12日、韓国・ファイナンシャルニュースによると、日本統治時代に製作されたとみられるマンホールのふたが、同紙取材陣により韓国・ソウルの路上で初めて見つかった。写真はソウル。

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2017年12月12日、韓国・ファイナンシャルニュースによると、日本統治時代に製作されたとみられるマンホールのふたが、同紙取材陣により韓国・ソウルの路上で初めて見つかり、韓国の歴史学界で注目を集めている。

記事によると、ソウル市龍山(ヨンサン)区内のマンホール2カ所のふたに、1926年11月から47年4月1日まで使用された京城府第2期のマークが付いていることが確認された。京城府から現在のソウル市に至るまで街のマークは4種制定されているが、第1期(18年8月制定)と2期のマークが付いた遺物はこれまで見つかっていなかった。第2期のマークは483人が応募した932点の作品の中から選ばれたもので、当時京城に住んでいた日本人の考案であることが、当時の東亜日報の報道で確認できるという。

今回見つかったマンホールのふたは、当時の水道技術やソウルの水道の歴史をひもとく貴重な史料としても価値が認められる。当時の排水管敷設図と今回の発見位置を照らし合わせた結果、京城の水道拡張事業3期に当たる1936〜45年に敷かれた水道に設置されたものと推定される。当時設置され現在も残るソウルの地下排水路が近年相次いで市の文化財に登録されたこともあり、龍山区は今回のマンホールふた2枚について、ソウル市記念物に登録を進める計画としている。

郷土史学者のキム・チョンス氏は「これまで近代文化遺跡はその価値を認められずほとんど放置されてきた。いつまでつらい歴史だからと放っておくのか」と述べ、今回の発見と意味と文化財としての活用の重要性を説いたが、韓国のネットユーザーからは「つらい歴史の名残じゃないか」「日本人がデザインしたものを文化財にするなんて、親日派か?」「日帝残滓(ざんし)がいまだに残っていたなんて恥ずかしい限り」と反論が多く上がり、「そんなものは捨ててしまえ」と強硬論も少なくない。

一方で、価値が高いと知られたために「そのうち盗まれると思う」とする声も多数。また近代化の史料としての意義を認め「日本が近代化をしてくれたんだね」「あの時代に上下水道をきちんと管理してくれたのはすごいことだ」といった声もあったが、これには反対意見も複数入っていた。(翻訳・編集/吉金)