12月10日、2017年度のノーベル賞授賞式が挙行とのニュースはすでに日本国内にも届いていると思います。

 平和賞の式典はオスロで開かれました。

 受賞したICAN=核兵器廃絶国際キャンペーンの代表の1人として、カナダ在住の広島原爆被爆者、サーロー節子さん(85)がメダルと賞状を受け取り、「核兵器は絶対悪」と演説して全世界にその模様が報じられています。

 本稿はベルリンで記していますが、こちらの友人たちと議論しつつ、国際社会はある曲がり角に差しかかっている、という点で大きく意見が一致しました。

 ポイントは「唯一の被爆国・日本」という言葉は死語になっていくだろう、というところにあります。

 広島・長崎から72年、えとが6回巡る間、国際社会で日本は「2つの原子爆弾の投下」「第5福竜丸事故など、冷戦期核兵器による被曝被害」そして平和利用であったはずの福島第一原子力発電所事故による「3つの被害」を一身に受けてきた、人類史上まれに見る悲惨な運命を背負った国家とみなされてきました。

 それが、今回、外されたことになるという点で、疑問を差し挟む人は、ベルリンやミュンヘンの身近な大学人にはありませんでした。

 その周辺を確認してみましょう。

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ICANの受賞は何を意味するか

 まず、今回ノーベル平和賞を受賞したICANとは何であるか、から確認しておきましょう。

 ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン=International Campaign to Abolish Nuclear Weapons)とは、国連「核兵器禁止条約」への参加交渉の開始と、支持取りつけのロビー活動を世界各国政府に対して行うべく設立された国際NGOで、2007年、コスタリカ、マレーシア両国政府から国連への共同提案として同条約が準備されると同時に設立されました。

 いまだ10年の歴史ですが、活動の甲斐あって、2017年7月7日、全世界122か国の賛成をもって採択されました。

 核保有国「など」が参加しなかったのは、ご記憶の方も多いと思います。国連加盟国は193か国ですので63%、約3分の2の賛同を得ての採択でした。

 この「など」の中に、「唯一の被爆国」だったはずの「日本」が含まれていたことで、国際平和世論の日本への見方、正確には「日本政府」への見方は、非常に厳しいものとなってしまったのも、覚えておられる方が多いのではないでしょうか。

 毎年恒例となっている、日本が提案する「核兵器廃絶決議案」、正確には「核兵器の全面的廃絶に向けた新たな決意の下での共同行動」は第72回国連総会での採択に向け、10月27日に国連の第1委員会に提出されましたが、これに賛成した国は86か国しかありませんでした。

 全世界の27か国が「いったい日本は何を考えているのか」というブーイングとともに、核兵器禁止条約加盟国として「日本政府の主唱する核廃絶」には賛同せず、棄権するという、厳しい意見を突きつけることになってしまった。

 ちなみに、日本の提案に明確に「反対」したのは、中国、北朝鮮、ロシアとシリアの4か国で、まあこれは、そういう現実を示しています。

 ともあれ核兵器禁止条約加盟国の約3分の1近くが、このように反応するのは、はっきり言ってわが国としてはありがたい状態ではありません。

 わが国の国連外交官の必死のロビー活動があったと思われ、今月(12月)4日、国連総会を通過した時点では、禁止条約採択に賛成した国から95か国が賛成、なんとか採択に漕ぎ着けますが、依然として24か国が「棄権」。

 ちなみに平成28(2016)年と平成27(2015)年の同決議での「反対」と「棄権」は以下の通りです。

平成28年:

反対4(中国,北朝鮮,ロシア,シリア)

棄権16(キューバ,エクアドル,エジプト,フランス,インド,イラン,イスラエル,キルギスタン,モーリシャス,ミャンマー,パキスタン,韓国,英国,ジンバブエ、南スーダン)

平成27年:

反対3(中国,北朝鮮,ロシア)

棄権 16(キューバ,エクアドル,エジプト,フランス,インド,イラン,イスラエル,モーリシャス,ミャンマー,パキスタン,韓国,英国,ジンバブエ、南アフリカ,米国、シリア)

 数の上では変わらないように見えますが、シリアが棄権から反対に転じたこと、および米国の挙動が目につきます。

 現時点での外務省発表には、16から24に増えた「棄権」の内訳は明示されていません。

 しかし、70年来変わることがなかったはずの「唯一の被爆国」の提案が、米国の核の傘下にあることから禁止条約に参加しなかった、できなかったことで、大いに信頼を揺るがせてしまったのは、間違いのないところでしょう。

 この条約を巡っては、すでに存在する合意である核不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)との関連、とりわけこれらが十分に奏功していると言えない現状があるのに加え、もう1つ「ノーベル賞」にとって微妙なポイントがあります。

 それはノーベル平和賞を出しているノルウェーがNATO(北大西洋条約機構)加盟国、スウェーデンが非加盟国で核兵器禁止条約加盟国でもあるという事情です。

 ノルウェーもまたシガラミから核兵器禁止条約に参加できず、内外から様々な批判にさらされている。そのノルウェー政府が授賞の主体となって「平和賞」がICANに出されている、という「画期的な経緯」に、注目する必要があります。

国を越え「被爆者」にノーベル賞

 ちなみに欧州で「核兵器禁止条約」に参加している国連加盟国を列挙すると

オーストリア キプロス バチカン アイルランド リヒテンシュタイン マルタ サンマリノ スウェーデン スイス モルドバ

 という国名が並びます。オーストリア、アイルランド、スイスとスウェーデン以外は小国、4か国は様々な歴史的経緯を持ち、何かと「ノーベル賞」とひとくくりにされやすいノルウェーとスウェーデンを分かつ溝が、ここから垣間見えてきます。

