狩野さやか
はじめに、このイラストをご覧ください。産後のママとパパの状態を示したものです。


崖から落ちそうな危機的状況なのに、「がんばれー!」と無邪気に応援するパパと、「自分でどうにかすべきなんだろうな……」と自問自答しているママ、という最初のフェーズが左側。それを放置した結果、まだ崖から落ちそうな状態のまま、「自覚してよ!」とイラつき怒り攻撃するママと、「だって俺は仕事なんだよ!」と防戦するパパというフェーズが右側の状態。

もう、とりあえず、応援とか我慢とか攻撃とか防御とかしなくていいから、いますぐママは「落ちるー!助けてー!」と叫んで欲しいし、パパは「ヤバイ!」と荷物を放り出して手をガシッとつかんでほしいのに……。

こんなイラストが登場する、産後を乗り越えるパパとママのための本が出ました。


■育児の現場にはママとパパの険しい顔があふれている


子どもと和やかに過ごしていたのに夫が現れた途端に険しい表情になるママ……そんな現実の裏側にあるママのモヤモヤや不機嫌のカラクリについて、私がMAMApicksにコラムを書いたのは5年ほど前のことでした。「妻の不機嫌ループ 〜困惑する夫たちに捧ぐ〜」(初出:2013年08月01日)というその文章は、現在も引き続き新しいMAMApicks読者の皆さんが読んでくれています。

多くの反響からは、いっけん個人的で小さなささやかな気持ちの背景に、性別役割意識の呪縛や、子育てを契機に経験する環境変化の分量の圧倒的な差など、多くの夫婦が直面する共通の法則があることが見えてきました。

■「大きな社会問題」ではなく「小さな家の中の社会問題」


一方、世の中では、保活問題、男性の育休取得率、働き方改革などが社会問題として取り上げられるようになり、声も次第に大きくなっています。それらが重要で対処されるべき問題なのは間違いありません。でも、あのママやパパの暗い顔は、果たして保活と過働きが解決し男性が育休を取りさえすれば、祝杯をあげ笑顔になる種のものなんだろうか……そんな疑問を一方でずっと感じてきました。

保活など「大きな社会問題」では語れない、もっともっと手前の、もっと小さな家の中のさらに狭い部屋の中で問題は起きているはず。その「小さな社会」に注目して説得力と納得感のある形で伝えられないか……と考えてきたことを、一冊分のまとまった文章に書き上げたのが、この本です。

「大きな社会」を誰かが変えてくれるのを待っていたら子どもは大人になってしまいます。でも、目の前の夫婦の間の小さなやりとりという「小さな社会」を変えれば、そこにつながる「大きな社会」は変わっていくはず、そんな思いで書きました。

■パパに「産後のママのリアル」を伝えたい


まず一番重視したのは、男性にもわかるように産後の女性の状況をていねいに解説することです。

育児の「あるあるエピソード」の断片だけで終わることなく、男性を責めるためのものでもなく、パパがより正確な想像力を働かせ、危機感を持ってイメージできるような材料で説明を重ねました。「子どもを産んで育てる『だけ』のことがなんでそんなに大変なの?」という疑問は、育児真っ只中のママにとっては無神経極まりない言葉に感じられるものですが、パパに限らず実は女性だって産前には思っていたこと。それを「環境変化」という切り口でじっくり見ていきます。

一方でパパの直面する厳しい現実も受け止め、「時間がない」「必要ない」「しかたない」からどう抜け出すか?という見方もしていきます。育休を取らないことを断罪するのではなく、育休が取れない現実の中でもパパができる小さな一歩のヒントを提示しました。

なぜ「同時に親になった」はずのふたりがずれてしまうのか……その構造を俯瞰する中で、最初にご紹介したイラストも登場します。実は今、こんな状態じゃないのかな?と、自分たちの状態を外から眺めるきっかけにぜひして欲しいと思っています。

■専業も共働きも関係なく、育児の過酷さとママのモヤモヤの根っこをとらえたい


専業か共働きかということを、この本では分けて考えていません。「ワーママ」というくくりで語られる理屈の中には「収入に応じて家事の分担も同等に」というキッパリハッキリしたものもがあります。これは、もっともな主張である一方で、「稼いでいない」女性の立場を低くし発言力を奪うことになっていると感じてきました。同時に、男性の「うちの妻は働いてないから俺がやる必要ないでしょ?」「復職するときにやれば今はいいよね?」という主張を肯定することになってしまいます。

産後というのは働いている女性でも一旦は専業状態になっていることがほとんどです。専業も共働きも関係なく、「産後の女性」として捉えることでこそ、男女ともに必要な危機感が見えてくるという視点で通しています。

■戦いうための武器ではなく小さなコミュニケーションの道具にしてくれたら


産後は夫婦のコミュニケーションが重要とよく言われますが、夫婦でまっすぐに向き合って感情抜きに話をするなんてことがどれだけ難しいかは、多くの方が実感していることでしょう。

もちろん夫婦でこの本を回し読みして素直に話し合えたらそれは素敵なことです。でも、そこまでいけなくてもいい。この本を読んだママが、もし自分のモヤモヤが言語化されていると感じる箇所があったなら、付箋をフサフサにつけて、赤線をぐいぐいひいてそっとパパに渡して欲しい。渡せなかったら食卓にそっと置いておくだけでもいい……そんな使い方をしてくれたらと思っています。

理想を言えば、本当はパパ自身に手にとって欲しい。パパが最初に読んで、「全然知らなかった、こんなに大変だったんだね」と素直にママに渡せたら、それだけで大きな変化が生まれるはずです。

相手の非をとらえ攻撃する武器ではなく、互いの痛みを知り一歩乗り越えるための道具にぜひ使ってください。

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出版社から本を書かないかと話をもらってから、このテーマをどう説得力を上げて組み上げていくか格闘してきた過程は、正直に言えばなかなか大変なことでしたが、私なりの視点で今言えることをひとつの流れで示したつもりです。大小さまざまなエピソードや事例、リアルな声、データ、専門家の先生の話などを交え、ママの視点でもパパの視点でも、やわらかくどんどん読み進めていける本に仕上がっていますので、ぜひひとりでも多くの現役ママ&パパ、そしてプレママ&プレパパに手にとっていただけたらうれしいです。

「あきらめママ」と「無関係パパ」はもう卒業!
小さな一歩で手に届く社会を変えていきましょう。

『ふたりは同時に親になる 産後の「ずれ」の処方箋』
出版社オフィシャルサイトの紹介(目次あり)
http://saruebooks.com/item/book_08.html

狩野さやか
Studio947でデザイナーとしてウェブやアプリの制作に携わる。自身の子育てがきっかけで、子育てやそれに伴う親の問題について興味を持ち、現在「patomato」を主宰しワークショップを行うほか、「ict-toolbox」ではICT教育系の情報発信も。2006年生まれの息子と夫の3人で東京に暮らす。リトミック研究センター認定指導者資格有り。