「自分に厳しく、他人に優しくありたい」という考え方があります。一見、理想的ですよね。私もかつてはそれを目指したことがありました。目指したけど、うまくいきませんでした。

 なぜなら、自分を厳しく追いつめて、かつ強いストレスがかかってくるような状況になると、他人に対して「私がこんなに頑張っているのに、なぜ同じことができないの?」と思ってしまい、イライラした態度を取ってしまうのです。

 態度に出さないにしても、その相手と接することすらストレスになるので、会話を避けるようになり、その結果、心理的距離が離れてしまったこともあります。

 逆に私が「厳しく」された経験もあります。その人は当時私が付き合っていた人で、自分に厳しい人でした。たまに会う程度なら大丈夫なのですが、物理的にも心理的にも距離が近くなると抑えられなくなるのでしょう。私に対するダメ出しばっかりでイヤになってしまいました。

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同じ「人間」として見ていない?

「自分に厳しく、他人には優しく」がどうして可能なんだろう? と考えたことがあります。

 昔の人の伝記なんか読むと、それを実行できている「漢(おとこ)」が登場します。あるとき私が気づいたのは、彼らにとっての「他人」とは、“自分より弱い者”なんです。女子供だったり、身分が下のものだったり。要するに同じ「人間」として見ていないのですね。だから可能だったんだと私は思いました。

 けれども、今の時代は違うんじゃないでしょうか? 仕事でも、年齢や性別や学歴による区別は無くなってきていて、「どんな成果を出せるか」が問われるようになってきています。つまり、みんなが同じ「人間」としての土俵に立っている。だから仕事において誰かを一段低く見て優しくするというのは、もう時代にそぐわないのです。

自分もつぶれちゃいますよ

 私はコーチングで「評価の軸は1つしかない」ということを学びました。自分に対する評価軸と他人に対する評価軸は同じであるという意味です。

 つまり、「仕事はいつも全力投球で、休日も仕事のことを考えるべきだ」と自分に厳しく課しているならば、それは他人に対しても課してしまっているのです。他人に対して優しくありたいというのなら、自分に対しても優しくあるべきなのです。

 もう1つ言えるのは「自分に厳しいと、自分もつぶれちゃいますよ」ということです。

 自分に厳しい人は、物事が順調な時はあまり問題が出てこないかもしれませんが、逆境の時など「自分がダメなんだ」と自分の心に鞭打って、前に向かう力さえ奪ってしまうことがままあります。

「仕方ないよね、次に向かっていこう」と自分に優しくして甘やかした方が、結果的に良いことも多いのです。

 自分に優しく甘くしていたら、自分がどれほど自堕落になってしまうか心配だと言う人がいるかもしれません。でも、そんな心配をする人は自堕落になってしまうことはありませんので、安心して優しくしてください。

 自分に優しくして他人にも優しくして、いろいろな人と仲良くして、どんどん前に進む方が人生楽しくありませんか?

筆者:和気 香子