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元横綱・日馬富士が傷害容疑で書類送検されました。鳥取県警は書類送検にあたっては起訴を求める「厳重処分」の意見を付けたということで、報道によりますと鳥取地検は年内にも日馬富士を略式起訴する見通しです。

○会社に例えれば究極のパワハラ

事件は連日テレビのワイドショーなどで大きく報道され世間の関心を集めていますが、事件の経過や関係者の対応を見ていると、企業社会で起きるトラブルや不祥事をめぐる会社の対応、コンプライアンス(法令順守)のあり方といった観点で、実に「参考」になる要素が数多く含まれています。多くの企業関係者にとって他山の石となるものです。

まず事件そのものについては詳細がはっきりしないところもありますが、その大筋を企業に例えれば、社内の飲み会で1次会、2次会にわたって上司が部下にパワハラまがいの説教を続けた挙句、別の上司が暴行に及び、同席していたほかの上司や同僚はそれを見ていたということになります。しかもその暴行の内容は素手で十数回から数十回、さらにカラオケのリモコンで十数回殴ったというのですから、尋常ではありません。

会社の飲み会でちょっとしたトラブルになることは珍しくないかもしれませんが、これはケンカではなく、上司による一方的な暴行傷害です。そこで会社は迅速に事実関係を把握して、暴行を働いた上司には厳しい処分を下す必要があります。また被害者となった社員に説教していた別の上司や同席していた他の社員も処分の対象になる可能性があります。

一般的には、企業不祥事の重大性や社会的影響の大きさによっては、不祥事を起こした当事者だけでなく、組織の長、あるいは企業トップの責任が問われることになります。そして企業は不祥事が起きた原因について企業風土や組織運営にまで掘り下げて明らかにし、再発を防ぐための対策や改革策を示すことが求められます。

○暴力容認の風潮が背景か? 相撲協会の対応に疑問

この観点で言えば、日本相撲協会の対応には疑問符がつきます。日馬富士は引退届けを出し協会はこれを認めました。しかし本来なら警察と検察の処分が出るまで保留すべきでした。普通の会社員のケースなら懲戒解雇、もちろん退職金も出ません。また白鵬をはじめ同席していた他の力士への処分も検討されてしかるべきだと思いますが、そうした報道は目にしません(白鵬は場所中の言動に対して「厳重注意」が与えられましたが、暴行事件の事実上の当事者である点については、これまでのところ不問です)。

そして何よりも問題なのは、事件の背景として、相撲界にはいまだに「パワハラ」と「暴力」を容認するような風潮があるように見えることです。これまでも相撲界では暴力がたびたび問題となってきましたが、果たしてどう変わったのでしょうか。

ここで3つの論点があります。第1はコンプライアンスの問題です。暴力を容認するような会社はありえないのはもちろんですが、パワハラについても現在では会社が厳しく対処することが必要になっています。パワハラが横行しているような場合は会社の責任が追及されるのです。パワハラを容認している、あるいはそれらをなくすことができないでいる企業があるとすれば、それはコンプライアンスが全くできていないことになります。

第2は、内部通報制度のあり方と内部告発者の保護という点です。今回の事件の被害者である貴ノ岩と貴乃花親方が最初に相撲協会に報告せずに警察に被害届を出したことや相撲協会の聴取を拒否していることが注目を集めていますが、貴乃花親方にしてみれば「相撲協会にヘタに話をすれば握りつぶされる」と信用していないのでしょうか。

これは、会社内でパワハラと暴力の被害を受けた社員が会社に通報しても握りつぶされる、あるいはそれによってかえって社内で不利益を被る恐れがあるといった状況に例えることができるかもしれません。多くの企業では内部通報制度や内部告発者が不利な立場に置かれないようにするなど制度の整備や企業風土の改革が求められる時代なのです。

○相撲協会の「社外取締役」「第3者委員会」は機能しているか

第3は、独立性のある社外取締役や第3者委員会の重要性です。今回の事件では相撲協会の理事会や危機管理委員会という名前がニュースによく登場します。相撲協会の理事会は企業でいうと取締役会に相当するもので、現在は親方10人(内部理事)と外部理事3人で構成されています。

外部理事は2007年に起きた時津風部屋力士暴行死亡事件をうけて文部科学省からの指導により導入されたもので、現在は元NHK役員、元名古屋高検検事長などが就任しています。いわば社外取締役のような立場と言えます。一般企業では上場企業の場合、外部の視点で経営をチャックするため社外取締役を置くことが必要とされており、実際に社外取締役が増えています。

その点からいえば、相撲協会の外部理事3人の存在としては妥当だと言っていいでしょう。しかし問題は、その外部理事が役割を果たしているかどうかです。実際のところ仕事ぶりはあまり見えてきませんが、一連の報道の中ではあまり存在感は感じられない印象です。また外部理事のうち1人は元NHK役員ですが、NHKは相撲中継という利害関係があるため独立性という点では不十分です。

一般企業の社外取締役についても、やはり問われるのは本当にその役割を果たしているかどうかです。実際、トップが暴走して重大な不祥事が起きた企業でも独立社外取締役がいたケースはあります。要は「形」ではなく、機能していることが大事だということです。

危機管理委員会はどうでしょうか。この委員長は外部理事で元名古屋高検検事長の高野利雄氏。危機管理委員長としては適任に見えます。しかし委員会のメンバーには力士出身の複数の理事も入っており、第3者委員会というより協会の下部組織のような存在です。

同委員会は今回の事件について日馬富士や白鵬などから聴取し、先日、中間報告を発表しましたが、被害者である貴ノ岩からは聴取できていない事情を差し引いても、加害者側の言い分に近い報告内容という印象です。

このことは、重大な問題が起きた場合には独立性を持った第3者委員会に調査をゆだねるのが適切だということを示しています。

○相撲協会には説明責任〜メディア報道にも問題が……

このように、今回の事件は相撲界の根本問題として議論を呼んでいますが、要するにガバナンス(企業統治)の問題に置き換えて考えることができます。相撲協会はこの問題を今後どのように検証するのか、再発防止にどのような対策を講じるのか。相撲界では暴力問題のほかにも不祥事がたびたび起きてきました。それらの体質や風土の改革が求められています。

そのうえ日本相撲協会は公益財団法人です。公益財団法人は、法律に基づいて公益性の認定を受け税制上の優遇措置も受けています。それだけに企業と同じように社会に対してコンプライアンスや情報公開などが求められており、説明責任を負っているのです。

ところでもうひとつ気になることがあります。メディアの報道で、加害者である日馬富士や傍観していた同席者よりも貴乃花親方を強く批判するような論調が目立ち、事件の背景や相撲界の暴力問題といった視点からの報道が少ないことです。特にテレビの情報番組やニュース番組では連日のように「大相撲取材歴〇十年」といったベテラン記者・解説者やスポーツ評論家が出演していますが、あまりにも協会寄りのコメントが多いのに驚かされます。貴乃花親方が発言していないので情報が偏りがちになるのはある程度やむを得ない部分はありますが、それにしてもやや異様な現象です。メディアのあり方として見過ごせない状況だと最後に指摘しておきたいと思います。

○執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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