独りよがりの嫌われ者大隈重信、50歳を過ぎて人気が出た理由は?

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仕事で悩んだり、壁にぶつかったり……。そんな悩みを解決すべく、歴史上の人物の知恵と行動から探っていく番組『先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)』(NHKEテレ、毎週火曜22時)。12月12日は、「自分はいつでも変えられる!〜大隈重信 50代からの愛され術〜」と題して、2度の総理大臣を務めた明治の元勲・大隈重信の処世術に注目する。

実は、40代までは独りよがりの嫌われ者だったという大隈。鉄道建設や貨幣統一など改革を実現するも、自分の主張ばかりを押し通し、友人の五代友厚から忠告される始末。ついに、50代の初めに襲撃されて右足を切断、日本初の帝国議会選挙で惨敗する。そこから大隈は、独自の“愛され術”を駆使して、絶大な人気を獲得する。その一つが当時最高と称されたスピーチだ。

番組では肉声レコードを早稲田大学・雄弁会や松下政経塾で分析、民衆の心をガッチリつかんだ知恵を探る。さらに、70代になって唱えたのが「人生125歳説」。まだまだ青春と主張して日米野球や南極探検をバックアップ。新発見の当時の絵葉書からは老境に人気のピークを迎えた大隈の姿が浮かび上がる。スタジオには、通販会社を創設した眦通聖瓩登場。老いてなお自己を変革し、人をひきつける生き方の魅力に迫る。