愛媛県今治市、丸栄タオルの工場での生産風景(筆者撮影)

「少し前までは、今治(いまばり)っていう漢字をほとんどの人たちが読めなかったんです」

先日、「今治タオルプロジェクト」に草創期から参画している「丸栄タオル」の取締役・藤原佳太さんと愛媛県今治市でお会いしたとき、10年前までの状況をこう振り返っていました。今治ブランドが生まれて、今年で10年。「今治タオル」の名は全国的に知れ渡り、地域ブランドの成功例としても注目を浴びるようになりました。

しかし、この先の安定が保証されているわけではなく今後解決すべき課題も持ち上がっています。

突然、降って湧いた産業

2006年、今治タオルは中小企業庁が進める「JAPANブランド育成支援事業(JB事業)」に採択されました。JB事業の目的は、地域の技術や素材を生かした製品の価値・魅力を高め、世界に通用するブランド力の確立支援を行うこと。採択を機に、今治商工会議所と四国タオル工業組合(現今治タオル工業組合)、今治市が連携する形で今治タオルプロジェクトはスタートしました。

藤原さんは「降って湧いた産業だった」と当時を回想します。今治は質の高い製品を作り続けてはいたものの、バブル以降の生産量は右肩下がり。外部からの発注にすがっているだけでは先はないと考えたメーカーの1つである丸栄タオルは、独自の価値を発信すべく、タオルブティック「イデアゾラ」を東京・銀座に開店させることを決めます。

くしくも、今治タオルプロジェクトの立ち上げと同じタイミングであり、趣旨に賛同した丸栄タオルはプロジェクトに参画。2007年、今治タオルが正式にブランドとして発足したとき、参画した会社は丸栄タオルを含めて3社でした。現在は109 社が今治タオル工業組合に加盟していることを考えると、当時は小さな規模にすぎなかったことがわかります。


今治駅に降り立つと「タオルと造船の町」という看板が出迎えてくれる(筆者撮影)

今治タオルの最大の特徴と言える「白さ」に関しては、当初は疑問の声も多かったそうです。加工やギミックなしで、果たして消費者の心をつかめるのか。

そこはクリエイティブディレクターとして迎えられた佐藤可士和氏の英断が光ります。「白さ」というタオルの原点に立ち返ることで、製品のよさはより際立ちました。

佐藤氏がものづくりから関わったことは成功の大きな要因といえます。ブランディングは、宣伝やPR活動に注力するだけではうまくいきません。 製造から流通、PRまでを一貫して行うというものづくりに寄り添った今治のブランディングは功を奏し、1991年以降減り続けていた生産量は、2010年にプラスに転じました。

地域ブランドの知名度が上がると、「とりあえずマークをつけたい」という会社が往々にして現れます。品質が乱雑になるのを防ぐために、今治ではブランドマークとロゴを付与するための基準を設けました。

これによって一定の品質を保つことはできたものの、品質を確かめるうえでは綿密な実験を行う必要があるため、認定を受けるにあたっては費用が少なからず発生します。そこにコストをかけたくない会社や独自路線を歩む会社もあり、マークがついてなくても品質の高い製品を作っている工場は多々あります。

端から見ると、今治に工場をかまえているのにあのマークがついていないと「品質がよくないのでは」と思いがちですが、決してそんなことはありません。マークだけを拠り所に品質を判断するのは、技術力の高い工場から目を背けてしまうリスクも内包してしまいます。

発注増に耐えられる仕組み作り

急激に発注が増えたことで、納期に遅れるという問題も噴出しました。設備の強化や人員の配置などのインフラを整備しきれていなかったのです。タオルの生産は間に合ったとしても流通網の構築までは手がまわっておらず、「空港の今治タオル直営店に納めている在庫が切れた際に、どこの工場が補充するのか」などの統率も取り切れていませんでした。

現在はこういった障壁を乗り越え、「組合はまとまっている」と藤原さんは言います。ブランディング会議を定期的に開き、マニュアルの改定やイベントの企画などに勤しんでいるとのことです。今治タオル工業組合の資料によると、2016年の年間生産量は1万2036トンで、底を打った2009年の9381トンから比べると約28%増えています。

2010年以降は右肩上がりで生産量を増やしている今治タオルですが、ブランドが浸透したからと言って、永続的な安定が保証されているわけではありません。

「今治タオルのマークがあるから買おうと思われるようではいけません」

と藤原さんは語り、次のように続けます。「独自の技術や価値をもっと消費者の方たちに伝えていきたい。今治ブランドに頼らずとも売れるというのが、本来はあるべき姿なのです 」


丸栄タオルの生産工場で糸を紡ぐ様子。糸の段階から純白の美しさが感じられる(筆者撮影)

現在、丸栄タオルは「今治浴巾(いまばりよっきん)」という自社ブランドの展開に力を入れています。

2017年8月にはプロ野球・東京ヤクルトスワローズのホームゲームに丸栄タオルが協賛しコラボレートタオルを開発するなど、ユーザーの裾野を広げるためにさまざまな試みを行っています。

今治の知名度にあぐらをかくことなく、自分たちの価値を提供したいと考えている地元企業は他にも存在しますが、実際にブランドを立ち上げたりショップを展開したりする企業は限られています。今治タオルが売れていることでOEM(他社ブランドの製品を製造すること)での生産に追われ、独自の取り組みに専念できないのです。

発注の増加は工場にとって喜ばしいことです。しかし、自分たちの独自ブランドを作り、育てる機会が失われているとも捉えられます。安定して案件が舞い込むため、現状に満足してしまうことで淘汰されることへの危機感が薄れる可能性もあります。

もちろん、自社ブランドの立ち上げだけが選択肢のすべてではありません。どこかで何かしらのリスクを背負わなければ、 もし仮に他の地域で新しいタオルブランドが生まれたり、組合が分裂したりした場合、その途端に経営は危うくなります。

独自性の発信は、地域ブランドの強化に還元

冒頭の「降って湧いた産業だった」という藤原さんの言葉は的を射ていると思います。もしJB事業に採択されていなかったら、もし佐藤氏がクリエイティブディレクターを引き受けていなかったら。他力本願だったとは思いません。すばらしい品質の製品を作り続けてきたからこそ、幸運が訪れたのだと思います。

多くの人たちから注目を浴びている今だからこそ、自分たちの独自性や付加価値を発信するチャンスであり、それは地域ブランドの強化にもつながります。たとえば今治浴巾が有名になれば、今治という名前をいい意味で利用しつつ、結果として今治ブランドに対する知名度や信頼度もより高まるのです。

地域ブランドの確立は一筋縄ではいきません。利害が生じて足並みが揃わないこともあれば、ようやくブランドが浸透し始めたとしても、馴れ合いになって前進を怠れば淘汰される可能性だってあります。

とはいえ、同業会社との横のつながりを重んじつつ、自分たちの足で立つというフロンティア精神を各々が持っていれば、簡単に地位が揺らぐことはないでしょう。

”地域ブランドの形成に必要なのは、地域ブランドに頼らないことである”

逆説的ではありますが、これも1つの答えだといえるでしょう。