5代目シビックタイプR(撮影:梅谷秀司)

ホンダが9月末に日本市場で発売した新型「シビック」。一時期は日本での販売を取りやめていたが復活させ、走りの性能に特化した高性能モデル「タイプR」も同時に発売した。

2015年秋に750台限定で受注を受け付けた(その後、抽選で販売)先代(4代目)シビックタイプRに続く5代目となる。発売から約1カ月後に発表となったその5代目シビックタイプRは約3000台を受注。消費税込みの車両本体価格450万円という高価格帯な車種としては、好調なスタートを切ったと言っていい。

ホンダの「タイプR」といえば、かつては最高峰スポーツカー「NSX」や「インテグラ」(現在は絶版)にも設定された日本を代表するスポーツモデルの証しであり、その血脈が途絶えていたことを惜しむファンも多く、その復活は喜ばしいことにほかならない。

5代目シビックタイプRの性能は

5代目シビックタイプRは、5ドアハッチバックをベースに最高出力320馬力、最大トルク40.8kgf・mに及ぶパワフルな2000cc直噴VTECターボ・エンジンを搭載。6速マニュアル・トランスミッションを組み合わせ、専用設計の足回りを採用、ニュルブルクリンク北コースにおけるラップタイムは7分43秒80を標榜する。世界最速のFF(前輪駆動)車が現役車種の地位を取り戻した。


実際に試乗の機会を得た自動車ジャーナリストたちの評判はすこぶるいい(撮影:梅谷秀司)

最高速270km/hという世界で求められる空力性能に配慮したと思しき、ちょっと風変わりなスタイリングに対する評価はともかくとして、実際に試乗の機会を得た自動車ジャーナリストたちの評判はすこぶるいい。

しかし、消費者目線で語るとき、諸費用込みで500万円弱という価格はどうにかならないのか、というのが議論を呼んでいる点だ。ホンダのホームページでセルフ見積もりしてみたところ、オプションをまったく装着しない見積価格は約475万円だった。「シビックは若者のためのスポーツカーであるべきなのではないか」と。

かつて「シビックタイプR」といえば、ごく一般的な量産型ハッチバック車のエンジンをカリカリにチューンするとともに車両重量を軽量化。締め上げたサスペンションと固めのデフを与えて元気に走るモデルだった。エアロパーツやレカロ製バケットシート、チタン製シフトノブ、モモ製ステアリングなども装備しながらも、車両価格も初代は税抜きで199.8万円(東京地区)とお手頃であった。

チューニング好きの走り屋が後から組むようなパーツの一群が、ほとんどあらかじめ組み込まれていたから、走り屋連中はこぞって入手してサーキットに持ち込んだものだ。ホンダの赤いエンブレムも象徴的だった。

性格が大幅に変わったのは…

このシビックタイプRの性格が大幅に変わったのは2007年登場の3代目・4ドアセダンモデルだった。たしかにエンジンのタッチはあいかわらず独特の先鋭的な高回転型だったものの、ボディサイズが大幅に拡大されており、従来型のファンの心に届く仕上がりではなかったように思われる。

しかも車両本体価格は300万円前後へと大幅に上昇した。熱烈なファンたちの声を受けて、2009年には限定販売ながら本来日本市場には導入されていないハッチバックボディを持つモデルが「タイプRユーロ」として導入された。

さらに性格をがらりと変えたのが4代目シビックタイプRである。およそ5年ぶりに限定販売として復活したこの世代からは脈々と受け継がれてきた自然吸気超高回転型エンジンを捨て(排ガス性能の観点から諦めざるをえなかった)、ターボチャージャーの装着により320馬力ものパワーを得ることを選んだ。

足回りにも電子制御のアダプティブ・ダンパー・システムやデュアルアクシス・ストラット、19インチ・タイヤなど、サーキットでの速さに貢献するものはすべて織り込んだ仕様として、ニュルブルクリンク北コースにおいてFF車世界最速ラップタイムを刻むことが使命とされ、それを成就した(7分50秒63)のだ。その過程で上昇せざるをえなかったのが価格で、先代シビックタイプRのそれは消費税込みで車両本体428万円にまで高まったのである。


先代モデルの絶対的な速さを追求する路線を踏襲し、さらに進化させた(撮影:梅谷秀司)

