前回に引き続き、今回もAIに関するテーマでお話ししたい。

 AIや機械の台頭により人間の仕事が奪われるといった話は頻繁に聞くようになったが、では、どういった仕事であればAIや機械に取って替わられにくいのか。

 私は経営心理士として企業の経営を数字と心理的側面から分析して経営改善を行うコンサルティングを行っている。

 そういった経営改善の関わりの中で感じるのは、これからの時代、感情的価値の提供が人間の仕事としてクローズアップされるのではないかということである。

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機能的価値と感情的価値

 人間が仕事として提供する価値には機能的価値と感情的価値とがある。

 機能的価値とは、各種作業や応対、知識の提供、指導などによってもたらされる価値である。一方、感情的価値とは、その仕事を通じて相手が得られるポジティブな感情に基づく価値である。

 この感情的価値の提供については、機能的価値の提供に比べてまだまだ人間の仕事として残る可能性がある。

 この2つの価値について税理士の仕事を例に説明したい。

 会計処理の入力や税務申告書の作成、これは税理士の仕事における機能的価値である。ただ、この機能的価値は近い将来、AIや機械に取って替わられると言われている。では税理士の仕事で言うところの感情的価値とは何か。

 ある税理士の方はお客様である社長とお会いするたびに、「何か困ったことはないですか?」と聞くようにしている。

 社長は何かしらの問題を抱えていることが多いため、経営の悩みをその税理士に話す。その税理士はとにかく共感しながら社長の話を聞く。時には社長の話に感情移入して涙ぐむこともあるという。

 そうやって話を聞いた後に解決できることは解決し、自分が解決できないことは社長と一緒に解決の方向性を考える。社長のポジションにある人は孤独であることが多い。

 従業員はたくさんいても自分と同じレベルで経営のことを本気で考えてくれる人間は1人もいない。そんな社長は少なくない。

 ただ、この税理士は本気で社長と一緒に経営のことを考える。社長の悩みを聞き、社長と同じ気持ちを共有し、時に励まし、勇気づける。

 数字のことが分かり、他者の事例をたくさん知っている税理士がこういった関わりをすることは、社長の孤独さや寂しさ、不安を解消することに繋がる。これは税理士としての感情的価値の提供だと言える。

 こういった感情的価値をAIや機械が人間に替わって提供することは簡単なことではないだろう。

意を決して妻に感謝の言葉を伝える

 また、別の税理士の方からはこんな話を聞いた。

顧問先である社長と家庭の話になった際に、その税理士は自分が妻に感謝の気持ちを伝えた時のことを話した。

 結婚してから30年余りが過ぎ、今さら感謝の気持ちを伝えるような間柄でもないし、普段からそう言ったことを口にすることもない。ただ、どこかのタイミングできちんと言った方がいいんだろうなという気持ちはずっとあった。

 そこで意を決して妻を食事に連れて行き、照れくささを克服して日頃の感謝の言葉を伝えた。「いつもありがとうな」。

 妻の反応は「急に何よ」と言いながらも、目に涙を浮かべていた。それ以来、妻の機嫌がずいぶん良くなり、自分も感謝の言葉を抵抗なく妻に言えるようになった。妻との関係は大きく変わった。

 そんな話を顧問先の社長に話した。すると、社長はその話に胸を打たれ、「先生、いい話を聞かせてもらいました。私も妻に感謝の言葉を伝えようと思います」と話し、後日、結婚してからこれまでのいろいろな思い出と共に、奥様にこれまでの感謝の言葉を伝えてきた。

 奥様はぽろぽろと涙をこぼしながら喜んでくれたという。そして、その日以来、その社長夫婦の仲はずいぶん良くなった。

 「先生にきっかけをもらっていなかったら、妻に感謝の言葉を伝えることなんてしていなかったと思います。本当に貴重な機会をいただいてありがとうございました」

 そんな言葉を顧問先の社長からいただいたという。この税理士は、自分が照れくささを克服してなんとか妻に感謝の言葉を伝えたという経験を話したからこそ顧問先の社長の心を動かし、妻に感謝の言葉を伝えるという行動を起こさせた。

