どちらが経営者か、わからない……。

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飲み会で肩に手をかけた――。このセクハラで「慰謝料5万円」の判例がある。実際のセクハラ慰謝料は、程度、期間、内容によって、かなり上下する。もし、会社でセクハラ事件が起きたら、どう対処すればよいか。慰謝料の目安はいくらか。そして、解決の肝は。労働問題を扱う弁護士が教える。

■あるある、圧倒的な実力者によるセクハラ

私の経験から言って、セクハラの加害者は、抜群の“数字”を背景に社内で発言力を持っている者が多い。「オレは会社にとって必要な人材なのだから、社長も無下にはできないだろう」という自惚れが、意識の根底に流れている。

弱腰な経営者の会社では、こういった”勘違い幹部”が幅を利かせることになる。経営者が直接注意しても「何を言っているの?」と言わんばかりに相手にしないことすらある。もし、その場面をほかの社員に見られでもしたら、経営者は威厳を失うことになってしまう。

実際によくある話をする。若手の女子社員から「営業部長にセクハラを受けた」という告発があった。それも、肉体関係も含めてだという。加害者は、圧倒的な実績を持つ実力者。こういった苦々しい状況で「島田さん、何とかして」と頼まれると、何ともやるせない気分になる。「経営者なら自分で何とかしなさいよ」と感じることもある。さりとてむげに断れば、被害にあった女性が、あまりにもかわいそうだ。

そこでしかたなく”社長の参謀”として知恵を絞ることになる。ただ、私は自分がいきなり表に出るようなことはせず、黒子に徹するのが通常だ。目的は、経営者自身に被害者にも加害者にも向き合ってもらうためだ。事件を解決するだけなら、代理人として私が表に出たほうが手っ取り早いし、費用もいただきやすいが、それでは経営者の面目が立たないとも思うからだ。

■「社員の言い分」を裏づける客観的な資料とは?

セクハラ問題への対処は、事実の確認から始まる。女性の涙の訴えを目にすると、正義感に駆られ、「あいつはどこに行った!」といきなり加害者とされる男性を呼び付けてしまう経営者が少なくない。加害者が事実を否定する、ということをまったく想定していないため、名誉棄損、あるいは侮辱と加害者から逆襲されかねないので注意が必要だ。

たしかに、女性の自作自演、あるいは男性との合意の上だったという事案もあった。事実として何があったのかを、客観的な資料で確認すべきだ。客観的な資料とは、女性の言い分を裏付ける「メール履歴」などといった動かしがたい資料のことだ。言い分しかないときには、ICレコーダーなどで新たに資料を確保するよう、女性にアドバイスしていただきたい。

会社として調査する際には、調査していることが相手に発覚して、女性が二次的被害を受けることに注意を払わなければならない。「彼女と営業部長との関係について教えてほしい」と他の社員にたずねれば、「彼女と営業部長ができている」という噂になりかねない。噂の怖いところは、根拠のないものであるほど、広がるにつれて話が具体性を帯びてしまうことだ。会社として調査を始める前に、誰まで情報を共有していいのか、被害者である女性に確認をとっておくべきである。

まれに「"男女の問題"は当事者で解決してくれ」という経営者がいる。これは100パーセントNGだ。会社には、職場が社員にとって働きやすい環境であるように配慮する義務がある。これを一般的には安全配慮義務という。女性からの申し入れがあるにも関わらず放置すれば、会社の安全配慮義務違反と指摘されてもやむをえない。

調査をして、セクハラの事実があったとする。この場合には、然るべき慰謝料を被害者に支払うことになる。明らかに業務から離れた私生活のことでない限り、会社は責任を免れない。では、その額はいくらか。

■「逸失利益」もプラスで、900万円のケースも

慰謝料の額については、行為内容、期間あるいは被害の程度を考慮して判断することになるため、一概に語ることはできないが、労働事件を扱う弁護士としては、それなりの相場観を持っている。あくまで私の個人的な相場観をお伝えしよう。

身体的接触行為がないケースでは、80万円を一つの基準としている。身体的接触を伴うケースでは、160万円を一つの基準としている。この基準を始まりとして、行為の内容、被害の程度、期間などを反映して調整していくことになる。

これらは、慰謝料だけの話である。仮にセクハラで退職を余儀なくされた場合には、逸失利益が損害として認定されることがある。ここでいう逸失利益とは、退職しなければ得られたはずであろう将来の収入と言っていい。肉体的関係に至ったケースで、慰謝料が30万円とされつつも、逸失利益が900万円とされた事案もあった。

■最後まで面倒を見るのが、経営者の責任

一般的に、セクハラの慰謝料について「低すぎる」との批判がある。過去の判例からすれば、50万円以下という低額の慰謝料が多い。飲み会で女性の肩に手をかけた事案では5万円だった。今後は、高額化するのではないかと考えている。誤解していただきたくないのは、損害賠償をすれば、被害者の被害が回復されるわけではないということだ。被害者としては、「お金の問題ではない」というのが正直なところであろう。

女性のなかには、セクハラをきっかけに退職する方が少なからずいる。いくら謝罪をされ、賠償金をもらっても、「被害者」と「加害者」という関係は変わらないため、同じ職場で働くことは難しいことが多い。

こういう場合には、経営者としても、再就職先を手配するなどのフォローを人として怠ってはいけない。誰かを採用するとは、その人の人生を背負うことだ。最後まで面倒をみることが、経営者の責任ではないだろうか。社員が見ているのは、そういった不器用ながらも努力するひたむきな社長の姿だ。

■処分は必ず、社長自身が下すこと

さて残る問題は、加害者に対する処分である。「実力者だけに辞められるのも困る」と不安に駆られて、何も言い出せない若い経営者も散見される。こういうときに「島田さんが対応して」と言われるのがオチだが、引き受けることはない。ここで社員と対峙することから逃げると、いつまでも"真の経営者"になることができないからだ。

中小企業において、社員は会社ではなくて経営者を信じて勤務している。その社長が問題のある社員への対応から逃げていたら、他の社員は一体どのように感じるだろうか。きっと「面倒なことは全部弁護士に任せるんだね。お金のある人は楽でいいよな」と失望されてしまう。

弱腰だった経営者が、加害者である社員にしかるべき処分を言い渡したとする。加害者のなかには、激高する者もいれば、退職する者もいる。自分も弁護士をつけて訴えるという者もいるだろう。相手がどう出るかは読めない。読めないことを悩んでも、しかたがない。争いになれば、そこからは私の出番だ。

ここで大切なことは、「経営者自身が自分の言葉で処分を下す」ということだ。これさえできれば、他の社員の見方が変わってくる。処分が不当として裁判沙汰になるかもしれないが、そこで社員からの評価が下がることはない。

劉備、徳川家康など、逃げることで地位を作り上げた人物は多数いる。ただ彼らは、逃げてはならないところで逃げなかったからこそ、地位を作り上げたともいえる。経営者とて同じであろう。

初めから優秀な経営者などいない。誰しも、成功と失敗を経て、優秀な経営者に「育つ」のである。最後にアメリカの心理学者・哲学者であるウィリアム・ジェームズの言葉を書いておこう。「苦しいから逃げるのではない。逃げるから苦しくなるのだ」。

(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行)