容姿、学歴、収入。男のスペックは高ければ高いほど良い。

が、同じだけのスペックを女が持ち合わせたとき、果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。

東大卒・外銀勤めの楓はいわゆる「ハイスペック女子」。

4年ぶりに再会した憧れの人に淡い恋心を抱くも、彼は楓を自身のファンドへ誘ったのだった。

女ではなく、優秀な人材としてしか見られていなかったのかと、女としての自信を失いつつも、キャリアのステップアップのチャンスに楓は心を決める。

一方、親友の美里は、実家の耳鼻咽喉科を継いでほしいという両親の意思に逆らい、彼氏の転勤に伴って自身もワシントンで働くことを決断したのだった。




クリスマスツリーの照明が、リビングに流れる重たい沈黙にそぐわず、チカチカと明るく点滅していた。

美里の実家では、毎年本物のモミの木を取り寄せて飾り付ける。

天井まで届く大きなツリーに、トナカイやサンタ、アンティークのオーナメントがたっぷりと煌く。

「・・・本当にごめんなさい。ママ達が今まで私にしてきてくれたこと、本当に感謝してる。期待に応えられなくて、本当にごめんなさい。」

沈黙に耐え切れず、紅茶でも入れようと美里はソファを立った。

美里の母親は大のアンティーク好きで、飾り棚には所狭しと自慢のカップや世界中から集められた小物が並ぶ。

その中に、とりわけ大切そうに飾られた家族写真が目に留まり、強く、冷静に保とうとしていた気持ちが不覚にも揺らいだ。

―私は本当に愛されて育ったんだ。

その晩、美里は久しぶりに実家に帰っていた。

東京での研修医生活を終えた後、実家の医院を継がず、ワシントンで臨床医を目指す決意を話すためだ。

もう心には固く決めていたことだが、いざ両親の前に立つと、2人がどんな顔をするかありありと想像できてしまい、逃げ出したい気持ちで一杯になった。

だが、彼らが実際はどんな顔をしていたのか、見ることはできなかった。

ただ、自分の手元を見つめながら、考えていることを一気に言い切った時、額に痛いほど感じた彼らの視線。

―ああ、戻れないところまで来てしまった。

ほとんど感覚の無い指先で紅茶の缶の蓋を開けながら、美里は思った。


美里の決意を聞いた両親の答えは。


最初に口を開いたのは、父親だった。

「・・・こういうことになるかもしれないなぁって、前から実は、少し思っていたよ。」

その言葉に、驚いて振り返る。

「ほら、美里がスイスに留学したいって言ったときのこと、覚えてるかい。

あの時は、啓子叔母さんが言い出したことだったけど、それでも美里が、『もっと広い世界が見たい』って言ったとき、ああこの子は僕たちとは違う人生を歩むかもなあって、思ったんだよ。」

美里がスイスへの留学を決めたのは、叔母のスイス移住がきっかけだった。

彼女の叔母は昔から自由奔放な人だったが、ロンドンで研究医時代に出会った精神科医と結婚し、そのままスイスの保養所で働き始めたと聞いた時には親戚一同目を白黒させたものだ。

自分が預かるからと言って、一度は美里を海外に出すべきだと両親を説得したのも彼女である。

美里も昔から叔母には妙に懐いており、その話が出た瞬間に「絶対に行く」と言って聞かなかったのだ。

「ママも僕も、もちろん美里にはウチを継いでほしいよ。でもね、僕たちが今まで美里を愛情込めて育ててきたのは何も、この医院のためじゃ無いってことも、分かってるだろう?」

両親がどう考えているかについて、直接聞くのは初めてだった。

恐る恐る、母親の方にも向き直る。

―きっとこの前みたいに、聞く耳持たず反対するんだろうな・・・

美里は、母親の険しい顔を想像していたが、予想外に彼女の表情は穏やかだった。

「実はね、お母さんたち、もう知ってたわよ。」

―・・・え?

想定していなかった母親の発言に、美里の頭は混乱した。

「だってこの前、啓太くんが来たもの。」




聞くと、どうやら啓太は、美里がワシントンで働く決意を話したその日に、彼女の両親の元を訪れていたらしい。

元から彼女は、実家の医院を継ぐよりはアメリカで最先端の医療に触れる方に関心があったとは言え、決断のきっかけとしては啓太の転勤が大きい。

彼は、美里の両親がその決断に納得してくれない限り、やはりワシントン転勤の話を断るつもりだったのだという。

「彼、本当にしっかりしてるわね。あなたのこと、本当によく考えてくれてるのも分かったわ。正直ワシントンで働くことが上手く行くかなんて分からないけれど、彼みたいな人と一緒だったら、もし挫折しても、長い目で見れば美里にとって良い経験になるのかもなっていう気がしたのよね。」

今までずっと、母親から聞きたかった言葉。

まさか啓太が自分でその言葉を勝ち取っていてくれようとは。

美里は、いつか自分で両親を説得しなければいけないと思っていただけに、嬉しさで小さく嗚咽が漏れた。


楓の人生もついに転機を迎えるのか。


美里からのLINEを見て、楓は心の中で思わずガッツポーズを決めた。

―さすが啓太さん、やるじゃない。

母親が彼氏のことを認めてくれない、と電話口で泣いていた美里の声を思い出すと、想定外に早く訪れた好転に、心の底から胸を撫で下ろした。

―私も今が勝負時ね・・・

楓が正式に採用プロセスに進む意向を須藤に伝えて以降、怒涛の如く選考プロセスは進んだ。

仕事の隙間を縫っての選考準備や面接は想像以上にハードで、楓の寝不足と疲労は限界に達しつつあった。

しかし昨日、とうとう楓は最終のプリンシパル面接を終えたのだった。




人事を尽くして天命を待つ。

とは言うが、実は楓にはまだ、1%の迷いがあった。

須藤のことである。

彼の仕事観などを聞いていると、きっと上司としての彼との相性はとても良いだろう。

しかし、仕事など関係なく彼と一緒に過ごした時間を思うといつも、楓は少しの切なさで胸が詰まるような気持ちになるのだった。

少し飲み過ぎた夜はいつも、仕方ないなあとマンションの前まで送ってくれた彼。

そうしていつも、名残惜しくて振り返るとまだそこに居て、軽く手を振ってくれた彼。

もし上司と部下という関係になったら、二度とあんな時間は過ごせないに違いない。

―・・・でも。

結局恋してたのは私だけだったんだ。

楓は1%の迷いを振り払う。

その時、マナーモードにしていた携帯のバイブが鳴り、須藤からの着信が表示された。

急いでオフィスの廊下に出て、電話を取る。

「高野さん、おめでとう。あなたを、正式にうちに迎え入れたい。」

―ああ、決まってしまった。

そう思った瞬間、1%の迷いが自分の中で思っていたより大きかったことを、楓は実感したのだった。

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次週、最終回。2人のはいすぺさん、彼女たちは過去に何を思い、未来に何を描くのか。