デジタルメディアの自由奔放な楽観主義と屈辱をもっとも端的にとらえているのは、2014年の「サウスバイサウスウエスト(South by Southwest:SXSW)」以外にほとんどない。グランピーキャットと写真撮影をするために、パーカーを着た参加者たちが列をなして、マッシャブル(Mashable)が運営するポップアップラウンジ「マッシャブルハウス」のある一角を取り囲んだ。その近くでは、マッシャブルのロゴが描かれた鉄球の上で「デジタル界の予言者」、AOLのデイビッド・シング氏の顔が揺れていた。

マッシャブルにとっていい時代だった。ピート・キャッシュモアという名の19歳のスコットランド人が、大きな野心を見せつつソーシャルメディアに関するブログとして2005年に創設したマッシャブルの精神はまだ生きていた。トラフィックは跳ね上がっていた。堅実な利益は出していなかったが、損失を出してもいなかった。1回目の資金調達を終えたばかりで、アップデータパートナーズ(Updata Partners)の主導で1330万ドル(約15億円)を獲得していた。ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)の元アシスタント編集長、ジム・ロバーツ氏がマッシャブルに加わり、さらに野心的な編集方針を率いることになった。

だが、デジタルメディアで成功するには、膨大な作業を適切に実施する必要があり、マッシャブルは数々のしくじりをしでかしてしまった。その例として元従業員やオブザーバーたちは、エディトリアルの焦点や固有のアイデンティティーの喪失、財務管理の欠如、動画コンテンツへの下手な移行、変わりやすい広告マーケットから離れて収益を多様化することへの戸惑いなどを引き合いに出す。この記事の執筆に際し、現役のマッシャブル幹部の話を聞くことはできなかった。

BuzzFeedの後追い



マッシャブルの人間は常に、BuzzFeedの動きを注意して見守ってきた。BuzzFeedは、マッシャブル同様、最初はシェアできる軽いコンテンツに焦点を絞っていたが、ポリティコ(Politico)出身のベン・スミス氏を雇用し、真面目な取材手法を確立した。マッシャブルを成り立たせていたミーム報道はコモディティ化しつつあった。そこでマッシャブルは、新しい資金を使ってロバーツ氏やその他の正統派ジャーナリストを雇い入れた。

その後まもなく、テロやウクライナ情勢についての記事がトップページを飾るようになった。ソーシャルメディアやインターネットミームを扱うことで知られていたサイトにとって、これは大きな変化だった。編集リソースを増やしたおかげか、Facebookの寛大さのおかげか、あるいはその両方か、コムスコア(comScore)によると、マッシャブルのトラフィックは急増し、2015年12月の月間ユニークユーザー数は2700万人を超えた。

こうした変化は社内で議論を巻き起こし、ロバーツ氏が雇用した新しいスタッフと以前からいたスタッフとのあいだで摩擦が生じた。

「ピート(・キャッシュモア氏)の鶴の一声だった――『我々にとってのベン・スミスはどこにいる?』」と、マッシャブルのある元従業員は語る。別の元従業員は、当時の考え方について、「『向こうにはベン・スミスがいる。我々にも誰か必要だ』とか『向こうはBuzzFeedスタジオをはじめた。我々もマッシャブルスタジオをはじめよう』とかいった感じだった。どこかの時点でこれを『マッシュフィード(MashFeed)』と呼ぶようにならなかったことに驚いている」と述べている。しかし、ある元編集担当者が言うように、軸足を一般ニュースに変更したことで、マッシャブルは「多芸は無芸となり、BuzzFeedに負けていることにみんなが気づき、テクノロジー系パブリッシャーは我々をまともに扱わなくなった」。

OMDの最高デジタルおよびイノベーション責任者であるダグ・ローゼン氏によると、中小規模のパブリッシャーは、編集方針を変えるとき、トラブルに見舞われることがあるという。万人向けにあらゆることを網羅しようとしなければ、野心を持つのはよいことだ。マッシャブルは、ソーシャルメディアマーケティングがはじまったときに、信頼できるリソースとしてニーズに応えていた。だが、一般ニュースを伝える新たなパブリッシャーになって、ニーズに応えていたのだろうか?