 その意味では、今回のノルウェー国会によるICANへの平和賞授与は、極めて「スウェーデン的」なノーベル平和賞、もっと言えば反NATO〜脱NATO的な理念のマニフェストと言うことができるかもしれません。

 ちなみにスカンジナビア地域で見ると、NATO加盟国のデンマーク、NATOに加盟していないフィンランドも禁止条約には参加しておらず、各国の微妙な地政リスク状況が反映されています。

 ですが、こと「核兵器」に関しては、抑止力としての戦略的、戦術的な利用を含め「絶対悪」として否定する理念は非常に有効かつ重要なもので、元来はその旗手の役が「日本」に期待されていた。

 正確には日本政府の果断な行動に期待が寄せられていたと言っていいと思います。

 今回それが大きく揺らいだ、と言うより「被爆国日本」という政府単位での期待はすでに失われつつあり、国ではなく個人、政府ではなく「被爆者」やその志を継ぐ若い世代に、国籍と関係なくイニシアティブが移行するエポックメーキングな出来事だったのではないでしょうか。

 そうした変化は今後、確認されていくでしょう。ただ、片鱗は見えています。それは日本にとってはやや残念な、信用喪失側に針が振れています。

 国連総会をすでに形骸化がはっきりした日本の「核廃絶決議案」が通過した12月5日、米国大統領は「選挙公約」として、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、在テルアビブの米国大使館をエルサレムに移すと発表しました。

 アラブ、パレスチナ側から直ちに猛反発を受けています。

 12月8日にはこのご無体な事態に国連緊急安全保障理事会が開かれ、米国を除く全理事国から反対や強い懸念が表明され、米国が完全に孤立した状況にあります。

 無理もありません。これは米国国内の支持者向けに、マッチョなポーズを取って見せることが目的で、外交的な配慮など何ひとつなく、地域の安全保障を左右する重大局面で舵取りするに足る、いかほどの軍事的跡づけもない「無茶」でしかないのが全世界の目にあまりに明らかだからです。

 英、仏、スウェーデン、エジプト、ボリビアなど8か国の要請で召集された緊急安保理で、スウェーデンのスコーグ国連大使は

 「国際法や安保理決議に矛盾する」

 と指摘、普段なら米国と足並みをそろえる英国も、ライクロフト国連大使が

 「地域和平確立にマイナス」「エルサレムは最終的にイスラエルとパレスチナ双方の都であるべきだ」

 と、100年前の3枚舌外交が根を作ったこの問題に対して極めて原則的な対応、エジプトのアブラタ国連大使も

 「イスラム教徒とアラブ世界を無用に刺激するもので、中東を不安定にしかねない」

 と猛クレーム・・・。

 ところが、ここで玉虫色の反応しかしない国があるわけです、われらの極東の島国のことです。

 すでに北朝鮮というやっかいを抱えながら、さらに中東まで火種を広げても、米国にとって良いことは基本、何一つないはずです。

 でも、政治・外交の完全アマチュア老人を権力の座にいただいてしまった米国としてはヘイリー国連大使が

 「アメリカはエルサレムの最終的な地位を決めるつもりはなく、持続的な和平合意の達成に力を尽くす」

 といった苦しい答弁に終始し、実に情けないことになっています。

 明らかに米国自身の国益も損ね、国際社会を不安定にする「妄走大統領」のためにおかしなことになりつつある米国、その対米関係を顔色ベースで伺い、微妙に玉虫色の判断を是としてしまう程度に、すでに原則のない日本。

 残念ながら、そのような見方を裏づけるファクトが日々重なるなかで、日本政府はスルーし、カナダ在住の広島被爆者が、初めてノーベル平和賞の賞状とメダルを手にするという「曲がり角」を、12月10日の授賞式はクリアに示してしまっている。

 国内だけで通用する議論で溜飲を下げていても、国際社会で一度失われた信頼を取り戻すのは、そうそう簡単ではありません。

 ミュンヘンやベルリンではドイツも日本も右傾化が進むことを共に警戒し、あるべき形を守っていこうという議論をしていますが、ここまで酷い米国の乱脈外交に襟が正せなければ、国際社会からは、何の原則もなく、何とも軽いお追従国、と実質的にスルーされるしかありません。 

 本稿を書いている最中にニューヨーク、マンハッタンのど真ん中、タイムズスクエア近辺の地下道で現地時間の12月11日朝、爆発テロとの報道がありました。

 計画的な犯行で、今回のご無体な「首都移転」と直接の因果関係はないと思われますが、9.11以来のニューヨークでまたしてもテロとなるとポピュリズム政権は余計排外的なアピールを振りまき、それが誘引する形でさらに各地で無用の流血が拡大、それがさらにフィードバックして・・・と、負の連鎖を生み続けるばかり。

 ここを商機とばかりにビジネスを仕かける人も当然ありますが、ガバナンスの総体としては、こんなとんでもない茶番はいつまで拡大させていいわけがありません。

 日本のテレビでは平和賞の報道に「日本の被爆者」が写らない、とネットで話題になっているのを極寒のベルリンで眺めるばかりですが、今回、日本が失ったブランドはとてつもなく大きなものだったのかもしれません。

筆者:伊東 乾