5代目シビックタイプRは、先代モデルの絶対的な速さを追求する路線を踏襲し、さらに進化させたモデルだ。前述したエンジンの高出力化に加え、ベースモデルであるシビックセダン/ハッチバックと同様のリアマルチリンクサスペンションの採用、ボディの高剛性化を施した成果が、ニュルブルクリンクにおけるラップタイムを7秒近くも更新することにつながったのだ。

それにしても「450万円は高い」との声には筆者も同情する。初代から比べると2倍以上にハネ上がっている。2016年9月に国税庁が発表した「民間給与実態統計調査」によれば給与所得者の平均年収は420万円。男性に限っても同521万円だ。

多くの人にとっては年収より高いクルマなわけだ。昔のクルマとの比較でも、消費税のことは措くとしても、1989年に発売となり、国産最速といわれた日産自動車の「スカイラインGT-R」(BNR32型)の発売当初価格は440万円台だった。その後の物価上昇を加味したとしても、5代目シビックタイプRはそれよりも高い。

「高くても仕方ないな」と思わせられることも事実

しかしながら、5代目シビックタイプRのディテールを探るにつれて、多くの点で「これは高くても仕方ないな」と思わせられることも事実だ。まずはニュルブルクリンクのラップタイム。世界の各自動車メーカーなどによる公称値を集めたウェブサイトを覗くと、7分43秒台というのは途方もない水準で、同レベルを記録しているクルマたちは軒並み最高出力500馬力以上のスーパーカーばかりだ。「わずか」320psで前輪駆動のクルマがこうしたタイムを得るために、ホンダが基本性能の向上と細部の最適化に途方もない努力を注いだことは想像に難くない。

「わずか320馬力」と述べたが、少し前にあるメーカーのシャシー開発エンジニアが語った言葉を引用させてもらうと、「前輪駆動車で制御できるのは250馬力が限界」なのだそうだ。基本に立ち戻ると、自動車というのは、加速すれば荷重が後方に移動し、前輪は接地しにくく空回りしやすくなる。これを抑えるためサスペンションを硬くすれば、こんどはコーナーで十分な接地性が得られなくなるという具合だ。

5代目シビックタイプRは、絶対的なグリップを高めるため、前後のタイヤはフェラーリ458のフロントと同サイズ(245/30ZR20)にサイズアップした。幅広で断面が薄い大径タイヤは直線の加減速に有利ないっぽう、カーブで車体が傾いたときのグリップの変化が大きいため扱いにくいのが一般的な傾向だ。

そこで、前:デュアルアクシス・ストラット、後:マルチリンクという凝った構造のサスペンションをおごり、ダンパーには電子制御の減衰力可変機構を設け、サスペンションが大きくストロークしても路面に対するタイヤの接地面積が減らないよう努めた。

2世代前のシビックタイプRユーロから搭載されているスピン防止装置「VSA」、そしてその発展機能であるところの「アジャイルハンドリングアシスト」にも触れておきたい。これらは4輪それぞれのブレーキを独立制御することで、限界的な状況でも車両がスピンすることを防ぎ、コーナリング性能を高めてくれるシステムだ。

かつてこうした電子デバイスはドライバーによるコントロールを邪魔するものとして、純粋なスポーツカーでは不要とみられていた。しかし現在では人間技よりも素早く確実に、かつ、左右のブレーキを独立制御することなどドライバーにはできないから、いまではプロドライバーでも積極利用したほうが速く走れるというほど完成度が高まっている。

そういうわけで、昔なら経験を積むために何台かクラッシュさせて犠牲にしなければサーキットで速くは走れなかったものが、限界まで性能を引き出してもいまのタイプRはそうそうスピンすることはないし、不注意による事故を防げるという意味でも相当安全になっており、結局オーナーが車両に費やすコストは抑えられるともいえる。

最後に付け加えれば、従来型の中古車市場を見てみると、シビックタイプRは大事に走らせれば売りに出すときもかなり高い下取り価格を期待できることがわかる。以上のことを考慮するに、このFF世界最速車が500万円前後で手に入ることは妥当と思える一方で、そろそろスカイラインの冠を外した日産「GT-R」と同様、その名に与えられた「シビック」という枕詞を捨て去る時期が近づいているのではないか、とも考えられる。