「核となるものを超えるのはいいことだが、核を変え続けるときが難しい」とローゼン氏は言う。「パブリッシャーがやらなければならないことは、販売チームと協力して編集の核を超えようとしていると世間に伝えることだ。パブリッシャーは往々にして、自分たちがニュースを作れば、オーディエンスやバイヤーはついてくるのが当たり前だと考えている」。

急増する経費



はじめのころ、マッシャブルは、どこにでもあるような締まりのない新興企業で、小さなオフィスにひしめき合い、仲間意識と楽しさにあふれていた。人々はオフィスに飼い犬を連れてきていた。オフィスのなかを走り回るネズミについてのTwitterフィードもあった。誰かが早く退社したら、みんなは皮肉を込めて拍手喝采した。それでも、会社の収支はトントンだった。

マッシャブルは、外部資金を得るまでに時間がかかったが、いったんそれに成功するとすべてが変わった。2014年、マッシャブルは1回目の資金調達で武装し、お金を使いはじめた。ベンチャーキャピタルの投資家は、まさかのときの備えとして置いておくために企業に資金を与えはしない。彼らはそれが使われることを望む。しかも素早く使われることを。

マッシャブルは、資金力のある新興企業にふさわしく、ニューヨーク市のユニオンスクエアに近い5番街にある派手なオフィスに移転した。設備の整ったキッチンには、シリアルバー、スナック、フレッシュチーズ、ビールサーバー、ワイン用冷蔵庫があった。多くのメディア企業同様、マッシャブルは、自社の動画スタジオがあるロサンゼルスにもオフィスを開いた。本物の植物でできた壁があり、その専属世話係もいた。マッシャブルは、ピーク時には300人以上の従業員を抱え、英国、インド、オーストラリアなど7カ国にオフィスを構えていた。

マッシャブルをよく知るある人物は「ベンチャーキャピタルの資金が流れ込み、メディア企業が技術系新興企業のように振る舞っていた」と語る。マッシャブルは、独自の技術プラットフォーム「ベロシティー(Velocity)」を宣伝していた。ベロシティーは、どういった話題がバイラルで広がりそうかを判断するのに使われた。ブランドやエージェンシーにベロシティーのライセンス料を払ってもらおうということだ(ベンチャーキャピタルは、何度も収入が得られるソフトウェアライセンス料が大好きだ)。

多くのパブリッシャー同様、マッシャブルはFacebookとともに発展し、Facebookからのトラフィックが減少しはじめると苦痛を味わった。2015年にFacebookは軌道を修正した。2017年6月までに、マッシャブルのトラフィックは、ピーク時の半分以下の1300万まで落ち込んだ。Facebookからトラフィックが簡単に来なくなり、ディスプレイ広告市場がFacebookとGoogleによるデュオポリーでゆがんでしまったので、マッシャブルは2015年、動画に軸足を移すというシグナルを発した。この時点でさえ、マッシャブルの人間たちはBuzzFeedの勢いに目を向け、幹部たちは、特にBuzzFeedのレシピ動画サイト「Tasty(テイスティ)」の成功に着目していた。

だが、マッシャブルはすぐに実行上の課題にぶち当たった。動画を作るグループが3つあり、Facebookのニュースフィードの注目を集めようと互いに競い合っていた。ニュースルームは、一般ニュース制作の一環として真面目なニュース動画を作っていたが、オーディエンスや広告業者に優しいものではなかった。動画の前に30秒のプレロール広告を流していたが、これが視聴の邪魔になったとマッシャブルの元スタッフは述べている。そして、テキストのときと同様、動画では、さらに巨大な競合相手がマッシャブルの成長を妨げた。たとえば、アナリティクス企業のチューブラー・ラボ(Tubular Labs)によると、9月21日までの90日で、Facebook上におけるマッシャブルの動画視聴が3億3900万回だったのに対し、BuzzFeedは119億回、ハフポスト(HaffPost)は7億7100万回だったそうだ。

