『インセプション』以降の“夢”の在り方ーー『フォーリング・ウォーター』の綿密で複雑なパズル

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 オンライン動画配信サービス「Hulu」が今年9月に行った「HuluプレミアAutumn 2017-Spring 2018 Line-up発表会」において、今年のエミー賞で作品賞に輝いた『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』(2018年初春配信予定)と並んで、ひと際注目を集めた海外ドラマ『フォーリング・ウォーター』。その日本独占配信が、いよいよ始まろうとしている。

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 ドラマ『ウォーキング・デッド』の製作総指揮をはじめ、映画『ターミネーター』シリーズ、『エイリアン』シリーズなどの製作にも名を連ねているゲイル・アン・ハードと、スパイ・スリラー『HOMELAND/ホームランド』などの脚本を手掛けてきたヘンリー・ブロメルがタッグを組んで生み出したサスペンス・スリラーという触れ込みの本作。本国アメリカでは、『MR.ROBOT/ミスター・ロボット』など、秀作ドラマ・シリーズの放送で知られるUSAネットワークでオンエアされ、静かなブームを巻き起こしたというこのドラマは、こんなナレーションによって本格的に幕を開けるのだった。

「誰もが夢は個人的な現象で、自分だけのものと思う。それが間違いなら? 我々の夢が壮大なモザイクの断片だとしたら? ある人物が自分の夢から他人の夢の中へ入れたら? その人物があなたなら?」。

 物語の中心となるのは、互いに面識のない3人の登場人物だ。ひとりは、世の中のトレンドを直感的に予測する「トレンドハンター」という仕事を生業とする女性、テス(リジー・ブロシュレ)。かつて精神を病んでいたことのある彼女は、7年前に自らが妊娠し、男の子を出産したという「妄想」に囚われている。なぜなら今も、連日その「夢」を見るからだ。しかし、その事実は彼女の「記憶」にないし、「記録」にも残っていない。周囲の人物も、そんな事実はないと彼女をたしなめる。それは果たして、彼女の「妄想」なのだろうか? それとも何者かによって隠された「現実」なのか?

 2人目の人物は、国際投資銀行の「フィクサー」として働く男性、バートン(デヴィッド・アヤラ)だ。元イギリス陸軍の特殊空挺部隊(SAS)である彼は、持ち前の洞察力を活かして、従業員のトラブルを秘密裏に処理したり、取り引き相手の知られざる素性を探るなど、「影の仕事」を一手に引き受けている。しかし、そんな彼もまた、連日ある「夢」に苛まれている。かつて彼が愛しながらも、忽然と姿を消した女性(名前は明らかにされず、ただ「赤い服の女」とだけ表記されている)に関する「夢」だ。彼女が現れるのは、彼が眠っているときだけではない。まるで「白昼夢」のように、それは彼の「現実」を次第に侵食し始めるのだ。だが、そもそも彼女は、本当に実在するのだろうか?

 最後のひとりは、ニューヨーク市警の刑事、タカ(ウィル・ユン・リー)だ。優秀な刑事である一方、7年前からずっと昏睡状態にある母親の介護に追われる彼は、どうやら過去、その母親と何らかの確執があったようだ。彼が「夢」で見るのは、自分が少年だった頃、母親との懐かしい記憶だ。しかし、ある事件をきっかけに、彼はあるカルト教団の集団自殺の現場に遭遇する。お揃いの緑色のスニーカーを履いた7人の遺体と、壁に鏡文字で書かれた「TOPEKA(トピカ)」という言葉。そのカルト教団の捜査を進めるなかで、彼は教団の関係者から意外な話を持ち掛けられる。「私たちは、あなたの母親を救う方法を知っている」と。なぜ、母親の存在を知っているのか? 母親と教団は、過去に何らかの関わりがあったのだろうか?

 その人物の過去と現在をめぐる問題と、それぞれの「夢」に表象される深層心理など、ひとりひとりのエピソードだけでも十分一本の作品になり得るようなディテールと深み、そして数々の「謎」に満ち溢れた物語。本作が興味深いのは、彼ら3人がそれぞれに見る「夢」が、実に複雑な形で絡まり合っている点にあると言えるだろう。互いの存在を知らない彼らは、やがてそれぞれの「夢」のなかで邂逅する。そこは、市松模様の床が印象的な、雰囲気のある洒脱な高級レストラン「マルチェロ」。そこには、彼らが現実世界で見知った人物や、顔の無い謎の男(!)……そして、テスが探し求めている息子の姿もあるのだった。これは、果たして誰の「夢」なのか? そして、その「夢」が彼/彼女たちに暗示するものとは、何なのだろうか?

 「夢」というのは、古今東西、数々のドラマや映画のなかで、頻繁に扱われてきたモチーフだ。そのなかでも、「他人の夢に入り込む」という本作の設定を見て最初に思い出すのは、クリストファー・ノーラン監督の映画『インセプション』かもしれない。そう、本作はまさしく『インセプション』以降とも言うべき「夢」の在り方を、その中心的なテーマに据えた作品なのだ。すなわち、我々が見る「夢」というものを、単に「現実」と「虚構」のあいだにあるものとして扱うのではなく、現実世界(「物質世界」と言ってもいいだろう)では決して起こり得ない、他者とのスピリチュアルな「繋がり」の場所としての「夢」。よって、問題となるのは、その境目……「現実」と「虚構」の境目ではなく、そこで得られる「繋がり」と、それが人々にもたらせる「意味」のほうなのだ。

 ブリット・マーリング主演のドラマ『The OA』、あるいはウォシャウスキー姉妹のドラマ『センス8』など、人種や性別を超えた人々が、「ある精神世界のなかで繋がる」ことを描いた作品は、近年とりわけ数多いように思われる。さらには今年、そんな「連鎖して侵食する悪夢的世界」の草分けとも言えるデヴィッド・リンチが、『ツイン・ピークス The Return』として、約25年ぶりに「ツイン・ピークス」の世界を描き出したことも、大いに話題となった。本作『フォーリング・ウォーター』は、その大きな流れのなかに位置する作品といっても過言ではないだろう。ちなみに、リンチ的な「終わりなき悪夢」が、リンチ個人のめくるめく想像力の産物であるとするならば、本作は「夢」という形で現れる人々の「集合的無意識」とも言うべき事象をひとつのものに編み上げることによって浮かび上がる、より高次な「真実」といったニュアンスも感じられる。人種や国籍など、外見や情報に左右されることなく、精神的に繋がり合うことができるならば、人類はより高次な存在になれるかもしれない……そんな、ある種SF的とも言えるテーマも内包しているところが、本作のさらに興味深いところなのだ。

 すでにシーズン2の製作も決定しているという『フォーリング・ウォーター』。表題の通り、随所に挿入されるさまざまな「水」のイメージや、頻出するシンメトリカルな構図、さらには通奏低音のように流れる不穏な音楽……すべてのヒントは、物語のなかに現れているように見えるにもかかわらず、それが全体として何を意味するのかは、最後の最後までわからない。まさしく、誰かの「終わりなき夢」を覗き見ているような……。これからの年末年始、ある種幻惑的とも言える、この緻密で複雑なパズルにじっくり取り組むには、まさしくうってつけのタイミングと言えるだろう。(麦倉正樹)