足を運ぶようになる」と指摘する。

 米国は広大だが、7割の国民は自宅から3マイル(4.8キロ)以内にCVSがあると言われている。車社会の米国では3マイルは遠くないという感覚だ。回数を重ねることが企業にとってのプラスになる。

 しかしミニット・クリニックは正規の病院ではないため、医療担当者と患者の関係が希薄で、病歴が分からないという点が指摘されている。

 また前出のフラクト教授同教授は、「寡占が進んで競合他社を追いやることになる」というマイナス点も述べている。

 競合他社という点では逆の動きもある。ネット通販最大手のアマゾンが処方箋医薬品の分野に参入してくる可能性だ。

 CVSにとっては何よりの脅威であり、アマゾン参入の前にエトナと組んで防衛網を張ろうという思惑が今回の買収劇にはあるようだ。

日本でも同じような動きは起きるか

 それでもミニット・クリニックを拡充していく戦略が、CVSのビジネス拡充につながることは間違いないだろう。

 それでは同じ流れが日本で起きないのか。日本全国に1570店舗を構えるドラッグストア大手マツモトキヨシ・ホールディングズに聞いてみた。

 本社広報は「クリニックを併設しているところとはありません。日本の場合、薬事法との関係で診療施設をつくることは難しいです」との回答だ。

 日本では予約なしで病院に行けるため、ドラッグストアとクリニックの併設は必要ないのだろう。

 CVSとエトナの合併はすでに企業間で合意にいたっているが、まだ米政府がゴーサインを出したわけではない。今年1月、ニューヨーク連邦地裁は、エトナによるライバル企業ヒューマナの買収を差し止めている。市場の寡占化が進むと判断したためだ。

 ただ政府は同業者による「水平統合」には目を光らせるが、薬局と医療保険という「垂直統合」には寛大との見方もある。

 いずれにしても、今後米ヘルスケア業界の再編が進むことは間違いない。

筆者:堀田 佳男