ジンズ代表取締役社長 田中 仁氏

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漫然とサラリーマンを続けるだけでは「億万長者」にはなれない。雑誌「プレジデント」(2017年8月14日号)の特集「億万長者入門」では、5つの方法で富を手に入れた5人にそれぞれの方法論を聞いた。第3回は、眼鏡の製造小売り大手ジンズの田中仁社長。同社はここ10年で売上高を62億円から504億円へ急成長させている。田中社長はその理由を「“フォースの赴くままに”という感じ」と振り返る――。

■自分の思いを信じて “フォースの赴くままに”

いつも無我夢中。先が見えないなか、自分の思いだけを信じてこれまでやってきました。まさに“フォースの赴くままに”という感じです。

だから起業で成功したいなら、第一に「好きなこと」をやることが大事なのではないかと思います。よく
「起業したいけど、やりたいことがわからない」と言う人がいますけど、みんな本当は、やりたいことが何かしらあるのではないでしょうか。その思いを大事にしてチャレンジすることが重要で、二の足を踏んでしまうようなら、それほど好きではないということです。私の場合でいうと、もともとメガネが好きだったというわけではないのですが、商売すること自体が好きなのです。

実家が商売をしていたこともあって、「自分もいつかは起業したい」と昔から思っていました。高校を卒業して信用金庫に就職したのも、起業するときに役立つだろうと思ったからです。

信用金庫には5年弱、在籍しました。ノルマに追われて大変なときもありましたが、自分に向いていたこともあり、営業成績もよく、2〜3年目以降は新入社員を教育するトレーナーのような役割も与えられました。

ただ、苦労もしました。「預金を集めてこい」と、大晦日の夜9時に訪問営業に出されて。お客さまには「大晦日に金をせびりにくるなんて、お前は物乞いか!」というようなことを言われました。一生懸命仕事をしているのに、お客さまのためにならないのは辛かった。起業すると決心したのはその頃です。信用金庫の仕事をしていると、昨日まで窓口に来ていた経営者が翌日自殺した、なんてこともあります。“起業して失敗したら人生終わり”という時代でしたから、会社を退職するのは足がすくみましたけど、この言葉で踏ん切りがつきました。

信用金庫を退職後、起業するまでの1年間、知人に誘われ生活雑貨を扱うメーカーに勤めました。小さな会社でしたから、営業も企画も流通も生産管理もなんでもやりました。一通りの経験ができたことは、後の会社経営で非常に役に立ちましたね。

起業するという夢を持ちながら大企業に勤める人がいますが、起業するならむしろ小さな会社に入って、経営のケの字から勉強したほうが身になるかもしれません。

その生活雑貨のメーカーでは、営業成績はトップ、企画した商品も大ヒット。「これはいける」と自信満々で会社を退職し、雑貨を企画制作する会社を起業しました。しかし商売は甘くありませんでした。何を作っても売れず、すぐ資金繰りに行き詰まりました。売れなかった原因は、ニーズに沿った商品作りができなかったこと。勤めているときは、会社の売り上げと自分の生活が必ずしも直結しないですよね。だから純粋にお客さまのことを考えて仕事ができましたが、起業すると、「もっと売り上げが欲しい、利益が欲しい」という思いに囚われ、お客さまのニーズが見えなくなってしまったのです。

難しいことかもしれませんが、苦しいときこそ、「まっすぐお客さまのほうを向いているか」ということを振り返ってみる時間を作ることが必要だと思います。お客さまのことだけを考えて商売するのは、当たり前のようですが、経営者としてはなかなか勇気のいることです。しかし、真摯にやっていれば助けてくれる人が現れるもので、私の場合も懇意にしていたバイヤーが「1980円で売れるエプロンを作ったら大量に買う」と言ってくださり、それが大ヒット。会社は軌道に乗りました。

■2期連続の赤字で「志」の大事さを知る

2001年、韓国で見つけたオシャレで安価なメガネをヒントに「JINS」を立ち上げると、事業は順調に成長しました。06年には上場、会社にはまとまったキャッシュが入ってきました。ところがその後、2期連続で赤字を出してしまうのです。そうした浮き沈みから学んだのは、起業して成功するには、「ビジョンや志がないとダメだ」ということです。

「木」でたとえると、ビジョンや志は「根っこ」の部分になります。本当は商売を始める前に考えなければなりませんが、これがなかなか難しい。一般的に、商売を始めるときは
「果実」、つまり商品やサービスのことをまず最初に考えますよね。JINSでいったらメガネです。他社がメガネを1本3万円で売っているところ、5000円で売れば勝てる、他社が1週間後のお渡しなら即日渡しにすれば勝てる、私はそんなふうに考えました。

次に「枝葉」、すなわち戦術を考えました。JINSは「メガネをファッションにする」と謳って老舗メガネメーカーとの差別化を図り、それが功を奏したのです。しかし、時代が変われば同じ戦術は通用しなくなります。低価格のメガネ市場にも、ほかのプレーヤーが続々参入してきました。上場後に赤字を出したのは、このタイミングです。

そのとき必要だったものは、戦略です。木でいえば、「幹」にあたります。転機はファーストリテイリングの柳井正会長にお会いしたこと。会社の存在意義を問われて、私はうまく答えられませんでした。けれども、のちに「メガネをかけるすべての人によく見える×よく魅せるメガネを市場最低・最適価格で、新機能・新デザインを継続的に提供する」という戦略を当時掲げることになり、軽量メガネの「Airframe」やパソコン用メガネ「JINS PC(現JINS SCREEN)」などのヒット商品を世に送り出すことができました。

しかし「JINS PC」のブームも一段落。また業績が低迷し、戦略を見直す必要がありました。この、新しい戦略を生み出す際に必要なものがビジョン、つまり「根っこ」です。日本でビジョンというと数値目標をイメージされがちですが、本来の意味は「理念」みたいなものです。JINSは14年に「MagnifyLife(人々の人生を拡大し豊かにする)」というビジョンを掲げ、グローバル展開を加速しました。同時に、会社全体の在り方を見直すことにしました。接客も商品のデザインも変え、従業員の給料も引き上げました。「Magnify Life」を実現するには、人に投資し人を育てることが欠かせないと考えたからです。

ビジョンに支えられて戦略が生まれ、戦略から戦術が導かれ、商品やサービスを実らせる。この順で成長していくのが理想的だと考えています。しかし現実は、商品やサービスだけ思いついて、とりあえず起業して、壁にぶつかったら、足りない部分を補う、というのが多いパターンだと思いますけどね(笑)。私も起業した頃はそうでした。

ただ、起業してから赤字になるのは本当に苦しいことですから、これから起業する人には、会社が育っていくためにビジョンは絶対に欠かせないものだということを覚えておいてほしいです。根っこがしっかりしていないのに果実を一杯に実らせたら、少し風が吹いただけで木は倒れてしまう。成功したのにその後続かず、倒産してしまう会社というのは、そういうケースが多いのですよ。

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ジンズ代表取締役社長●田中 仁(たなか・ひとし)
1963年、群馬県生まれ。88年ジェイアイエヌ(現ジンズ)を設立。2001年アイウエア事業「JINS」(ジンズ)を開始。06年大証ヘラクレス(現ジャスダック)に上場。11年には「Ernst&Young ワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2011」モナコ世界大会に日本代表として出場。13年東証一部に上場。17年4月ジンズへ社名変更。
 

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(ジンズ代表取締役社長 田中 仁 構成=東 雄介 撮影=富貴塚悠太)