 これも税理士業務とは直接の関係はないが、顧客との関係の中から生まれた感情的価値の提供であり、そこに社長は大きな恩を感じている。妻に感謝の言葉を伝えた方がよいということを、その経験もなく語ったところで、相手の心を動かすほどの力を持つことは難しい。

 そのため、人間としてそういった経験を持たないAIや機械にはできないことである。税理士業務と一言で言っても、機能的価値と感情的価値の両方を提供できている税理士もいれば、機能的価値しか提供できていない税理士もいる。

機能的価値はAIや機械に代替されやすい

 機能的価値しか提供できていない税理士は、機能的価値がAIや機械に代替できると顧客が判断した時点で契約を切られる。

 ただ、感情的価値までしっかり提供できている税理士であれば、契約をすぐに切られるということにはなりにくいだろう。

 また、ある医師の方からこんな話を聞いた。

 「最近の若い医者はろくに患者の話を聞かず、患部に触れることもなく、すぐ機械に頼ろうとする。そんな診察の仕方をしていたら治るものも治らなくなる」

 その方がある年配の女性を診察した時の話をしてくれた。その女性は足の痛みがひどく、まともに歩けないような状況で、いろいろな病院を回ったが痛みは一向に治らず、こちらの病院に来た。

 そして、その先生の診察を受けて以降、足の痛みが日に日に治まり、具合がずいぶん良くなったという。

 その女性が回復の御礼を言いに行った時にその先生にこんな話をされた。

 「今まで行った病院はどの先生もまともに私の話を聞いてくれず、レントゲンを撮ったり、いろんな機械を使ったりして、結果と今後の治療計画を淡々と教えてくれるだけでした」

 「でも、先生は私の話をしっかり聞いてくれました。そして、膝をさすってくれながら『これは痛いですよね。おつらかったでしょう』と私の目を見て言ってくれました。この一言が本当に嬉しかった。それで私は元気をいただいたんです」

 症状の説明をして、治療計画を伝え、薬を出す。これは医師の仕事としての機能的価値の提供である。

 一方で、患者の話に共感し、「これは痛いですよね。おつらかったでしょう」と目を見て伝えるというのは医師の仕事における感情的価値の提供であると言える。

 機能的価値に関しては、米国では既にAI医師が開発されており、このAI医師は患者の症状に基づいて数百万件以上のカルテと数万件の医療論文、医療雑誌を瞬時に解析して、最適な治療計画を提示することができるという。

 ただ、先の女性はいろいろな病院で機能的価値の提供を受けたが足の痛みは治らなかったが、感情的価値を提供してくれたことをきっかけに回復に向かった。

感情的価値を意識できていない人は多い

 AIや機械に「これは痛いですよね。おつらかったでしょう」と言われたところで、果たして「元気をいただきました」と回復のきっかけとなるだろうか。

 これは税理士や医師の仕事に限った話ではなく、多くの仕事において機能的価値と感情的価値の2つの側面がある。

 ただ、機能的価値からしか価値の提供を考えておらず、感情的価値については意識できていない人は少なくない。

 もちろん機能的価値が失われれば感情的価値をいくら提供したところでビジネスとして成り立たないというケースはあるだろう。

 ただ、機能的価値の提供に関してAIや機械が人間を圧倒的に凌駕する分野で勝負したところで、AIや機械に取って替わられるのは時間の問題である。

 AIや機械ではなく、人間にやってもらいたい。そういう仕事において強みを発揮できるキャリアが、今後の時代には人間の仕事として注目されるのではないかと思う。

 その切り口として、自分は感情的価値を提供できているかという視点から自らの能力とキャリアを振り返ることは今後のキャリア戦略を考えるうえで重要な要素となるのではないだろうか。

筆者:藤田 耕司