原点回帰



マッシャブルの一般ニュースの実験は2016年に終了し、ロバーツ氏を交代させるとともに、スタッフを30人程度削減。コンテンツの中核をテクノロジーやウェブカルチャー、ソーシャルメディアに戻していった。マッシャブルはターナー(Turner)が主導する3回目の資金調達で1500万ドル(約17億円)を集め、ターナーのために動画を制作する契約を結んだ。

多くのデジタルメディア企業同様、マッシャブルの売り上げはほぼすべてが広告によるものだった。マッシャブルは、2017年になってようやくコマースコンテンツに踏み込んだが、ほかのパブリッシャーにはずいぶん後れをとった。マッシャブルが一般ニュースを扱いはじめたころ、BuzzFeedは3年も前から一般ニュースをスタートさせていた。こうしたためらいや初動の遅れがマッシャブルに打撃を与えた。ロバーツ氏に加え、最高リスク責任者(CRO)のセス・ロギン氏や最高戦略責任者(CSO)のアダム・オストロウ氏、最高マーケティング責任者(CMO)のステイシー・マルティネット氏など、この数年で最高幹部たちが次々と去って行ったが、メッセージに磨きをかけるマッシャブルの能力の向上にはつながらなかった。ウォールストリート・ジャーナル(The Wall Street Journal)によると、マッシャブルの売り上げは2016年には前年比32%増の4200万ドル(約47億円)となったが、1000万ドル(約11億円)の損失を帳消しにするには足りなかった。一方で、Snapchatを真似た縦長動画フォーマットなど進歩が見られる分野はあり、業界審査員の投票による「もっとも革新的なパブリッシャー」として「2017 Digiday Award」を受賞している。

だが、こうした数字も役には立たなかった。ウォールストリート・ジャーナルは11月17日に、マッシャブルが出版大手ジフ・デイビス(Ziff Davis)に5000万ドル(約56億円)で買収されると報じた。この額は、かつての時価総額の5分の1で、2012年にCNNがマッシャブルに提示したと言われる額を下回っている。

メディア企業のなかには、そもそも大きくなるべきではないものもある、というのがここから学べる教訓のひとつだろう。キャッシュモア氏はマッシャブルに素晴らしいアイデアをもたらしたとして評価されているが、同氏のファンでさえ、キャッシュモア氏は経験のない創設者であることを認めており、物静かな人物で、製品サイドのことしか頭にないと評している。この点がBuzzFeedのジョナ・ペレッティ氏やVox Mediaのジム・バンコフ氏のように大衆の方に顔を向けているデジタルメディア企業のCEOたちとは対照的だ。資金調達ができたら、マッシャブルは投資家に利益を還元するという大きな期待がかけられたが、同社はそれがどういうことかなかなか理解できなかった。

公平を期すために言っておくが、現実離れした成長を約束して資金を追い求めているのはマッシャブルだけではなかった。また、成功を示す指標がもはやベンチャーキャピタルから資金を集める力ではなく、持続可能なビジネスモデルを見つける術を身につけることになった時代に、マッシャブルだけが批判を甘んじて受けているわけでもない。パブリッシャーへの参照トラフィックを右に左にと振り分けているのはFacebookなので、あるマッシャブルの従業員は、「マッシャブルやVox Media、マイク(Mic)が次のニューヨーク・タイムズ(The New York Times)になろうとする瞬間があるような気がする」と述べている。

マッシャブルの隆盛と衰退は、デジタルパブリッシングを新たに定義してくれると信じていたかつてのメディアの寵児に対する怒り、悲しみ、欲求不満を、元現従業員たちに残した。

2014年までマッシャブルで編集プロジェクトのエグゼクティブディレクターを務めていたジョシュ・カトーン氏は次のように述べている。「マッシャブルのことを考えると、口が重くなってしまう。マッシャブルの名を聞くと、人々は『彼らはデジタルメディアを知っている』と連想すると思うが、それがいつまで続くのか、私にはわからない」。

Lucia Moses(原文 / 訳:ガリレオ)