私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...

真理亜に嫉妬しながらも、東京でもがきながら生きる彩乃。その一方で、悩み抜きニューヨークへ旅立った真理亜。その間に、彩乃も徐々に変わり始めていた。




真理亜が帰ってきてから、私は妙に落ち着かなかった。ずっと、ソワソワして物事が手につかない。

「彩乃ちゃん、最近ミス多くない?気をつけて。 」

「はい...すみません。」

青山のオフィスから見えるどんよりとした冬の曇り空を見つめていると、上司から指摘が入り、私は慌ててPCを見つめ直した。

仕事が大好きなわけではない。

でも、仕事をしている限り自分の居場所はここにあると感じられる。

だから私は、まるで仕事にすがるように、何かに没頭したくて仕事に向き合っている。

殺伐としたオフィスでスマホの画面を見つめ、真理亜から来ていたメッセージに返信を打った。

-今夜、久しぶりに会えるの楽しみにしてるね。

今日は、 真理亜と再会する日だ。

そんな日に限って、東京は今年一番の寒さだと朝の天気予報で言っていた。乾いた空は妙に寒々しく、思わず身震いをする。

-大丈夫。私は私でいられるはず。


帰ってきた真理亜との久々の再会。果たして彩乃は何を思う?


永遠に消えない、女の嫉妬


その日の夜。大きく深呼吸をしてから、私は『ロングレイン』へと入った。

「彩乃ちゃん!久しぶり〜!」

先に着いていた真理亜が、私の顔を見るなり抱きついてくる。

真理亜が抱きつくと、以前のような強い香水の香りではなく、どこか甘さを残しながらも上品で、優しい香りがした。

「彩乃ちゃん、少し痩せた?何か雰囲気が変わったような...」

そりゃ3年も経てば女は変わります、と言いかけたが、久々の再会だ。お帰り、とだけ言い、私たちは席に着いた。

「ニューヨークはどうだった?」

メニュー表越しに、改めて真理亜を見つめ直す。

元々目を引く子だったが、更にその輝きが増している気がする。垢抜けたとかそんな単純な言葉ではなく、目に見えぬオーラが彼女の美しさを更に際立たせている。

「大変なことも多かったけど、すごく楽しかったよ。彩乃ちゃんは? 」

目の前で真理亜が嬉しそうに話している。でも、私はあまり真理亜の話が耳に入ってこなかった。

39階から見える景色はとても綺麗で、夜景がキラキラと輝いている。そんな景色を見ているうちに、私の心はギュッと何かに掴まれたように窮屈に、息苦しくなる。




3年も経てば、私はもっと強くなっていると信じていた。時が、大人にしてくれると思っていた。

誰にも嫉妬せず、自分は自分だと言えるような強さを身につけていられる、と。

でも、人はそう簡単には変われないのかもしれない。

「気が付けばもう28歳だしね。早いよね〜。」

ビールを飲みながら顔を赤らめている真理亜を見ながら、不意に不安に襲われる。

真理亜と私は、永遠に違う。

自分がこの東京で生きてきた20代は正しかったのか。果たして、本当に東京にいて幸せだったのか。

もし就職活動の際に違う選択肢をしていたら、もしあの時佐藤と付き合わなかったら、もし転職の際にもっと挑戦をしていたら...

人生は、自分の選択肢の積み重ね。全て自分で選択し、決めた答えのはずなのに、自分に問いただしたくなる。

“あの時、あの選択は正しかったの?”と。

「やっぱり東京って楽しいよね。彩乃ちゃんは、今何をしてるの?」

「転職して、今はweb系マーケティングの会社で働いてるよ。真理亜は、帰国して何をする予定?」

「私はね、ちょっとやりたいことがあって...実は帰国してすぐに会社立ち上げたの。頑張らないと、ね。」

ふふっといたずらっ子のように笑う真理亜を見て、さらに胸が締め付けられる。

私の20代の過ごし方は、正解だったのだろうか...。


20代の過ごし方で全てが決まる?東京で生きる女たちの葛藤


甘い蜜を吸った女の悲劇


-1年後-

真理亜が帰国したものの、以前のように頻繁に会うことはなかった。

うまく言葉にできないけれど、真理亜はうんと遠いところにいる気がしたから。

会社を立ち上げて以来忙しそうにしていたし、プライベートも何かと予定が詰まっていそうな真理亜を、誘いにくかったこともある。

でも本当は真理亜に会って、嫌でも自分を真っ直ぐに見つめることになるのが怖かったのかもしれない。

そんな中、六本木ヒルズのエストネーションへ行こうとした時、急に後ろから声をかけられた。

「あれ?彩乃ちゃん!?」

振り返ると、早苗が立っていた。




打ち合わせに行っていたため私はパンツスーツだったけど、早苗はジーンズにファーコートと、カジュアルなのか豪華なのか分からない服装だった。

「久しぶりだね〜。彩乃ちゃん、急にLINEの連絡先から消えちゃったし、どうしてるのかなぁって思ってたんだよ。」

私は自らの意志で、彼女から距離を置いた。上っ面な友達関係なんていらない。心底、そう思ったから。

そして私は自分の足で歩く道を選んだ。

そんなことを考えていると早苗から、数年前には想像もできなかった一言が飛び出した。

「実は最近同棲してた彼からフラれちゃって。ちょっと結婚に焦ってるの。誰かいい人いたら紹介してくれない?」

早苗の彼氏は、うんと年上の人だったと記憶している。20代後半、ろくに仕事もせず、誰かのスネばかりかじっていた早苗。

彼女の持っている物や華やかな生活が羨ましくて、憧れていた。

しかしもうすぐ30歳にもなるのに何もない早苗を見て、私は妙に虚しい気持ちになった。

「そうなんだ...家とかはどうしてるの?」

「今はね、埼玉の実家に一度戻ってるんだぁ。 一人では、東京で暮らせないから。」

幸せになったシンデレラは、 継母やシンデレラをいじめていた二人の姉たちが落ちぶれたのを見て、何を思ったのだろうか。

早苗を見て、20代という最も輝かしい時にひたすら楽な道を選んできた当然の報いだと思ってしまった。

「そっか、大変だね。誰かいたら紹介するね。」

そう言いながらも、安堵している自分がいた。

私はオーラが消えた早苗を見て、自分の選択は間違っていなかったと自分の中で確認できたのだ。

他人を見てそれを悟るのはおかしい。だけれども、私はなぜか救われた。一生懸命、仕事をしてきてよかった、と。

東京は、残酷な街である。

若さや栄誉は瞬時に失う。成功したと思ったら、失敗が待っている。それでも負けずに自分の足で立つ人間が、最後に勝つのかもしれない。

外に出ると、相変わらずよどんだ空だった。でも私は、そんな灰色の空を仰ぎながら、何故か笑っていた。

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二人のシンデレラは、東京で幸せになれるのか?