ガイドブックは日本語版、韓国語版、英語版がある=12日、東京(聯合ニュース)

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【東京聯合ニュース】日本の市民団体「強制動員真相究明ネットワーク」が韓国の民族問題研究所と共同で、「『明治日本の産業革命遺産』と強制労働」と題したガイドブックを発行した。日本は2015年に「明治日本の産業革命遺産」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産に登録される際、徴用などがあった各施設の歴史を説明する措置を講じると約束したが、その紹介施設を、数多くの朝鮮半島出身者が労働を強いられた端島炭坑(軍艦島、長崎市)などから遠く離れた東京に設置する方針を先ごろ示した。同市民団体は、各施設に隠された歴史や強制労働の歴史を記憶すべきだと訴えている。

 ガイドブックは、韓日の良心ある人たちが参加したことを強調するため、「日韓市民による世界遺産ガイドブック」とも名づけた。

 それによると、1939年以降、端島と隣の高島の炭鉱には4000人ほどの朝鮮半島出身者が強制動員された。「強制動員された朝鮮人にとって、ここは鉄格子のない監獄であり、恐ろしい労働現場だった」と記している。

 端島については、全体が炭鉱で、海底のあちこちに坑道が広がっているとし、「逃亡は困難であり、連行された人びとにとって『地獄島』だった」と過酷な実態を伝えた。

 端島には1939年から45年までに1000人以上の朝鮮半島出身者が動員されたとみている。火葬関連文書で確認された死者は50人ほどで、その半分以上が事故死だった。ある生存者は「あまりにもつらく、島を出ていこうと身体切断まで考えた」と証言したという。

 1943年に全羅北道・金堤から端島に強制動員された尹椿基(ユン・チュンギ)さんは「賃金の3分の1は故郷に送金すると言われたが、帰国してみると送金されていなかった」と話した。わずかな食事や、仕事の厳しいノルマについても証言した。

 崔璋燮(チェ・チャンソプ)さんは1943年に全羅北道・益山から14歳で端島に連れて来られ、採炭現場で労働を強いられた。逃走して捕まればゴムのチューブで皮膚がはげるほどたたかれ、拷問されたと伝え、「人間の地獄がここだなあと思った」と語った。

 強制動員真相究明ネットワークの関係者は12日、「第2次世界大戦が終わってから70年余りが過ぎたにもかかわらず、いまだに強制動員、強制労働の傷が解決されていない」としながら、産業革命遺産の説明に、不都合であっても背を向けてはならない強制労働などの「負の歴史」を加えなければならないと述べた。