抗議するパレスチナ女性と旗を取り上げようとするイスラエルの警察官(写真:AP/アフロ)

世界中の首脳たちが、「エルサレムをイスラエルの首都と認め、大使館を移す」という米国トランプ大統領の決定に困惑し、異口同音に異議を唱え、非難の声を上げている。ところがひとり、日本の首脳だけが固く口を閉ざし、不安げにあたりを見回している。世界第3の経済大国であることを誇り、トランプ大統領との緊密な関係を自慢している日本が、この問題に対して黙り込んでいる異常な光景だ。

米国のメディアを中心に、トランプ大統領の決定については、中東和平への具体的な道筋を描いての戦略的判断などではなく、中間選挙を有利に進めたいためなど内政が理由と報じられている。歴代の米大統領はイスラエルとパレスチナのトップ会談を設定するなど、和平実現に汗をかいてきた。トランプ大統領の決定はこうした努力を否定する自己中心的なものである。

同時にこの決定は中東に新たな悲劇を生み出す。ガザ地区を実効支配するハマスの指導者は「インティファーダ―」(住民蜂起)を呼び掛け、すでに多くの死傷者が出ている。今後さらに無数の人たちが危険にさらされ、生活を破壊されるであろう。中東の地以外でのテロの可能性も高まっている。1人の人間の誤った決断が世界中を新たな混乱に陥れるのであるから、非難されるのは当然である。

先進国首脳が非難、行動的だったマクロン大統領

各国首脳らの反応を見ると、親米国を含めほぼ例外なくトランプ大統領の決定を、「国連決議などに反する」「中東のみならず世界中を不安に陥れる」などと批判している。アラブ諸国が激しく批判するのは当然だが、英国のメイ首相、ドイツのメルケル首相、イタリアのジェンティローニ首相ら主要国も同じトーンで批判している。中でも行動的だったのはフランスのマクロン大統領で、トランプ大統領が正式に決定する前に電話で再考を促してさえいる。ロシアや中国も「状況を複雑化させる」などと懸念を表明している。

それに対し日本政府は、菅義偉官房長官が記者会見で記者から繰り返し質問受けたが、「本件の動向については大きな関心を持っており、これからも注視して参りたいと思っております」などと書かれた紙を読み上げるだけで、政府としての評価は言わずじまいだった。河野太郎外相は「トランプ氏が恒久的な和平合意の促進への強固なコミットメントと二国家解決への支持を表明したことは評価する」と、ピント外れのコメントをしている。安倍晋三首相はこれまでのところ、この問題について一切、発言をしていない。そして、政府の反応に合わせてか、欧米に比べ日本のメディアの報道ぶりは極端に少ない。国民にとって中東はあまりにも遠く関心を持てない地域なのである。

むろん日本政府が何も考えないでいい加減な対応をしているのではない。外務省などを中心にどう対応すべきか検討したうえでのコメントだろう。したがって意識的、意図的な判断停止、ノーコメントなのである。しかし、その理由をだれも公に説明はしていないから正確なことはわからない。

おそらく北朝鮮の核ミサイル問題に直面している今、トランプ大統領の対応を批判することでこれまで築き上げてきた信頼関係を崩すわけにはいかないというのが最大の理由だろう。

パレスチナ問題は欧州の帝国主義や植民地支配の生み出した問題であり、日本には関係のない話である。一方で北朝鮮問題は直接の脅威であり、政策の優先順位は明らかだ。またトランプ大統領は、相手が外国の首脳であっても自らを批判する者に対して非常に激しい反応をしてきた。日本政府が欧州各国と同じように大統領の決定を批判すれば、機嫌を損ねてしまい、北朝鮮問題への対応で協力を得られなくなるかもしれない。そんなことは何としても避けなければならない。もちろん判断停止の姿勢をとれば、日本が国際社会で浮いてしまうことはわかりきっている。それよりも北朝鮮問題を優先するという判断だろう。

「安倍首相がトランプ大統領と親密」は本当か

となると安倍首相が作り上げてきたトランプ大統領との信頼関係を疑ってみたくもなる。

昨年の米大統領選でトランプ氏が当選後、安倍首相は各国首脳に先駆けて就任前に会い、その後も繰り返し会談するとともに頻繁に電話で話し合い、大統領と最も親しい首脳であることを喧伝してきた。首相秘書官らは政治や外交の経験がまったくなかった大統領に対して安倍首相が指南役としてさまざまなアドバイスをし、大統領もそれを素直に受け入れていると強調していた。

11月のアジア歴訪でも、大統領は安倍首相の発案である「自由で開かれたインド太平洋戦略」を気に入って、ベトナムの講演などで繰り返し発信してくれたなどと説明していた。それほどの信頼関係があるのであれば、なぜエルサレム問題でアドバイスをしないのだろうか。TPP(環太平洋パートナーシップ)協定や地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」からの離脱についても、日本政府は米国に苦言を呈することを控えている。「物言えぬ信頼関係」なのだろう。

米国に対する日本の外交姿勢は冷戦中を含めしばしば「対米追随」と揶揄されてきた。1970年代には中国の国連加盟反対などで最後まで米国と歩調を合わせた。そのため各国からは、米国の対応を見れば日本がどうするかわかるとさえ言われてきた。しかし、貿易摩擦問題などでは米国と正面衝突してきた歴史もある。またアジアを中心に時に米国と対立しつつも日本独自の外交を展開してきた歴史もある。

外務省幹部の1人は現在の状況について、「トランプが嫌がりそうなことは一切、言わないしやらない。戦後歴代政権の中で、最も米国への従属に徹した政権だろう」と話している。

残念なことに、物言わないのは米国に対してだけではない。例えばカンボジアだ。かつて日本は初めてPKO(国連平和維持活動)のため自衛隊を派遣し選挙実施と復興を支援した。いまカンボジアはフン・セン首相が野党を解党に追い込み独裁体制を敷きつつある。しかし日本政府は何の反応もしていない。ミャンマーで起きている少数民族ロヒンギャの迫害問題に対しても日本は目立った動きを見せていない。

対北朝鮮以外は視野にない「外交小国」

まるで外交のあらゆるエネルギーを米国との良好な関係維持と北朝鮮問題への対応だけに注入しているかのような単線的外交になっているのだ。

安倍政権は外交面で今、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を看板にしている。その中核は、自由や民主主義、市場経済、人権、法の支配など「普遍的価値」を共有する国々との連携である。また、国会演説などでは機会あるごとに「積極的平和主義」や「地球儀を俯瞰する外交」という言葉を多用している。

今回のトランプ大統領の決定のように「普遍的価値」に反する政策や出来事に対して政府として明確な評価を示すべきであろう。そうした行動が伴わなければ、「インド太平洋戦略」を信じる者はいなくなるだろう。

世界の政治や経済がグローバル化した時代に、自国の利益実現のためだけに奔走する狭い外交は、結果的に他国から信頼されず軽蔑さえ受けかねない。「普遍的価値」「地球儀を俯瞰する外交」を掲げるのであれば、それを踏まえた「徳のある外交」が世界から信頼を得るためには不可欠だ。
残念ながら安倍政権からはそのような発想を感じられない。このままでは日本は引き続き「外交小国」であり続けることになる。